
今日は、
「昔遊んでいたオモチャを振り返ろう」シリーズ。
何の反響も無いが、第3弾。
今回取り上げるのは、
「ホッピング」。

「ホッピング」とは、スプリングの付いた一本足の飛び杖玩具のことである。
両手をハンドルに、両足をペダルに乗せ、バランスをとりながら、
「ピョ~ンピョ~ン」と飛び跳ねて遊ぶ。
バランス感覚が要求される、なかなかにスポーティーな玩具である。
基本的には、自分の家の庭や公園で遊ぶべきものだが、地面が固い方が飛びやすい事もあって、そこは社会秩序性のない子供のこと、当然、アスファルトの道路に出て「ピョ~ンピョ~ン」と跳ね回っていた。
なので、都会よりも、交通量の少ない田舎の方でよく流行っていたようである。
「ホッピング」が日本で最初にブームになったのは、昭和32年頃のこと。
元々はアメリカの美容体操用具「ポゴスティック」というものをおもちゃ化したもので、日本で発売後、瞬く間に大ブームを巻き起こした。
当時は、大人用から子供用まで、数段階のホッピングが販売され、大人から子供まで「どれだけ長く飛んでいられるか」「何回飛ぶことができるか!」など競い合って遊んでいた。
だが、あまりにも大ブームとなってしまったため、長時間跳び続けて、「胃下垂」や「足の骨膜炎」を訴える子供が続出した。
そして、「ホッピングは過激な遊びだ!」などと社会問題にまで発展し、ホッピングブームは沈静化して一時期は廃れた。
このブームの廃れ去り方は「フラフープをやり過ぎると腸捻転になる!」というのに似ている。
しかし、「流行は繰り返しやってくる」の言葉通りに、再び日本に「第二次ホッピングブーム」がやってきたのである。
昭和55年頃、「スカイホッピー」という名でバンダイから発売され、テレビCMが火付け役となり、これまた瞬く間に大ヒットとなった。
さらに、この時から、様々なキャラクターがくっついたホッピングも発売され、子供の購買心
(親へのおねだり心)に火をつけたのである。
私が遊んでいたのもこの時期である。
来る日も来る日も「ピョ~ンピョ~ン」と飛びまわっていたものである。
この頃の私は、1日の1/20は地球表面上にいなかったはずである。
そして、現在は一時期ほどの流行はないものの、「ホッピング」はバランス感覚を養うことのできるプチ・スポーツ玩具として、定番化し続けているのである。
さて、「ホッピング」の基本的な遊びは
「どれだけ飛び続けることが出来るか」を
時間や回数で競う事にある。
私も2000回以上の記録を保持していたが、ここまでいくと所要時間が1時間を越え、もはや「遊び」の域を越え、「ガマン大会」であった。
そして、飛び続けることだけに飽き始めると、人間の性だろうか、
「より速く、より高く、より遠くへ」を求めるようになる。
【より速く】「ホッピング」に乗りながら「50m走」。
または、パイロンをたてて「スラローム競走」。
【より高く】「ホッピング」に乗りながら、障害物を飛び越える。
ただし、飛び越えられなかった時は、大事故の怖れあり。
【より遠くへ】公園の砂場に向かっての「走り幅跳び」。
助走はもちろん「ホッピング」に乗りながら。
砂場にホッピングが沈んでいくのが、結構快感。
さて、余談だが、「ホッピング」にまつわるこんな話がある。
【 鉄器宙弾 】(てっきちゅうだん)
拳法において身のこなしの素早さは最も重要であるがそれを倍化させる為の道具がこの鉄器宙弾である。
その原理はいたって単純でありバネと体重による反発力を利用したものである。
これを発明した中国漢代の武術師範宝浜具はこれを使って地上30メートルまで跳躍し当時の人々を驚嘆させたという。
ちなみに日本でも昭和30年代に子供達の間で流行した同形状の玩具・「ホッピング」の名称は、この発明者・宝浜具(ほうぴんぐ)に由来することは 言うまでもない。
(民明書房刊 『玩具に見る古代中国の英知』より)
「民明書房」 出た~!! 何でもかんでも全て「中国拳法が起源である」としてしまう「民明書房」が、またやってくれましたよw
もちろん本当は、英語の「Hop(ぴょんぴょん跳ねるの意)」の「Hopping」であるので、お間違いなく。
それにしても、この「鉄器宙弾」ってどんなものなのだろうか?
私は、何となく「ドクター中松のジャンピングシューズ」を連想してしまうのだが…。

【ドクター中松ピョンピョン ジャンピングシューズ】お知らせ)「曜日別テーマ」の土曜日を「ゲーム・おもちゃ」から「レトロゲーム」へ変更しました。
土曜日に「おもちゃ」を取り上げることが殆ど無いもので…。

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