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  淫魔の実 作者:樹氷霧氷
第22回 機転と拉致

     22

 真由那は胸に抱えた宅配用の小箱を軽自動車の後部座席に置いた。
「これで最後だよ」
 後ろからついてきた駿平が荷物を差し出した。
 真由那は駿平の持っていた宅配用の小箱を受け取り、後部座席に詰めこんだ。
 箱は全部で12個。オシラポスの実が入っている。全国に散らばった日吉村の出身者に送られる。送る相手は10代から50代までの男女であった。
「さて、そろそろ出掛けるとするか」
 小さなバッグを小脇に抱えた源蔵が玄関から出てきた。朝日が顔に当たり、少し眩しそうに目を細めた。
「お昼までには帰れそうなの、おじいさま?」
「そうじゃな。荷物を宅配の集荷所に預けてから、隣町の市民病院へ寄るからの。少し遅くなるかもしれぬ」
 そう答えながら、源蔵は運転席にもぐりこんだ。
「わかったわ。気をつけてね」
「うむ。それじゃ、行ってくる」
 源蔵は軽く手を上げたあと、軽自動車を発進させた。

 3人組の男女が山浦家に押し入ってきたのは、午前10時を回ったころであった。そのとき真由那と駿平は、家の裏にある畑で取れた野菜を洗い終えて、板の間でお茶をしていた。
 3人組は隣の開け放たれた8畳間から土足のまま上がりこんできたのである。
「何ですか、あなたたちは!」
 真由那は叫んだ。
 2人の男たちは手に刃物を持っていて、それぞれが真由那と駿平に突きつけた。
 男たちの目つきが鋭くて、それだけで震えあがってしまうほどだった。
 女がゆっくりと近づいてきた。男たちとは対照的に知的な雰囲気を宿している。目つきや表情から根っからの犯罪者ではなさそうだった。押しこみ強盗とはちがうと、真由那は感じた。
「正直に答えてくれれば、手荒なマネはしません。緑の実をつける樹を教えてください」
 丁寧な口調で女が言った。
「緑の実をつける樹?」
 真由那は聞き返した。
「オーシラーポスの民と呼ばれた古代ヨーロッパの民族が食していた実を探しています」
(もしかして、オシラポスの実のこと……)
 真由那は心の中で呟いた。駿平がこっちに視線を向けているのを目の端に捉えた。
「……そんなものは知りません」
 真由那はとぼけた。
「しらばっくれるんじゃない」
 目の前で刃物を突きつける男が怒鳴った。
「本当です! 何のことだかわかりません」
「わたしたちは、ある論文を入手しました」
 女はショルダーバッグから書類の束を取り出して、真由那に見せた。
 18年前に准教授だった板戸が書いたオーシラーポスの民について書いた論文のコピーであった。真由那も読んだことがあるので、何が書かれているのか読まなくてもわかっていた。
「これがわたしたちとどういう関係があるのですか?」
「わたしたちは板戸教授に会って、その樹がここにあることを教えてもらいました」
「……」
 真由那は言葉に詰まった。
 古代ヨーロッパ人についての論文のことならば、いくらでもとぼけようがあった。だが、オシラポスの実のことを板戸から聞いたとなると、そうもいかないだろう。
 だからといって、オシラポスの実の秘密を打ち明けるわけにはいかなかった。なにしろ、彼女たちが探している「樹」は、真由那の腹の中にいるのだ。そして、村人たちの大事な命綱なのである。
「嘘をつくと、ただじゃすまねぇぞ」
 もう一人の男が駿平を殴った。
「うがっ!」
 駿平は呻き声を残して、横にすっ飛んだ。
「やめて下さい!」
 真由那は駿平に覆いかぶさった。
「しゃべるまで殴ってやるぜ」
 男は毒づいた。
「やめなさい、谷村」
 と、女が男の肩をつかんだ。
 男は拳を振りあげたまま、すぐにでも殴れるように身構えている。
「駿平、大丈夫?」
 真由那は弟の顔を覗きこんだ。うん、と駿平は頷いた。
 このままとぼけていると、駿平がもっと殴られてしまう。それは、マゾヒズム症候群が発症する危険を秘めていた。
 もし、駿平がマゾヒズム症候群を発症させたら、すぐにオシラポスの実を食べさせなければならない。そうなれば、オシラポスの実の存在を明らかにしてしまうことになる。
 幸い、女たちはオシラポスの実が触手が産みだす卵であることを知らないようだ。うまく誤魔化すことができるのではないかとおもった。
「……わかりました。教えますから、手荒なマネはやめてください」
「物騒なものを仕舞って」
 女は命じた。
 男たちが渋々と刃物を懐に収めた。
「教えてください」
 女は催促した。
 仕方がないというフリをして真由那は縁側を指差した。
 そこに、鉢植えで栽培されている2メートほどの植木があった。梅雨が明けたころに、黄緑色の小さな実をつける。季節はとうに過ぎて、いまは小ぶりの葉が繁っているに過ぎない。歳のせいでトイレが近くなった源蔵が、その葉を煎じて飲んでいるものだ。
 谷村と呼ばれていた男が鉢植えを抱えるようにして持ってきた。
 女が顔を近づけて、鉢植えの樹を観察しはじめた。
「セックスベリーに何となく似ているわ……」
 女がそう呟くのが真由那の耳に届いた。
「実がついていないけど、いつなるの?」
 女は訊いた。
「初夏です」
 真由那が答えると、女は残念そうな顔をした。
「どれくらいの実がなるものなの?」
「数えたことはありませんが、4、50個ぐらいでしょうか」
「収穫した実はどこに保存しているの?」
「実のことは気にしていないので、収穫なんてしていません。鳥が食べるにまかせています」
「大量射精薬になるかもしれねぇのに、鳥にタダで食わせているとはな」
 鉢植えを取ってきた男が下品にわらった。
(この人たちはオシラポスの実が性欲増進の効果があるものだと勘違いしているのね)
 真由那はそう思った。
 オシラポスの実はマゾヒスティクな快感を抑える効果がある。源蔵ははっきりと言わなかったが、普通の人が食べれば大量射精どころか性欲がなくなるはずなのだ。
 オシラポスの実を試食させれば、その誤解を解くことはできる。でも、それはできない。板戸の書いた論文があるから、マゾヒズム症候群という奇病が白日の下にさらされるのは確実だ。猥雑な3流週刊誌の格好の餌食になるだろう。
 村の人々が抱えている恥ずかしい病気を山浦家から明かすわけにはいかない。ましてや、オシラポスの実の製造方法は秘中の秘である。
(オシラポスの実そのものを隠さなければいけない)
 と、真由那は心に決めた。
「この樹は他にないの?」
「昔はたくさんあったそうですけど、病気になったりして枯れてしまい、いまはこれだけです」
「栽培方法が難しそうね」
 女は腕組みした。
「早いところ、引き上げるか。おれたちの契約は今日までなんだ」
 男の一人が腕時計に目を走らせた。
「どのように栽培させたらいいの?」
 女が質問してきた。
「環境の変化を嫌うわ。温度管理と肥料、与える水の量にも気を配らなければいけない。そうしないと、すぐに病気になるの」
「……」
「あなたたちの目的が何なのかよくわかりませんが、この樹の実で商売するのは諦めたほうがいいとおもいます。栽培するのが大変ですから」
 真由那は言った。
「ご心配なく……この2人を連れて行く」
 女は男たちに言った。
「何だって」
 男たちが揃って驚いたような声を上げた。
「実験棟でここの環境、そして実りの季節を再現させる。2人は栽培方法を教えてもらうのに必要なの」
「わがままな学者さんだぜ」
 男たちは毒づきながら、真由那と駿平を紐で結びはじめたのである。

   つづく
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