『入道雲』
作:Moone


1.

幼い頃から、自分は軍人になるのだと思っていた。
そして、いつかは「将」と呼ばれる者になるのだと。
全てはあの日、あの朝から始まったのだ。


父の出立は、いつでも陽射しの強い、良く晴れた日の朝だった。

「お父様がご出発ですよ。早くいらっしゃい」

「はあい」

朝食を食べ終えるのもそこそこに、玄関へ駆けつける。
いつものように玄関で正座している母の顔は、しかし、
いつもと何か違う、怖いような表情だった。

「お父様は、今日から大事なお仕事に行くことになったの。
 ちゃんとご挨拶をなさい」

「父上、いってらっしゃいませ」

「うん。行って来る」

そのまま、真っ直ぐに前を見て、玄関を出てゆく――
それがいつもの父の出征姿だった。

だがその日は、父も少し様子が違った。
父は振り返って、小さな私の前に膝をつくと、話しかけてきた。

「昨日話したこと、覚えているかい」

「きのう?」

その前日、眠りにつく前に、父は不思議な言葉を教えてくれたのだった。
意味は分からなかったが、間違えずに言えるようになるまで、
繰り返し聞かされたのだ。

「はい」

「もう一度、言ってご覧」

「しょうたるものは、まえをむいてあれ」

「そうだ。将たる者は、常に前を向いてあれ。分かるか」

「はい。父上」

なぜだか分からないが、私はそう答えていた。
父は、ふふっと声を出さずに笑った。
私の好きな、いつもの笑顔だった。

「よし。じゃあ行って来るよ。母さんを頼むぞ」

「はい。いってらっしゃいませ」

白い軍服の、大きな背中を見送った、それが最後の朝だった。



「…か、陛下」

「ん…?」

ふと眼を上げると、
書記官長代理の未記が、いつもの不安そうな顔でのぞき込んでいた。
どうやら、眠っていたらしい。

壁の鳩時計は午後2時半過ぎを指している。
天文部本部会議室の、大きな机に集まった幹部達が、
思い思いに資料をめくったり小声で話したりしている。
今は、木曜午後の本部定例会議中だ。

古風なデザインの扇風機型冷房がかすかな音をたてているが、
真夏の陽射しは窓の外からも容赦なく照り返し、
昼下がりの会議室には、やや蒸し暑いような空気が漂っていた。

背中が少し汗ばんでいるのを感じながら、とりあえず未記にうなずいて見せた。

「どうかなさいましたか、陛下」

「ああ、ちょっと考え事をな。結論は出たか?」

「あ、はい。失礼いたしました。
 先日の、ネオ天文部を称する叛乱軍への対策ですが…
 防御体制の強化のため、空中部隊の新規募集を10名追加。

 第7監視衛星『みささぎ』の打ち上げを2週間繰り上げ。
 有機化学魔術会および東メ運輸組合と提携交渉。

 また、資金経路の調査のため、生徒会経理部への内偵を強化。
 ええと、以上のようになっておりますが 」

「よろしい」

差し出された書類にさらさらと大きく署名をしながら、
脳裏には先刻の夢がはっきりとよみがえって来るのを感じた。
夢と呼ぶには、やや鮮明すぎる感覚だった。

(久しぶりだな。父上のことを思い出すなんて)

「ええと、次に生徒会からの調査指示の件で…」

未記が議事を進めようとしたその時、会議室に怪音が走った。


2.

カラカラカラ・カラカラカラ・


「鳴子に反応あり!」

会議室と隣合わせの作戦室から、本部情報課オペレータの甲高い声が響く。

「輝点増加!…敵性反応です! 反応、反応、たくさん!!」

「手芸同好会の戦闘制服を確認いたしました」

「指向性トポロジン反応を検出、さらに増大してまーす」

「おい、手芸だってよ。この本部に何のつもりだ、修学旅行か」

「馬鹿ね、誰があんな格好で旅行するのよ」

事態の急変に咄嗟には対処できずにいるのか、
苦し紛れの軽口が飛び交っている。
規律正しい本部情報課員たちには珍しいことだが、無理もなかろう。

いつ果てるとも知れぬ戦に明け暮れるこのメタ女では、
部境侵犯など日常茶飯事ではある。
しかし、この天文部本部となると話は別だ。
本来ならば、本部の鳴子の音など知らずに卒業して行く者の方が多いのだ。
それが、この短期間に二度までも。またしても、手芸の連中だ。

情報課長のアメリアが立ち上がり、指示を送る。

「アナタたち、無駄口を叩かないで下サイ。 防空軍はどうしまシタ」

「迎撃システム作動しません、味方が近すぎるようです」

「だったら後ろを狙って下サイ。トポロジンシイルド、準備できてマスカ」

「課長! 大規模の転送波動を確認!
 シールド間に合いません。転送、出ます!」

「さらに指向性反応を検出。座標、特定できませーん」

「第2波出ます」

「敵襲だ!!」

「優先通信開いて下サイ。第一種戦闘配備を要請しマス」


作戦室は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
会議室にも、にわかに緊迫した空気が流れる。

卓美――と言いかける自分を制して、一瞬、空席を見やった。
天文部の外務長官であり、軍師役でもある卓美だが、
今は西支部の支援に出張中だ。

(こんな時、卓美だったら何と言うだろう。
 支部を守っている間に、本部を狙われるとはな。
 だが…いや、卓美を出したのは正解だったかも知れんな)


「えっと、敵の現在位置は?」

未記の間延びした声に、我に返りモニターを見る。
静かだった本部前の平原に、
つい先日のように手芸の制服が居並んでいるのが映し出されている。
そしてその横には、見慣れた天文部の制服たち。

「敵主力、わが正門の南約1km。
 どうやら、前もって部員を伏せていた模様です」

振り返って報告したオペレータの声に、会議室警護隊長の怒声が飛ぶ。

「何ですって? 正門には先週特注の、
 何とかいうレーダーを付けたんじゃないの」

「『六波羅くん』ですか。うちの制服を着てれば識別は困難と思いますが。
 それに、業者の最終調整が遅れてるそうですから」

「何よそれ。 どうしてそんな業者から買うのよ、まったく」

未記が、顔だけは申し訳なさそうに答える。

「はあ、入札の結果ですので、何とも。
 次回は指名停止にしておきます。それと被害額の見積りも…
 ええと、よろしいですか、陛下」

見積りもいいが…役に立てばいいけどな。

「あ、陛下。何かおっしゃいましたか」

「いや、何でもない。後で処置しておけ。
 それより、今は目の前の連中の相手が先だ」

「ええ、はい。 情報課、状況を整理して報告してください」


3.

情報課員たちが、ディスプレイの前に集まっている。
索敵結果を見ながら、何かしきりに口論しているようだ。

「戦闘配備中である、不明瞭な会話は止めよ」

情報課員たちがはっとしたようにこちらを見た。
やがて、一連の書類を手に、アメリアが申告に来た。

「部長陛下、ご報告いたしマス。
 敵の主力は手芸同好会、約500名でございマス。
 集団の中に、我が天文部の戦闘制服が多数確認されておりマス…が」

アメリアが口ごもったのを見て、
それまで部長席の脇で控えていた、侍従長の美夜子がついと一歩進み出た。

きゃしゃな情報課長の手から一番上のペーパーを抜き取ると、
静かな表情で目を走らせ、黙ってこちらへ差し出す。


”Shizuko Ivadrich / String soc.”


静子御前を先頭に、手芸同好会の主要メンバーの名前が並んでいる。
前回のこともあるが、正体を隠そうともせず堂々たるものだ。

だが、その下にある名前を見て、一瞬、
眉をひそめる表情になるのを止められなかった。


”Yoshimi Edo.V.J. / String soc.”


「…よしみが、手芸を始めたとでも言うのか」

「ハイ、再度確認させマシタが…
 軍コードは手芸同好会のものデス。
 パーソナルスキャンは、中将ドノと完全に一致するとのことデス」

「分かった。引き続き警戒せよ」

「ハイ」


作戦室へ戻ってゆくアメリアの背中を見ながら、誰にともなく呟いた。

「よしみが、な」

先日のネオ天文部とやらの発足宣言は、
むろん明白・重大な反逆行為ではあった。
一方で、顔馴染みの部下達が突然「敵」となった状況に戸惑いを感じたまま、
数日を過ごしていた。
だが、今目の前で起こっていることは…

「旗幟を明らかにし、我らの動揺を誘う。そんなところでございましょう」

美夜子が初めて口を開いた。 静かな口調が、かえって耳に突き刺さった。
一瞬の沈黙の後、美夜子の眼を睨みながら、ようやく言葉を吐き出す。

「本当に、あいつらと手を組んだというのか」

「何も入会したわけではございますまい。
 連中ならコード偽装ぐらいはお手の物です。
 しかし、我らへの単なる示威が目的ならば、
 こういう手は使わぬかと思いますが」

「ふん。潔癖性だからな、あいつは」

「手芸同好会は、生徒会裁定のもと復権したとは言え、それは名目だけのこと。
 事実上は今なお全校共通の校敵と言ってよい存在でございます」

「分かっている。もう言うな」

「は。失礼いたしました」

「よい。 それよりも、どう見る? この状況を」

美夜子が、”敵”の軍勢にちらりと視線を走らせた。

「よしみ殿のこと、周囲はすでに鉄桶の包囲下にございましょう。
 こうして先手を打たれた以上、簡単には逃がしてくれそうにありませんが…」

「逃げたりはせん」

美夜子がこちらへ視線を戻したが、表情を見せずに瞼を閉じると
また瞑想するように黙り込んだ。


再び、監視員の声が響いた。

「書記官長代理閣下、敵の動きが妙です」

「え、なに? 詳しく報告して下さい」

「敵が、一部後退していきます」

「何だ? 未記、どうしたのだ」

「はあ、敵の先遣部隊が対空地雷にかかったそうですが…
 あんな所に地雷原なんかあったの?」

「はい。外相閣下のご依頼で、急遽手配いたしました。
 守りの薄い地点を強化する、とかで」

「あ、そうなの? そんな予算ついてたかな」

未記と書記官のやり取りを聞きながら、椅子に座り直して一息つく。

(卓美の置き土産か。あいかわらず、芸の細かいやつだな。
 おかげで少しは時間が稼げるが… だが、長くは保たん。どうしたものかな)


4.

ふと見ると、未記が首をかしげてしきりと考え込んでいる。
丸い眼を心持ち細めて、戦術モニターに写る敵情を見ている。

「んー…」

「未記、どうした。 何か思い当たることがあるのか?」

「え、はい。んがぐぐ」

未記はぴょんと姿勢を正すと、あわてて端末を取り出して何やら調べ始めた。
だが、こいつはこういう時に必要な物を見つけたことがない。

黙って地図を見つめていた美夜子が、顔を上げた。

「『さんせんのじん』で調べてご覧なさい」

「なに?知っているのか侍従長」

「は。…参川の陣、またの名を御幸橋の構え。
 この京都で大いくさがある時、
 不思議とこの戦法を用いる者が現れるそうでございます。

 現在我々と敵との間には、
 あの一陣をのぞいて何者も存在せぬように見えます。
 しかし、これを攻めれば必ずや、第二・第三の伏兵が現れましょう 」

「ふむ。それで、対策は」

「この陣形には、必ず、三陣の死命を制する点がございます。
 都大路の南を流れる三本の川の合流地になぞらえて、
 これを御幸橋と申します。
 そこを一分の狂いも無く突けば、敵は砂の城のごとく崩れ去るはず。

 古くは橘花の変の折り、検非違使堀川兼子率いる千騎がこの陣を敷き、
 対する賊将橘花は騎馬五十にてこれを破り、
 西の方いずこかへ落ちのびた由 」


美夜子の声は詩でも口ずさむように低かったが、ふと気がつくと
会議室は静まり返って二人の話に聞き入っていた。


「なるほどな。 機会はやるから破って見せろ、というわけだ。
 だが、そのような甘い手を使うかな? あのよしみが」

「は。 おそらくは側近の者の献策かと。
 あるいは、手芸の差し金やも知れません」

「ふん。 ありうる事だな」

(この正念場でも、部下を信じて疑わぬか。あの妙な度胸だけは大したものだ。
 しかし、相手があの静子ではな。そのうち足元をすくわれるぞ、よしみ。
 いや、今あいつの心配をしてやるのはおかしい…おかしい、のかな)


美夜子がそのまま口を閉じて未記の方を見たため、
皆が自然と未記の言葉を待つ格好になった。
未記はぎこちない手つきで端末を操作し、
敵の一団が陣取る丘の拡大映像を出した。

「えっと。左手の丘、天文字焼きの『天』の字のむこうに、
 ちょっと豪華な感じの陣が見えてますね。
 あの辺りが、たぶん…狙い目じゃないかと、思うんです…けど」

尻すぼみになった未記の献策を引き取るように、
美夜子は一つうなずいて言葉を継いだ。

「私も同意見でございます。あの星の旗印は、よしみ殿のものでしょう。

 よしみ殿と手芸同好会は同盟中とは申せ、
 まだその関係は日が浅うございます。
 手芸の者にとっては、言わば他部の内乱。命を捨てる覚悟はございますまい。

 さらに、手芸の総帥である静子は信義よりも策略に傾く人物です。
 よしみ殿の本陣を直撃することで、流れを変えることは十分にあり得ましょう」

「ふむ」

確かに、その通りだろう。
第一撃が成功すれば、それはあり得る。成功すれば。

「無論、その手前にはよしみ殿直属の精鋭が待ち構えておりましょう。
 それでも、この道が唯一の活路と考えます」

珍しく長く喋った美夜子は、そこで口を閉ざした。
おそらく、美夜子は自分と同じ事を考えているだろう。
成功すれば、二人が言ったように道は開けるのかも知れない。
だが。そのただ一撃を成功させるにも、今の3倍の部員が欲しいはずだ。

しかし、ひとつ方針を示すことで、幹部達には少し活気が戻ったようだ。
席が隣りあう者どうしが激しく議論をかわし始める。


部長席に深く座り、目を閉じて室内の喧噪を心から追い出す。

この本部部室を盾に徹底抗戦すれば、かなりの損害は与えられるだろう。
自分一人でも、手芸の100人や200人は片付ける自信はある。

だが、それだけだ。よしみを、いや静子を倒さない限りは、何も変わらない。
支部から援軍が今すぐ出たとしても、早くて半月はかかるだろう。

考えずとも答えは分かり切っている。どのみち、他に良い方法もあるまい。
今は、その可能性に賭ける以外ない。

だが…その前に、やっておかねばならぬことがあった。


5.

「少し席を外す。未記、しばらくここを頼む」

「あ、はい。どうぞごゆっくり」

一礼して作戦室に向かう未記を見送ってから、さりげない風に会議室を見回す。
一人だけ、選ばなくてはならない。
しかし、それを誰にするかはもう心に決まっていた。

本部会議室の広い机を囲んだ幹部達に混じって、
一人だけ魔術職独特の装飾的な制服で座っている娘。
魔術職は研究と戦闘が主任務であるがゆえに、
こうした作戦会議にはほとんど参画してはいない。

確かに魔術の才能は底知れぬものを持っており、
その才能ゆえにこうして幹部席に列なっているのだが、
魔術士官であることを差し引いても、
どうもこういう場面には似つかわしくない娘だった。

今も、状況が分かっているのかいないのか、
呑気な顔つきのまま机の下で両手をもそもそと動かしている。
こういう態度が癇に障ることもあったが、
今はこの娘が本部にいることが有り難かった。


視線を戻して立ち上がり、会議室の扉を出て控室に向かうと、
美夜子の滑るような足音が後を追ってきた。
そのまま、言葉を交わすこともなく控室に入ると、
幹部信号でその娘を呼び出した。

ほどなく、その娘――高橋まりえが控室に姿を現した。

「何どすか、部長陛下」

3時の抹茶でも飲みに来たような顔に、
リリアンはどうした、などと言いそうになる自分が可笑しかった。
わざとらしい咳払いで笑いを追い払うと、真面目な声色を作る。

「お前に、ひとつ頼みがある」

「へえ。何なりと言うておくれやす」

「ここに、転送機がある。と言っても、試作品だがな。
 奴らの機械ほどの力はないが、短時間なら干渉を受けずに使える。
 一人ぐらいは遠距離でも移動させられるはずだ 」

「へえ。うちもちょっと手伝うたさかい、大体知ってるつもりどす」

「まりえ。今からお前を転送する」

虚を突かれたように、へえ? とまりえが振り向いた。

「何ですのん… 一人やったら、陛下が乗らはったら」

「馬鹿を言うな。天文部部長に、本部を捨てろと言うのか」

「そやけど」

「本部部室は、天文部一千年の知識の集大成だ。
 メタ女の歴史そのものと言っても良い。
 闇と手を組む輩に、ましてや手芸の連中などに、
 この部室を明け渡すことはできんのだ」

「そやかて、部長陛下が戦わはるのに、うちが逃げるわけにいきまへんえ」

相変わらず呑気な顔のまま殊勝なことを言っているまりえに、
また笑いが込み上げて来る。
一息おいて表情を引き締め、まりえの眼を見て諭すように話す。

「よく聞け、まりえ。 逃げるのではない。
 ここに残って戦うよりも、あるいは困難かも知れぬ。
 お前には似合わぬことだとも思う。だが、今はお前に頼まねばならぬ」

黒猫のようなまりえの瞳が、さらに細くなったように見えた。

「まりえ。西支部へ行け。
 そして真由美に会い、今日のことを伝えるのだ」

「へえ」

「もう一つ。『天文部を頼む』とな」

「陛下」

「あいつは私の見込んだ優秀な部員だ、きっとうまくやるだろう。
 頼んだぞ、まりえ」

「へえ…陛下も、どうかご無事で」

「うん。早く行け」

「美夜子はんも、お達者で」

美夜子は唇の端を少し曲げたが、その言葉に答えるかわりに
まりえの腕をつかんで転送機に押し込み、
操作盤を設定すると素早く梃子を引いた。

まりえの口が何かを言うように動いたが、
その姿は一瞬ゆがみ、やがて渦に吸い込まれるように薄れていった。

(頼んだぞ、まりえ、卓美。
 しっかりやれ、真由美。お前なら、きっとできる)


6.

「さて、気掛かりは片付いた。
 もう一つの方を何とかせんとな。未記が待っているだろう」

「大丈夫です。あれで、一人だと良く働く子です」

話しながら足早に会議室に戻ると、美夜子の言う通り、
未記が作戦室の入口に立って何やら指示を出していた。
初めて見る姿だが、なかなか様になっているようだ。

しかし、会議室に入ったところで目が合うと、
見慣れた不安顔に戻ってしまい、こちらへ寄って来た。

「あ、陛下、お帰りなさいませ。もうよろしいのですか」

「うん。待たせたな」

部長席に戻り、椅子に座り直すと幹部達の顔を見回す。
緊迫した空気の中にも、やや落ち着きを取り戻しているようだ。

「状況はどうか」

「ええ、はい。正門が危いみたいです。
 敵の前衛が取り付いてますが、これ以上援軍も出せませんし」

「よし、守備隊は後退させる。
 全砲台で正門周辺に制圧射撃をかけ、
 敵の尖兵を追い払え。門を壊して構わん。
 守備隊は呼吸を合わせて、全員部室内まで退がれ」

「あ、はい。了解です」

「全部隊が集合したら、我らは打って出る。
 戦えぬ者は、空中部隊と共に西支部へ向かえ。
 出撃後、本部書庫と兵器廠は完全に破壊せよ」

「はい。すぐに手配します」


数分後、南の方角から轟音が響き渡り、守備隊が引き上げてきた。
だが、その数は思ったより少なく、ほとんどは大なり小なり負傷している。
担架で後送された重傷者が、あわただしく運ばれて行く。

「正門守備隊、全員収容いたしマシタ」

「よし。皆に作戦を伝え、本部玄関に全員集合させよ。我々も行くぞ」

戦闘装備を調えて表玄関に出ると、真夏の太陽が身体全体に照りつけてきた。
点呼を取っていた未記が、戻ってきて敬礼する。

「あ、陛下。お疲れさまです。
 正門隊と会議室隊、その他志願者と。あわせて45名です」

一旦退いた敵は、再び攻勢に転じたようだ。
砲撃を警戒しつつも、さらに数を増してじわじわと部室前に迫っている。


敵軍を無視するように、整列した少女達の顔を一人一人見回す。
疲れもあるだろうに、皆が明るい眼差しを返してくる。

包帯に血をにじませ、煤だらけの顔で、笑っている者さえいる。
眩しかった。圧倒されるほどに、彼女たちは輝いていた。
自分も今、彼女たちのように笑っているのだろうか。

彼女たちを支えるもの。それは、天文部本部の伝統、メタ女生の誇りだった。
天文部を、いや、メタ女を守るものは、この輝きであるべきなのだ。
それが、謀略や裏切りであってはならないはずだ。

一人として、死なせたくはない。
せめて皆に声を掛けてやりたいが、その時間は無い。
今の自分に出来ることは――いついかなる時も、
天文部部長であり続けることだ。

「これより、全軍出撃する。あの『天』の字を目指し、ひたすら駆け続けよ。
 丘に達した時、敵は必ず崩れ去るであろう。皆の力戦に期待する!」

「うぉー!」「部長陛下、ばんざ〜い」

意気軒昂に剣やなぎなたを掲げる少女達にうなずいて、美夜子へ指令を出す。

「総員戦闘用意。偃月の陣」

「は。 総員、戦闘用意! 偃月の陣を敷け!」


(将たる者は…か)

剣を抜いて掲げながら、もう一度、丘の上にゆらめく小さな旗を見る。
白い陽射しを受けて、その旗はゆるやかに揺れていた。

旗が、声を出さずに笑ったように見えた。

「われに続け! 全員…出撃!!」


                       (了)







はー、終わりました。
私にとって、部長陛下はこんな方です。ええ、こんな方ですとも。
怪しげな妄想にもとづいて好き勝手書いてしまいましたが…

難しかったです。ほんとにその一言。
真の部長陛下を描いてくださる方の登場を期待して、
筆をおかせていただきます。

                           Moone 拝


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