2013年02月09日 22時30分06秒 posted by uruseiblog

宇宙の法則 罪と想念

テーマ:ブログ

被害報告です。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11466870069.html
被害報告 H25.2.9





地球の法則の嘘つきたちは、被害者や私のような主張をする人間を
相変わらず統合失調症扱いすることで
自分達の保身を図っているようです。


この場に及んでこれでは
彼らの魂の行き場は見えています。


ところで賢くないユダヤ工作員は
こんな主張で私の様な被害者が
妄想を持たされていると主張しだしました。


これは新たな手口です。

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400 :名無しさんの主張:2013/02/09(土) 15:05:48.88 ID:???
45 :名無しさんの主張:2013/01/19(土) 15:06:38.45 ID:eTxZ9AUG
簡単に言うと我々は君たちに妄想を与えてるんだよ。
いい意味も悪い意味も含めてだ。
CIAとか、フリーメイソンとかユダヤとかみんなそう。
そして、案の定実際は身の危険なんて何もないのに、君たちは必死になってインターネット
に、やれ陰謀だのなんだのって書き込むだろ?
これが一般人には結構面白いんだよ。
はっきり言うとTV見てるよりも面白い。
だから、我々が何もしなくとも、きっかけを与えてるだけで皆真似したがるんだよ。
しかし、我々のこの芝居に対象者が無視きめつけるとこれがまた厄介なんだ。。。

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そうですか良かったですね。


ではユダヤ教徒パリサイ派長老会サンヘドリンの面々に
そう主張してみてくださいね。


「我々ユダヤ加害者工作員がユダヤの策略を
被害者に植え込んだのだ」
と。


きっと消される羽目になるでしょう。


それは秘密暴露に値するからです。

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昨日寝ていて考えていたことがあります。


私達の想念と罪の関係です。


アダムスキーは私達が行動した時の動機が
個人的なエゴなのか宇宙的意識なのかを分析することで
私達の進化の役に立つと言う話をしていました。


これはそのまま自らの想念を分析すると言う話にも
繋がって来ると思います。


私達が行動する時の動機となっているものは、


それが個人的な目的を果たす事だったり、
各自の心のエゴを満たす行為であれば
それは心の想いとして発せられる事になります。


一方それが魂の想い、
魂の価値観によって置き換えられた心の想いであれば、


それは全体を意識したり、改善を意識する想いとして
表現されることになります。


そして私の想いはそのまま行動として現されることにもなります。


アダムスキーが私達に求めていたのは
心と魂の両方の意識を併せて使用する事で
心の意識を魂の意識に置き換える事でもありました。


そしてその結果、行動の動機となるものが
常に魂の想いに近くなる事を求めたわけです。


そんな行為が私達の魂の進化につながりますし、
そして私達の日々の身近な実践はまさにそれです。


イエスキリストは私達に”罪”と言う概念に関して、
私達の行動の元となっている想いこそが
其の判断基準でもあることを指し示してくれた人物でもあります。


私達の認識している”罪”とは
一般の方が意識する法律や宗教信者の意識する組織の戒律とは少し異なり、


戒律とすべき物は創造主の意識であり想いでした。


私達は通常道徳と言われているものとは別に
創造主の意識を自ら受け止める努力をしながら
それをも自らの戒律とする事を義務付けています。


そして私達はそれが創造主の意志と異なる事を知っていて
何かを実行した時にそれを罪と認識する事になります。


それは行動に限らず、実際は私達が心で想ったことでも
罪となるものです。


イエスキリストが言っていた”汚いもの”は
人間の心から出てくると称した想いですし、


「想っただけでもそれは罪」であると
心のあり方の大切さを説いてくれたのもイエスです。


そしてこの想いと、
私達の日常生活の行動で見られる罪とについて
関連して考えることが


想いの大切さを
私達に感じさせる事になるかもしれないと考えました。

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私達は法律の大元と言える物として
モーセの10戒を知っています。


当時の無法者だった人間達に対して
モーセが最低限の守るべき道徳として示した行動規範であり、


それが明文化された事で当時のヘブライの民達は
その内容を戒律として受け止め強く意識し遵守する事にもなります。


そのような延長として、人間が他人に危害を加えたり
他人に迷惑をかけるような行為を法定化し規制したものが
法律の始まりだったと想像できます。


今では人間の生活も環境も人間関係も複雑化し、
そのために戒律の内容も随分と複雑なものへと変貌しています。


しかし文明が発展すればする分だけ法律は必要なものなのでしょうか?


私達は太陽系の兄弟達が法律を持っていない事を知っています。


それは彼らにとって必要の無いものだからです。


この地球社会における
犯罪行為と言われるような事をする人間がいないのですから


調停する必要もありませんし、裁く必要もなく
法律を必要とはしないわけです。


そしてそんな行動をしないと言う事は
彼らにはそんな想いを持つ機会がないと言う事にもなります。


つまり法律は、私達のようにエゴをもって他人を傷つけたり
他人と争ったりするような意識を持っていなければ
不要な産物であると言うことにも繋がるのです。


間違いなく彼らの文明は私達の文明よりも
遥かに進んだところにあります。


しかし其の複雑なはずの文明を持っている彼らが
法律を必要としないと言うことは


文明の進化と法律の増加は
比例するものではないと言う話にも
繋がってくるのです。


そして私達の犯罪と言われる行為を見ても
其の殆どが他人に対して危害を加える行為と、


自分の権利を他人に主張する事、
つまりは争いの大元には憎しみや闘争本能や
財産や権利への執着がある事が見て取れます。


そして太陽系の天使達にはそんな意識はありません。


つまり私達の心の想いがそのまま肉体を持って実行され
罪に繋がっていると言う図式が見えてくることになります。


好き嫌いで差別をしなければ、
闘争本能が抑える事ができれば、


所有と言う意識を強く持たなければ、
権利を主張する事ばかりに囚われなければ、


犯罪と言うものの多くは消えてなくなるのです。。


そして其の中心となっているのは
お金と財産と言った物の所有に関わる動機である事も明らかです。


私達を犯罪や罪へと駆り立てているのは
お金の存在であり所有権の存在である。。。


そして天使達の社会においては
其れらは共に存在してはいないのです。
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犯罪行為とそれに纏わるであろう想念を照らし合わせて、
それと対照的となる創造主の意志を併せて考えることで
私達は想いが罪へと繋がっていることにも気がつくことになります。


例えば窃盗、強盗、横領と言った他人の物を私物とする行為は、
其の根底には自分が容易に手に入れないものを手に入れたいと言う
願望があることになります。


それ自体が心のエゴです。


更に其の根底には所有と言う概念が存在していることになります。


更にそれを持っている物を見て”羨む”事がそれを欲する原因となります。


お金であれば、それがなければ生きていけない
この社会のあり方が原因ともいえますし、


お金で物を手に入れると言う
この社会の制度自体に一つの原因を見ることもできます。


誰もが必要とするものを手に入れる事ができる社会であれば
そんな犯罪は起きないことにもなります。


私達の培ってきた価値観で考えれば
そんな社会など出来るわけが無いと考えてしまうでしょうが
天使たちの社会はまさにそうです。


皆が必要とする物を皆で作り上げ
必要な人間全員に分け与える。


そんな原始共産的な生活様式が
彼らにそんな意識を起こさせる機会を持たせない
理由でもあるようです。


この社会の犯罪の多くは
お金が無いがために生活ができない人間が生きるために、


更には快楽や娯楽を求める人間が
必要以上のお金を欲するために起こされる事が殆どです。


お金が無くても必要なものが手に入れば
犯罪は減る事になります。


そして誰もが必要以上のものを欲しがらなければ
更に犯罪は減る事になるのです。


太陽系の天使達の生き方はまさにそれで
彼らは「必要以上の物を欲しがらないこと」
子供の時から学ぶことになるそうです。


そして大人になってからも彼らが大切にしている
意識の一つがまさにそれなのです。


その結果彼らの社会では「必要なものを欲して犯罪を犯す」
と言う人間は存在しないことになります。


更に「必要以上の物を欲しがらない」と言う意識が
彼らに所有と言う欲を持たせない動機にもなっています。


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次に、他人との関係です。


この社会の中の暴力事件や殺人事件と言ったものは
上述のお金や物を欲する意識がひとつの原因となっています。


それ以外であれば今度は他人に対する意識です。


他人を好きと嫌いで分類し、
好きなものには優しくして自らも好かれたいと思い、
それとは長く接したいと願う一方で、


嫌いな物を避けて時には憎む其の想いが、

私達に争いを生じさせるひとつの原因となっています。


憎しみが暴力や殺人へと発展するのは
私達でも容易に理解できます。


つまり私達の社会の中における他人との関係、
強いては他人に対して持つべき意識が
そのまま犯罪へと繋がっている事になります。


天使達の社会では他人を神の分身と看做します。


創造主の法を理解している彼らの社会においては
自分が創造主の分身であるように他人も神の分身です。


そして創造主の意識を持ってそれは繋がっていると認識され
彼らは自分と他人を区別して扱う事も無いわけです。


イエスキリストの言っていた


「自分を愛するように隣人を愛せよ」


と言う意識がまさに実践されているのが彼らの社会だと言う事になります。


そして彼らは他人を見る時にはそこに創造主の表現を見ていて、
更に彼らは他人を好き嫌いで裁くのではなくて
正しく理解しようと勤めます。


彼らは好きと嫌いを作り上げて
それで分裂を続けている私達の社会とは違って


彼らは他人を正しく理解する事で
今度は其の他人と上手く調和しようと勤めるのです。


誰もがそんな意識を持って他人に接するのですから
結果そこでは争いなど生じる事もありません。


彼らは他人と調和し同じ創造主の分身として
お互いを尊敬しあうのです。


殺人や暴力沙汰など起こるわけもなく
彼らの社会は平和だと言う事に繋がっていきます。


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私達の社会での争いを調停するものとして裁判があります。


ここでも法律が存在していて
其の法律によって人間観の権利関係が決定されます。


近年急増しているのが権利の主有権に基づく争いです。


更に相続による取り分などと言った
個々の人間の権利に纏わる件も其の多くを占めていると想います。


つまりここでも所有の概念を持っている事を前提に
それを争っているのです。


そして自分が他人より有利な状態になりたいと心を持って願い、
其の心のエゴを満たそうとしているわけです。


所有という概念が無くて
存在するものが誰が使用してもかまわないと言うことになれば
著作権をめぐって争う事もありませんし


一度作り上げられた文明は誰がどう使用しても
罪に問われることもなくなります。


兄弟で親の財産を共に使用すれば
そこで取り分をめぐって争うことも無いのです。


しかし更に、ここにはお金の問題が絡んできます。


自己の権利を主張することで
権利はお金に変換することができます。


財産も分配して換金されることも多いでしょう。


私達の生活の中心に”お金”と言うものが存在し
それを持って売買する事で所有を認めると言う決め事が
当たり前として存在しているからこそ


この社会は必要なものを手に入れるために
誰もがお金を必要としては誰もがそれを欲し、執着し、
更には多くのお金を手に入れたいと願うようにもなるのです。


困った事にこのような目に見える物やお金に執着する行為は
そのまま私達の価値観や欲と結びついて
私達を心に縛り付ける何よりの原因となっているのです。


この社会ではお金が無ければ食事をする事もできませんし
一方では存在しているだけでもお金が必要とされます。


持ち家が無ければアパートを借りるだけでもお金が掛かりますし
水道や電気を使用すればそこでもお金が掛かります。


「田舎で持ち家で暮らしていて、自分で自給自足で生きているし
電気も水道も使用していない」
と主張しても
お金は必要になります。


(住民税基礎割、年金、健康保険)


そして私達はお金への執着を強める羽目になります。


つまりこの社会の制度の根底にある
お金という物を中心とした社会制度が私達を心に囚われる
原因となっているのだと言うことです。


イエスキリストは
「私達は神と富との両方に仕える事はできない」と言っていました。


そして「お金持ちが天国に行くのは
らくだが針の穴を通るよりも難しい」
ともいっていました。


イエスキリストは天使達の社会を前提に

お金が私達の意識を創造主の意識から
かけ離れさせる原因となる事を気がついていたのです。


そしてお金持ちになると言う事は
持っているものが持っていない物に分け与えていない証拠でもあるので


慈しみや平等の意識を持てない人間達は
天国にはいけないと表現したわけでもあります。


誰もが平等で誰もが同様に尊敬され
そして必要なものは誰もが手に入れる事が出来てお金の存在しない社会。


彼らスペースブラザーズの社会には税務署も無ければ
裁判所も無ければ警察署も刑務所も存在しないのです。


争いが無くて犯罪が無い社会。


そこは私達にしてみれば天国だと言えないでしょうか??


これはアダムスキーが示してくれた彼らの生活の最重要課題です。

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宇宙的に生きるための原則


 宇宙の隣人たちは生きるための原則を持っている。
これは子供の生活を基礎づけるための土台であって、
大人は大抵はこれから外れないようにしようと努力するもので、次のとおりである。


 (1) 日常の健康と慰安にとって実際に必要な物だけを望むこと。
 (2) 偏愛することなく万人を平等とみなすこと。
 (3) 自分の想念を観察しコントロールして、それをいつも宇宙的な状態に保っていること。


 右のうち(3)は地球人にも彼らにも必要なことであって、
彼らがいつも注意し続けている重要な問題なのである。


彼らはかならずしも物事に成功ばかりするわけではない。
彼らも完全に克服していない感情を持っているからだ。


しかし自分が間違いをやっていることに気づいたならば、
利己主義の回り道に踏み込んでいない人はただちに宇宙的な方向ヘ転じて、
自分の誤りを、くり返すためではなく記憶するためのレッスンとするのである。


 (4) 万物が奉仕し合っていることにたいして感謝をすること。


 これは日々新たにはじめられることで、
彼らは創造主に奉仕するために日々がもたらす多くの機会を喜びと熱心さをもって迎えるのである。


 彼らは自分自身や自己の想念とか印象などを調べているので、
地球人が陥りやすい偏見でそれらを歪めるよりも、
純粋なままにそれらを認めてそれに従って行動することを知っている。


こうして彼らの手になる作品は地球では見られない自然の発光で
きらめくような美しさを放っているのである。


彼らの石、金属、鉱石などはこの世界のものと異なってはいないが、
地球に行き渡っている悲観的な態度がないために、
それらの自然の響きは高いのだ。


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彼らは物に対して執着しませんし
この社会のように金や宝石に特別な価値を見出したりもしません。


元素は人間がより良く生きるために利用されるものに過ぎないからです。


そしてこんな彼らの意識が
社会を天国に変えているのだと言えないでしょうか。


創造主は自分の法に従う人間に
永遠の命(肉体を変えながら記憶だけを継承して)と
永遠の進化を約束しています。


後は私達がそれに従うように努力しさえすれば良いのです。


私達の環境には
「神の館」の一つである、イエスキリストの母星と言われる金星同様に
この社会を天国にする材料がすべて整っているのです。


後はそれを上手く使用して生きさえすれば、
私達はこの地球社会でも天国を実現する事ができるはずです。


創造主の与えてくれたこの地球は天国の一つであったはずです。


私達は本当はすでに天国で暮らしているのに
其の社会を自ら地獄と化している。


私や兄弟姉妹は勿論、

理解者の方々にも其の事に気がついて頂いて
皆で意識を変えて生きて行きたいです。


其の想いはいつか社会に広がるかもしれません。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】


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P.S.


本当はまだまだ書き連ねたいのですが
ユダヤ傀儡の思考妨害が強いのでまたの機会があれば触れますね。

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