ブログとソーシャルネットワークの現在形

公文俊平（GLOCOM代表）　
楠 正憲（PICSYプロジェクト）
濱野智史（慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程）
上村圭介（GLOCOM主任研究員）
石橋啓一郎（GLOCOM研究員）

■ブログというカルチャー

公文　　インターネットの普及は着実に進んでいて、ユーザーの数はアメリカでは人口の７割以上、日本でもおそらく５割を超えたのではないかと思います。２年ぐらい前までは、インターネットの主要な使い方はウェブのサーフィンか電子メールでした。最近ではかなり様子が変わってきて、ウェブ自体もただ読むだけではなくてインタラクティブに書き込んだり、マルチメディア的にもなりつつあります。また、オンラインで実際に買い物をするとか、そういうことに普通に使われるようにもなってきました。さらにブログとかソーシャルネットワーキングとか呼ばれる新しいタイプのアプリケーションがインターネット上に出てきていて、これがずいぶん急速に普及しているらしい。私もウェブや電子メールぐらいまでは何とかついてきたのですが、新しい動きについていくだけの気力と体力がだんだん衰えてきました（笑）。そこで今日は、そういう新しい試みを活発にやっておられる若い方々にいろいろ教えていただきたいと思います。まず、そもそもブログ（ウェブログ）と呼ばれるものは何なのですか。

濱野　　実は、ブログほど何かをはっきりと指し示すことが難しいものはありません。理由は、その言葉に対する定義が人々や時期によって違うからです。もっとも起源、つまり最初にアメリカで "weblog" という言葉が作られた時点では、たとえば現在、代表的なブログ作成ツールとされる "Movable Type（ムーバブルタイプ）" や、ブログを第三者に提供しているブログサービスプロバイダーといった技術的な意味合いはなく、単純にホームページを更新する「行為」に、サブカルチャー的な意味合いが重なったものでした。つまり技術ではなく、「カルチャー」を指し示す言葉でした。まずブログという行為があって、次にそれを支援するツールが開発されたわけです。たとえばアメリカにこんな話があります。 "blogger" という、まさにブログという言葉そのものを冠しているサービスがありますが、そこで使われているツールは、もとはブログのために作られたものではなかったそうです。ただその開発者が、「このごろブログがはやっているらしいから、そのためのサービスに使うといいんじゃないか」ということで公開したところ、評判になって一般にも普及したということです。その普及過程を通じて、サブカルチャー的な背景をもたない人々にもブログが認知されるにつれ、ブログツール＝ブログという図式が定着していったわけです。さらにその「ツール」が近年、日本のユーザーの間に普及してくることになったわけですが、そこでの受容は少しまた屈折を見せています。というのも日本では、そもそもブログ的なことをしていた人、似たようなツール・文化が、すでに一定の規模と範囲で存在していたからです。

公文　　日本では、いわゆるウェブの日記と同じではないかということで、別に目新しいことではないといった反発もありましたね。

濱野　　まさにそのとおりで、いまでも根強くあります。

■リンクを可視化するトラックバック

公文　　確かに小さく取ると、個人用のウェブページを頻繁に更新する発信のツールとして使っていたものが、それにいろいろなおもしろいツールが付け加わることによって、実質的にも変わってきたということですね。それらの付け加えられたツールというのはどういうもので、どんな特徴がありますか。

濱野　　はい。ブログの技術的な側面に着目したとき、特に目立つのは「トラックバック」と「RSS」などと呼ばれるブログのメタデータです。メタデータに関しては、それそのものが特徴的なのではなくて、その標準化されたデータを利用したブログ間のアプリケーションというか、ブログ間の情報の流れを可視化するようなツールが登場している。その側面が特徴的です。

　では、まずトラックバックから説明します。ブログ以前のインターネット上のホームページ同士というのは、リンクを張るにしても基本的に一方通行のものでした。誰が自分のホームページにリンクしているかを知るには、ウェブサーバのアクセスログを閲覧し、どこから誰が飛んで来たのかを知るくらいしか方法がありませんでした。しかしトラックバックは、ブログ間で相互リンクの状態を作ります。サイトをもっている人はもちろん、第三者が見ても、どこからどこにリンクがつながっていっているのかが一目でわかります。これがトラックバックのおもしろいところで、初めに実装されたMovable Type以外のツールにも普及した理由だと思います。

公文　　自分が他の人のページにリンクを張ることは前からありましたね。そうではなくて、誰が私にリンクを張っているかを知ることができるようになった？

濱野　　それはアクセス解析という手法で以前からできたのですが、さらに第三者にも、この人がこの人にリンクを張っているということが見えるようになった。

公文　　なるほど、どういう人々がお互いリンクを張り合っているのかを、側から観察できるようになった。

濱野　　ただ基本的には、サイトをもっている人が気づきやすいという点が一番大きいと思います。要するに、個人ホームページとブログは何が違うのかということを考えると、「行為」としては大して変わりがありません。ブログがなくても、自分でHTMLを書きFTPでサーバにアップロードするという一連の行為は、今となっては面倒だけれども可能です。しかしトラックバックによって、自分のサイトを見て、自分の言葉に反応してくれる人がこんなにいるということに気づくことで、サイト更新の動機づけを得られるようになるわけです。動機づけだけでなく、ウェブの構造自体を変えるかもしれません。リンク分析を大規模に行った調査によれば、ほとんどのリンクは相互リンク状態にないという分析結果があります。つまり、ほとんどのサイトが、大規模な検索エンジンポータル──たとえばGoogleやYAHOO!──からしか飛ばないといったことになってしまう。それがトラックバックのおかげで、水平的なリンクが支援されることになったわけです。いうなれば、個人ホームページ間の「出会い」の機会が増えたといいますか。

公文　　なるほど、水平的なリンクを見ることができるようにしたことで、逆に水平的なリンクを人々が積極的に張ろうとするようになった。そういう相互作用があったということですか。

濱野　　そう思います。水平性に加えて、リンク間の文脈もより明確化しやすくなったと自分は認識しています。たとえば日本には「ウェブリング」という習慣があって、趣味の共通したサイト同士のリンクというのは、数多くありました。かりに公文先生と自分がすごく仲のいい友達だったとして、サイト同士のリンクもあるとします。しかし、同じく公文先生と友人である石橋さんが、自分のことは知らない状態としましょう。そこで石橋さんが公文先生のサイトを見たうえで、まだ見知ってはいない自分のサイトに飛んで来るかというと、それはあまりない。なぜなら、この人の「友達」というだけではなかなかサイトを見る動機づけにならないからです。

　しかしブログのおもしろいところは、サイトの中の構造をモジュール化するといいますか、記事ごとにHTMLを切り分ける機能があります。アメリカではパーマリンク（permalink=永続リンク）であるとか、日本ではアンカーリンク──段落ごとにリンクを張るという意味ですが──によって、サイト構造を記事単位・段落単位といった形で独立させることができる。このモジュール化とトラックバックがセットになるとどうなるか。公文先生がスマートモブズについて書いた記事に、僕がスマートモブズについて書いた記事がトラックバックしているとしましょう。するとスマートモブズに関心のある石橋さんは、「スマートモブズ関連の」トラックバックがあるということで、自分のサイトに飛んできてくれる。サイト間のリンクの文脈がより限定化されていることで、より文脈が明確化されたリンクが生まれやすくなったという傾向があると思います。

公文　　中身を断片化したということですね。

濱野　　そういうことです。

■RSSでブログ間の盛り上がりがわかる

濱野　　もう一つのRSSのほうも、基本的には同じような機能です。ブログのサービスにはいくつかあって、そこで使われるツールもいろいろですか、RSSによってコンテンツをメタデータ化できる。ツールにかかわらず同じ形式で出力することで、みんなが再利用しやすくなった。

公文　　そのRSSというのは、Really Simple Syndicationの略ですか。

濱野　　それにもいろいろな説があって、RDF Site Summaryの略ともいわれます。RDFというのはXMLのフォーマットの一つのことです。たとえば伊藤穰一氏がよくtechnorati（テクノラチ）^*1というサイトを取り上げるのですが、そのサイトは百万単位のブログの更新状態を常に監視しています。これはまさにスマートモブズでいうところの「協調と監視」の機能を果たしていて、誰が自分に対してリンクをしたというのを自分に教えてくれたり、リンク総数を常に演算しランキングなどで出力しています。そしてこれが可能なのも、その数百万のブログの「更新リスト」がRSSという形で集約されているからなんですね。たとえばweblogs.comという「更新ping通知サイト」というものがあり、そのサーバには世界中のブログが更新通知を送っており、最もシンプルで最速な更新リンク集になっているわけです。このようなメタデータがブログの世界では流通しており、さまざまな形でデータ再利用・再解釈に使われています。

公文　　ということは、ブログという一種のネットワークの全体を自分で大きく見る目をもったということですね。単に第三者が観察するということではなくて、自分自身を一つの全体として見ることができて、それをもとにして適切な情報をメンバーに送る、あるいは取る、そういう機能ですか。

濱野　　はい。くだけた言い方をすれば、ブログの世界でいま何がホットであるかということが簡単に、素早く把握できるようになりました。つまり何らかのパラメータが、コミュニティの情報流通には必要ということですね。ホームページがただバラバラに存在していても、どのサイトが果たして自分にとって有益な情報をもっているのかはわかりません。Googleが登場したときに衝撃だったのは、ページランクというアルゴリズムによって、検索結果の一番上に来ているものが一番いい、とシンプルに序列化されたことでした。またパラメータの例として、たとえば２ちゃんねるでは「１スレッドを何分で消費した」「同名タイトルのスレッドが早くもパート15に達した」とか、「有名なコテハンが降臨した」といったような指標によって、そのスレッドを測る振る舞いがあります。

　ブログにしても、先に紹介したtechnoratiに類似したものとして、いま数あるブログの中で、どのURLが最もいろいろな人からリンクされているのか、つまり最も話題なトピックであるのかをリストアップするサイトなどがあります。いままで、話題性あるトピックというのは新聞の「一面トップ」というような指標によって決定されてきたわけですが、実は奥のほうの隠れた記事こそが注目を浴びる、コミュニケーションを惹起するといったようなことが、ブログと、そこでの情報流通をパラメータ化することによって起きやすくなっている。

公文　　そういうツールを、ブロガーたちが自分でどんどん作っているということですね。

濱野　　そういうことです。

■つながり方を変えるコミュニケーションツール

公文　　では石橋君は、そういう流れをどう見ていますか。

石橋　　僕がブログをおもしろいと思うのは、いままでウェブ上でのコミュニケーションがたくさん試みられてきたのですが、ブログ以前には、そのためのツールは基本的にはBBS（電子掲示板）ぐらいしかなく、時系列的な対話のコミュニケーションしかなかった。ブログでは、皆が文脈を意識しているけれど意識していないような領域で、自分の世界で手前勝手に物を書いている。しかしそれが互いにリンクされて、一つの知識あるいはコミュニケーションが作られるという形態に変わりました。僕もブログを始めたのですが、実は根性がなくて（笑）、なかなか毎日更新できません。そういう人は結構、多いと思います。ただ、ときどきトラックバックをもらって、見ている人がいるのだということを感じられるので、非常におもしろい。いままではアクセス解析によってどれだけ見られているかを把握するのが主な評価ツールでした。今では、評価の軸が他の人にどのくらい言及されるかということに変わってきたという気がします。ただ垂れ流して見られたというだけではなくて、どれだけコミュニケーションをしたかということが、評価につながってきたという感じがしています。

公文　　一種の評判システムにもなるわけですね。

石橋　　そうです。

公文　　そのあたりの機能は、例のorkut^*2でしたか、ああいう社会的なネットワークのアプリケーションとも似ているところはあるのですね。

石橋　　一面では。

公文　　少なくともお互いにどうつながっているとか、メンバーがどれだけいるかとか。とはいえ、あらゆる人に公開されているというわけではない？

石橋　　ただ、orkutの場合、メンバーの人にしか情報を見せないことになっているとはいえ、つながりがメンバーにすべて見えてしまうので、公開されているといってもいいです。他のソーシャルネットワーキングのツールの中には、メンバー登録されていない人からも情報が見えるようなツールもあります。人間関係がすべてわかってしまうので、おもしろいと思う人と不快に思う人がいるようですが。

公文　　監視という言葉はきついけれど、ネットワークそのものが可視性をもってきたということですね。

■ブログハンターとメタショー

上村　　私も細々とやっていますが、自分の書き方が悪いのかほとんどトラックバックはありません。それを期待して始めたわけではないのであまり落胆はしていないのですが、そういう意味では楽しくもないという微妙な感情です（笑）。トラックバックのリンクが濃密に張られる一方で、私のようにそのリンクからもれてしまう人も出ます。P2P、グヌーテラとかWinnyと同じで、リンクがたくさん張られている「クラウド」の中に最初に入らないと入れないものですか。それとも待っていると、しだいにリンクができるものですか。

濱野　　そうですね。答えになるかわかりませんが、まさしく「ベキ法則的な状況」というのがブログの世界にはあると思います。みんながブログという平等な情報発信・水平的リンクのツールをもつようになったからといって、結局リンク構造は極大の誰かに集まる傾向があります。カリスマ的な存在は出てくる。公文先生が翻訳された伊藤穰一さんの "Emergent Democracy"^*3の中で、ロス・メイフィールドによるブログのネットワーク分析結果を参照していましたが、ベキ分布が指摘されていました。ただブログの人気の循環というものは非常に速く、明日にはガラッと変わるということもあります。昨日まで１日数十アクセスであっても、次の日には何十倍ということもある。

　これはなぜかというと、ブログのネタを探している人たちがいて、常に自分のブログでピックアップできる何かおもしろいものはないかと、ハンターのようにウェブ上のリソースを巡回して見て回っているからです。最近のヒューレット・パッカード社研究所の調査^*4でブログ間の情報の流れを調べたところ、著名なブロガーたちというのは必ずしもオリジナルなネタを提供しているのではなく、より知名度の低いブログから頻繁にトピックを借りている、つまりオリジナルのネタではないということが明らかになっています。これは日本のネット界で以前から常識的に知られてきたことで、ネタの窃盗行為であるから問題だというのではなく、いわばニュースの鮮度と独自な視点・切り口の競争がそこには存在する。トピックをめぐるそういう生態系があって循環しているので、いつリンクの状況が劇的に変わるかはわからない。何ともいえないところです。

上村　　いまの話を聞いて思ったのですが、ブログは、そのものというよりも、何々についてのコンテンツというのが多いじゃないですか。ある記事についてこう書いたとか。

濱野　　オリジナルの一次情報に対する、二次情報ということですね。

上村　　そういうのばかりが増える傾向にありますか。

濱野　　そうですね。これは仕方のない側面もあります。確かに、たわいない二次的なコメントが氾濫するばかりで、おもしろい記事を書く人は埋もれていく一方ではないのかということですね。情報社会学若手研究会でも、鈴木謙介氏がこんな印象をもらしていました。「最近始まったブログサービスの新着記事を一日数十件ザーッと見ていても、なぜこの人たちはオリジナルの記事に対して、こんなつまらないコメントを書いているのだろうと思ってしまう」と。実は自分も、始めたばかりの自分の過去の記事を見ると、実に短いコメントをつけるばかりでつまらないものですから、自分でも微妙な気持ちを抱きます（苦笑）。これはよくいわれることですが、ブログが登場したからといって、皆が皆、オリジナルな体験と取材と調査に基づく一次情報を、新聞社・通信社顔負けでジャーナリズム的に発信するという事態は訪れていません。今後も、おそらくそうでしょう。

公文　　少なくとも単なる一個人として、極端にいえば他人に読まれなくてもしかたがない、自分に興味があることを書いているだけだというのでは必ずしもなくて、むしろそれこそ「群がり」というのか、書き手たちはおもしろそうなテーマを探して流動していて、何か見つかるとワッと寄って来る。それが、さらに別の人にリンクを張ることで張られた人を押し上げて、押し上げた結果、ある人のところにリンクが集中するという階層構造が出現するけれど、それで固定してしまうわけではなくて、また別のテーマが見つかると動く。一種のモブ行動というか、別の言葉でいうとダイナミックな智のゲーム、つまり比較的短期間で勝負がついて、たくさんのリンクを集めるブログが立ち上がっていくが、しかし、またたちまち流動していくのですね。ところで、楠さんはどういう形でブログをやっているのですか。

楠　　ぼくは三日坊主になってしまっているのですが、ライターの仕事をやっていて難しいと思うのは、ブログで書くか記事にするのかということです。そういう評判ゲームに使えるような話を、ライターとしてはなぜそこに出さなければいけないんだという悩みがあります。日記サイトは1999年ごろにやっていましたが、ブログと日記が違うカルチャーだと思うのは、僕のまわりの人々は圧倒的にシステム管理者が多くて、彼らの日記は「これをインストールした」などというTipsみたいな、備忘録的な側面が強く、かなり個人的だったのが、ブログはもう少し社会的です。すごく視線を意識していて、カラオケ的な、注目を浴びることに対する喜びなのか、それ以外に何か大事な側面があるのかにはすごく興味があります。個人的にはブログのトラックバックによるつながりというのは、これまでのグループウェアとは全然違う可能性を秘めていると思います。いまナレッジマネジメントを見ていてすごく問題だと思うのは、既存の実社会にあるグループにマッピングする形で、サイトがホストされていくことです。そうすると、本当に共通の関心事をもっている人のグループとは別の可能性がある。個々人の関心が先にあってそこからセルフオーガナイズさせていくのはブログ的なネットワーキングで、グループウェアはある共通の関心事に対してラベリングをして、そのラベリングされた共通の関心なり、組織に対してプラットフォームを提供するという考え方です。いまみたいに一般に公開されたブログだけではない使い方、たとえば社員が仕事の報告をするために、日報をレポートラインにあげるのではなく、バラバラにブログを書くのが当たり前になって、組織変更のときにブログのトラックバックを見ながらチーム編成を考えるような時代というのが来るのではないかというのが、いま関心としてあります。

公文　　いまカラオケにたとえたのが、たいへんおもしろい。つまり、プロの歌手が歌っているという話ではない。プロの作家が書いて発表しているわけではない。むしろ一種の集合行動で、自分の好きな歌、おもしろいと思った歌をうたう。自分も楽しいけれど、その間にだんだん多くの人が支持する歌の形が見えてきて、仕上げられていくという構造なのかな。テーマを先に与えておいて、これについて議論しましょうではなくて、個人がたまたまおもしろいと思ったテーマに飛びつくのだけれど、全く孤立してやっているわけではなくて、それこそ群がりの中でやっているわけだから、そうしたことはすぐ他の人にも見える。そしてちょっとおもしろいなと思うと、またくっついてという形でワッーと広がっていく。

濱野　　本当にそうですね。ブログだけではなくてメッセンジャーとか携帯とか、口コミでワッと広がる。

公文　　そこで起こっていることは、まさに創発ですね。つまりブログは、ばらばらの個人の営みというよりは、群がりの中での個体の集合行動であって、それぞれがローカルにまわりを見渡しながら勝手に行動しているのだけれど、全体としてはあるパターンが絶えず出てきて自己組織していく。そういう流れの中にあるのがブログなのだといえそうですね。

　そこまでいうと、上村さんはどう反応しますか。

上村　　答えになるかわかりませんが、一つ思い出した話があります。『創発』（山形浩生訳、ソフトバンク、2004年）を書いたスティーブン・ジョンソンが "Interface Culture" という本の中で、コンテンツをいくつか分類していて、インターネットではメタショーとかワイドショーとか、何々についてのコンテンツの役割が大きいのだというということを書いていたことがあります。そのときは「なるほど、おもしろい」と思っただけなのですが、ブログを見ているとますますメタショー的なコンテンツが増えている。増えているというよりは、それが主流ではないかというように思えてきます。さきほどはネガティブに「一次的なコンテンツがないじゃないですか」と言ったのですが、もしかすると二次的なコンテンツこそが、これからのインターネットの主流になるのかなと思います。

濱野　　そうかもしれません。これはたぶん東浩紀氏（GLOCOM主任研究員）のご専門の話になるとは思いますが、たとえば『動物化するポストモダン』（講談社現代新書、2001年）の中では、オタクたちがオリジナルなコンテンツを作るというよりは、コンテンツはもはや「萌え要素」というモジュールに分解され、そのデータベースの再編成を行うのがオタクたちの表現であり消費の論理になっていると記述されています。そこで東さんはボードリヤールや大塚英志などの消費社会論を引きながら、オリジナルなきコピー（シミュラークル）の再生産である「二次創作」が全面化していると論じるわけですが、ブログなどの普及によって──ブログ自体、アメリカでも日本でもそれなりにオタク的な人々に限られた行為だったわけですが──それはいわゆるオタクに限られた話ではなくなっているという印象が強くあります。また上村さんの指摘されるメタショーについては、鈴木謙介氏の著書『暴走するインターネット』（イースト・プレス、2002年）で、２ちゃんねるのすべてをネタとして楽しむ所作を「ネタ的コミュニケーション」として論じられているものと並行しますね。

上村　　創発性ということからいうと、私はリンクからはずれているのでなおさら思うのですが、すごい関心コミュニティほど、小さい島がたくさんできているようなことになってくると思います。ですから必要に応じてグローバルにつながるのだけれど、ふだんは関心コミュニティの中に引きこもっていくような、一見タコツボなのだけれど、その枠というのは簡単にうち破れるような、そういうグルーピングができていくのかなと思います。

■Wikiで荒らしが起きない理由

公文　　話がそこまでいったところであらためて質問です。Wikiというツールを使って、インターネットユーザーが協力して百科事典を作ってしまおうという、Wikipedeia^*5という試みがありますね。濱野さん、これまでのブログに関する話とWikipediaの関係はどういうふうに理解したらいいでしょうか。

濱野　　Wikiの文化的な側面はよくわからないところがあって、個人的な情報ツールとしてはよく使っているのですが、Wikipediaの背景はよく知りません。石橋さんのほうが詳しいのではないですか？

石橋　　僕もそんなに詳しくはないです。

濱野　　自分が知る限りでは、Wikiの最初のエンジンであるWikiWikiWebというのはブログよりもかなり以前から存在するもので、それからさまざまな言語に改良が加えられて複数のWikiクローンがあります。自分が大学に入学した1999年にはすでに存在していましたね。

公文　　あったんだけれど、Wikipediaは確か一度落ち目になっていたんです。それが最近まためきめきと伸びてきて、世界最大といわれるようになってきた。そこを解説してほしいのですが。Wikiとは何か。Wikipediaとは何か。

石橋　　Wikiとは何かを客観的に説明すると、たぶんブログと同じくらい人によって答えが違うのですが、たぶん一番中立的な説明は、みんなでウェブブラウザを用いて一つのウェブサイトを書くためのツール群だということになると思います。Wikiの利用者の文化を含めて説明する人もいます。

公文　　「文化を含めて」というのは、一人でやるのではなくてたくさんの人が集まって共働して作っている。

濱野　　Wikiは基本的な仕組み上、誰でも編集できてしまうものなので、なぜ荒らしが起きないのかが一般的には不思議に思われるツールだと思います。一般的なインターネットのコミュニケーションを見知っている人であれば、誰でも「こんなもの、すぐに荒らされてしまうに違いない」と思うのですが、興味深いことに意外とWikiは荒らされず、平然とWWW上に存在しているような印象を受けますし、それはある種文化的な背景といえるかもしれません。ともあれ同じカルチャーをもつ者が集まったとき、これほどよく機能するコミュニティ協働ウェアはないと思います。

公文　　誰かレフェリーがいるとか、決まった基準によってフィルタリングをかけているわけではない。つまり誰がコントリビュートしてもいいのだけれど、その結果、できたものがバグだらけ、うそだらけの情報ではなくて、それなりの質をもっている。場合によっては商品として売られている百科事典よりももっと新鮮な情報をたくさん含んでいるようなものが出てきている。バクをなくすような、あるいは悪意の参加者をフィルターアウトしてしまうような仕組みの秘密は何でしょう。

上村　　クリエイティブ・コモンズの日本語版FAQ^*6を作ったときに、実はクローズドなWikiを使いました。そのときWikipediaで活躍されている方に協力してもらって、ちょうどその話を聞いたことがあります。「確かに悪意をもって書き乱そうと思えば、簡単に書き乱せるようになっているのだけれど、実際に書き込もうとする人は全体の１割ぐらいしかいなくて、悪意をもって何かしようとする人はさらに限られるから、うまくいっているんです」という言い方を彼はしていました。

公文　　でも、百とか千の書き込みのうちに一つでもそういうものがあると、全体の質や評判をものすごく悪くします。つまり信用できないということになる。

石橋　　これは直観なのですが、インターネットユーザー、ふつうのユーザーというのは行儀がよくて、荒らしてもいいというサインを出しているところでしか荒らさないという印象があります。２ちゃんねるにはそういう文化があって、「荒らしてもいい」というオーラを発しているというか。これも有名な掲示板であるスラッシュドット^*7でも、そういう「突っこみOK」というような文化をもっている。そういうところと、仲間内で和気あいあいとやっているというところがあって、ほとんどのユーザーはそのルールに従って行動しているだけで、深刻な意見の対立がある場合にだけ、例外が起こるような印象を僕はもっているのですが、どうでしょう。

楠　　スラッシュドットだって、荒れたのは立ち上がって１年以上たった後ぐらいからです。スラッシュドットや２ちゃんねると比べると、まだWikiのカルチャーはそれほど分母が大きくないのではないか。関心をもつとか、それを知る機会があるということほどいいフィルターはないというか。

石橋　　そういわれれば、誰も見ていないところで荒らしても、あまりおもしろくないかもしれませんね。

楠　　そういう視線やフィードバックを感じるという意味では、スレッドだと経緯が残るから荒らして楽しいけれど、Wikiは経緯が残らなくて、荒らされた結果だけが残るから、荒らしがいというか、それに対するフィードバックはどうやって満足として得るのだろう。

上村　　公園にゴミを捨てるようなものですよね。

公文　　いろいろな説明が出てきましたね。まず一番目が性善説、人間は本来それほど荒らしを好んではいない。二番目は発達初期説。今のように小さい間はよいが、もっと大きくなると荒らしが出てくるかもしれない。三番目は、社会契約説。つまりお互いの間にある種の共通了解事項ができているので荒らしが起こらない。四番目は、「コード依存」説とでもいうのかな。つまり、荒らしてもしかたがないようなアーキテクチャをもっているところでは荒らしは起こらない。以上四つの説明は、別に相互背反的ではないけれど、そのあたりはもっと突っ込んで研究してもらいたいところですね。

楠　　荒らされないネットコミュニティアーキテクチャが作れるかもしれない。

公文　　少なくとも過去のBBSとかメーリングリストなどでは、頻繁に荒らしが起こっているわけです。

石橋　　でも、荒らしとフレーミングというのは違うわけですね。

公文　　どう違うのですか。

楠　　荒らしというのは対話を求めていなくて、そこでのインタラクション自体を打ち壊すことが目的で、フレームというのはむしろ激しい意見の対立であって、勝ち負けを求めている。スレッドとかディスカッション型のアーキテクチャが、きわめてそういうフレームや荒らしを誘発するという認識はかなり広まってきています。たとえばアットコスメという化粧品のサイトがありますが、あそこはわざとリプライができないようにしています。化粧品ごとの掲示板で、必ず新しい発言として入れるようにしています。

公文　　そうするとケチがつけられないわけですね。

楠　　いくつ前の発言に、というようなリファーはあるのですが、スレッド型でやるよりははるかに荒らしもフレームも減るという話です。

上村　　Wikiはリバート（復帰）できますよね。ですから荒らされたらその前の時点に戻すこともできるので、それで実際的に無効化できるし、掲示板みたいなものが建設されていますから、もしかしたらそこではフレームとか荒らしっぽいことがあるのかもしれません。

公文　　戻す権限をもっているのは誰ですか。

上村　　それはWikiのソフトにもよります。ユーザーに対して内容を元に戻すためのアクセス権を設定できるものもありますし、アクセス権が設定できなくてもインストールした人や最終的な管理を行っている人には元に戻す権限があると思います。

公文　　するとその人がレフェリー的な役割を果たしている？

上村　　そういうこともあるでしょう。だからWikiの場合、いないように見えても神様はいるわけです。

■コミュニケーションツールの未来形

石橋　　これまでの議論の中で、いくつかツールが出てきました。みんなでコミュニケーションをしながら知識を生み出す、そういうタイプのツールとして掲示板、Wiki、ブログというのがあるのかなと思います。日本の「はてなダイアリー」^*8などは、また別の方向に行っているのですが。掲示板は順番に意見を交換し合うのですが、限界が見えてきたという感じがしていて、その現れの一つが、２ちゃんねるなどでいわれる「まとめサイト」の登場だと思います。掲示板上で情報交換をし、知識が蓄積してきて、みんなが興味をもって継続的に維持されるような話題では、だいたいまとめサイトが作られ、そのコミュニティの人はそっちを先に見に行くようになってきています。つまりコミュニケーションをシーケンシャルに見ていくだけでは知識が読み取りにくいので、一定以上の深みが出てきたら構造化するような文化ができてきています。Wikiは、僕も何度も使っているのですが、他の人が書いた一つの文章に僕も書き込めるというのは何か気持ちが悪くて、責任がもてないということもあるし、利用者間でかなり心が一つになっていないとやりにくい。かなり緊密に連携の取れている、信頼しあっているコミュニティでは機能すると思いますが、ゆるやかにつながっているようなコミュニティではWikiは使いにくい。そういう意味でブログは、発想する人間それぞれが更新する権限をもっており、情報の切り分け方の単位として一番相性がいいという感じがします。一人ひとりが一つのブログをもっていて、それを関連づけるという形式ですから、少なくともそれぞれの人間が知識を作っていくというモードから生まれてくる知識を関連づけていく仕組みとしては一番よいものではないかと思います。逆にグループで知識を総合して一つのものを作り上げるには、もう少し別のツールのほうがいいかもしれません。

公文　　さらに新しい何かが欲しいと。

石橋　　かもしれないし、Wikiの進化形なのか、ちょっとよくわかりません。

楠　　そういう意味でいうと、コミュニティのアーキテクチャとして、ブログは発散と創発にすごく向いていて、Wikiはむしろ収束を前提としているような。

濱野　　そうですね。"WikiWay"という書籍を邦訳されているyomoyomoさん^*9という方が、「ブログはフロー型（即時性）で、Wikiはストック型（持続性）であり、この両者の連携が今後のWWWでの情報発信の課題となる」と表現されているのですが、自分が両方使うなかでもそのような印象を強くもっています。

　これは個人的な体験談に過ぎませんが、Wikiは相互編集を旨としますが、更新のクセはしばしば人によって違うものですから、複雑なものになるとどこがどう更新されたのかわからなくなってしまうこともしばしばあります（差分表示をする機能も実装されていることも多いのですが）。複数人で相互編集的に使うには、システム的にではなく、リテラシー的に少し難しいという印象です。

上村　　目的がはっきりしたものですよね。

楠　　そうですね。２人で一つの本を書くから、じゃあやろうとか、そういうときでないとふつうはうまくいかない。

石橋　　あるいはこのページは誰々のものとか。

公文　　Wikipediaのようなものは？　たくさんの人が参加していますよね。

楠　　Wikipediaは特殊だと思います。ただ百科事典だとはっきり決まっていますし、書く内容もある程度決まっていますから。プログラムも、たとえば共同開発のログを残すページとか、はっきりフォーマットが決まっていればうまくいくという印象があります。

公文　　なるほど。目標とフォーマットをきちんとしておくと、コラボレーションしやすい形になるのではないかという話ですね。

楠　　それぐらい決まっていれば、本当に便利なツールだと思います。

公文　　さらに違った説明も考えられそうです。たとえば生物の進化でいうと、外側に自然選択という仕掛けがあってそれが神様の役割を果たしていて、進化している当人たちの間には目的についての明確な意識はないわけです。システムの外に評価なり選択をするような機能があって、こちらはそれで足りている。つまり、システム自体は目的をもっていなくてもいい。それと似たような意味で、つまり、はっきりしたレフェリーとかコントロールのパワーをもった個体なり部分がいないままで、人々が集まってきて行動している間に、なぜか自然に選択らしきものが行われる結果として、おもしろい協働作業ができるような仕組みは考えられないものか。もちろん、個々人がローカルな目だけでなく全体を見る目をももっている可能性がある社会システムというか社会的ネットワークの場合、そういう仕組みだけに頼っているシステムというものはたいへん考えにくい。しかし、ことによると今後、とくにはっきりした評価者や制御者を内部にもたないでも、なぜか全体がある基準から見ると良くなっていくとか、欠点が取り除かれていくように進化していく社会システムが生まれてくることはありうるのではないだろうか。

石橋　　ある意味では、システムそれ自体がすでにそういう役割を提供していて、検索エンジンのGoogleはそれに近い役割を果たしている面があると思います。最初に濱野君がいっていたブログをRSSを使ってランキングするようなサービスも、そういう役割を果たしているような気がします。他に、生態系としてそういう構造ができあがっている部分もあるでしょう。ニュースサイト系のブログが多くあります。「この人はいったい１日にいくつサイトを見ているのだろう」というくらいたくさん、たぶん百以上のサイトを巡回してとにかくおもしろいものをその人の視点で選んで勝手にリンクしているのを、結構みんなおもしろがって見ているのですが。あの人は何がおもしろくてやっているのかが不思議です。さっきブログは流動的だという話が出ましたが、役割の固定化はあって、ニュースという形でしか情報提供しないサイトがあります。そういうサイトが流動性を生み出す源泉になっている、一つのレイヤを作っている気がします。そういう役割の人は、少なくともブログの世界では、構造を規定するルールとか役割を負っているような感じがします。

公文　　それは、ある意味で自然にできあがってきたということですね。ほとんど生態システムでいう食物連鎖みたいな形で、ある種の人々があるところにいてある種の役割を果たしている。

石橋　　ただ、その役割が彼らにとってどういう意味なのかがよくわからない。

楠　　何か社会的なつながりとして視線を感じたりとか、自分の関心を共通の関心事として吐き出していくのは、基本的に快楽ですよね。見返りがなくて本当に長期間持続するのかというのは疑問ですが。

公文　　一種の新しい流れとして、インターネットや情報社会の中に、ある種のグループ・コミュニケーション、ないしグループ行動を支えるための、さまざまなソフトウェアやそれらのソフトウェアの出現に役立つようなアーキテクチャが創発しつつある。それが、大きく見ると「社会的ネットワーキング」の流れであり、群がり型のモブ行動とより密接にかかわりがあるらしい。今日は、そういうことを話し合うことができたと思います。これはぜひもう一歩、二歩つっこんで、理論的にさらに深い分析ができるともっとおもしろいと思いますので、次回の宿題としてみなさんで考えてみてください。

濱野　　さきほど石橋さんがちょっと「はてな」の話をしたのですが、日米文化差という要素も大きいと思っています。はてなダイアリーという現在、日本最大級のブログに類似したサービスがあるのですが、その大変興味深いところというのは、トラックバックを基本的には使っていないところです。トラックバックというのは、「だれそれのブログに送るぞ」と自分で送信しなければ成立しないプロトコルです──実は仕組み的にはもう少し緩いのですが──。しかしはてなダイアリーでは、たとえば公文先生と自分が「スマートモブ」という共通の単語を使っていると、両者間をつなぐそのスマートモブというキーワードへのリンクが自動で生成されるというアーキテクチャになっています。つまりこれは、明示的に誰から誰にリンクしたということを問わずに、中立的なシステムがその双方向リンクの責任を肩代わりするという仕組みです。独立した主体間で明示的にコミュニケーションを応酬するというディスカッション的な文化の薄い日本には、このシステムのほうが向いているのではないか。

公文　　つまり誰かに評価されたという気持ちをもたなくて済む。

濱野　　そうです。そのほうが普及したという背景があります。

公文　　それも一つのテーマとして詰めて考えていきたいものです。つまり、いわゆる文化差のようなものが実際にどの程度影響しているのか。絶えず新しいものが起こっているとき、特に外国から入ってくるときに、すぐそれに飛びつくという傾向もなくはないのですが、より多く見られるのは、それがこれまで日本になかったのは文化が違うからで、そういうものは日本には合わないという指摘がまずなされる。しかし、しばらく経ってみると、すっかり普及している。ワープロやインターネットのときもそうでしたが、そういう過去の経験はケロッと忘れて、いやブログは文化が違うから日本に根付くことなんかないよという話をまたまた始めてしまう。私も、文化の違いによる影響が全然ないとは思わないのだけれど、その手の議論をするときはとりわけ注意が必要です。断定するのではなくて一つの仮説として考えてみることが大事ですね。たとえばトラックバックの張り方が日米で違うとことの説明として、どういう価値観をもっている人たちの間ではどういうように受け入れられそうかということを、理論的な仮説としてまずたててみる。さらにそれだけではなく、実際の観察から得られたデータをもとに議論できると、それはまたそれで非常におもしろい。情報社会学にとっての宿題としてぜひ考えていきたいことです。