『出逢い 〜First Contact〜』
作:中原公彦

 すごい転校生がいるらしい。
 いつの世でも転校生というのは刺激的な存在であり、それはメタ女においても例外ではなく、昼休みの生徒たちのたわいない会話に色を添えていた。
 ビクセン事件が平和的解決を迎え、ついにメタ女に平和が訪れようかという頃。以前であれば転校生の情報、しかもその腕が立つとなれば、一刻も早いスカウト活動を行なうべく各倶楽部の諜報班がその存在意義を賭けて諜報戦を展開、逐一首脳に情報を入れており、正式発表であるホームルームにおける担任からの紹介時には、氏名、身長、体重、出身、家族構成、趣味、特技は言うに及ばず、お気に入りのコンビニアイス、所有するパソコンの機種やセ〇のハードの数までわかっているのが常であった。それ故に転校生の話題にもどこか殺伐とした雰囲気があり、ともすれば情報入手の速さを競う一種の代理戦争の様相を呈していたのだったが、平和路線を前面に打ち出してきた生物部が諜報活動を自粛したため天文部もこれに呼応し、以降この話題については普通の女子校と同じくのんびりとしたものとなっていた。

「でね、そりゃもうビックリするくらい運動神経バツグンやねんて」
「へぇー。そしたら今度のマーヴァ選手権、強敵出現やなぁ」
「なに言ってんの、それとこれとは話が別やわ。いくら運動神経が良くたってマーヴァはそれだけじゃ勝たれへんよ。経験と戦術がモノをいうスポーツなんやから。ポッと出の転校生にこなせるほど甘いもんやないって。なぁ、ことえりもそう思うやろ?」

 聞くともなしに聞いていた友人達の会話に平和の意味を感じていた自分に話がふられたことにちょっとだけ皮肉めいたものを感じながら、私は会話に加わった。

「そうやな、確かにその通りや。でもな、今年からルールがちょっと変わるやろ。タッパがある方が有利になるんちゃうかなぁ。それに経験っちゅう意味ならウチらより上の人はぎょうさんおるやろ。本部部室の卓美外務長官なんか大本命やで」
「あー、あの髪の長い人? あの人の試合ってどこから入ってくるんか隣の男子校の応援団がすごいよね。モテモテやんなぁ」
「その割には浮いた噂は聞かへんね。ひょっとしてアレかな。きゃーははは」

 普通の女子校のノリを存分に楽しんでいるのかのような笑い声を遮るように昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「あー、予鈴や。イヤやなぁ、ウチ次、社会なんよ」
「社会ってもしかして鬼頭?」
「そう、サイテーやろ。アイツ絶対ロリコンやで、目つきが怪しいもん。衣替えした後なんか視線がネチネチしてて、ホンット気持ち悪いわ」
「まぁまぁ、ちょっとの我慢や。それより今日は新しい戦闘フォーメーションの検討するから遅れんように来てな。先週渡した地形図も忘れんといて」
「はいはい。了解しました、副支部長殿。でも、あんまり任務任務いうてると、いつまでたっても彼氏できひんよ〜」
「なんやと、こら」
「ひっひっひ。じゃあ、後でね」

 小走りに教室に向かう友人達の姿が校舎の中に消えるのを見届けてから、午後の講義がなかった私は特にあてもなく歩き出した。柔らかな春の陽ざしに包まれ、時間が止まってしまったかのような錯覚と、吹くともなく吹いている風がわずかに前髪を揺らす感覚の間にいることがとても心地よい。その風の流れに乗るように歩いていると、いつの間にか川沿いの道に出ていた。両岸には桜並木と河川敷のグラウンドがあり、背格好からすると初等部であろう女の子達がグラウンドで歓声をあげながらボールを追いかけまわしていた。まだ遠慮がちな花びらの下を、この花を自らに例えるのはいくらなんでも感傷的に過ぎるだろうなどと考えながら近づいていくと、グラウンド脇のベンチには意外なことに先客がいた。

(あれ、この戦闘制服は…)

 ベンチにすわっている少女が身に着けていたのは確かに天文部の戦闘制服であった。少し意外だったが、ここは北東支部からも近いことだし、自分のように春の陽気に誘われたのであろう。遠目からでは誰だかわからなかったが、サボタージュを咎めるのは不粋というものだ。軽い親近感を覚えて声をかけようかと思ったところ、タッチラインを割ったボールがこちらに転がってきた。足元のボールを拾おうとスッとベンチから立ち上がったその少女の姿に私は言葉を失ってしまった。

(な、なんちゅう綺麗なコや…)

 スラリと伸びた脚はしなやかで躍動感にあふれ、その両脚が吸い込まれていく腰の位置は普通では考えられない高さにある。武骨な装甲具の上からでもその内部に息づく身体の柔らかさが感じられ、エキゾチックな顔立ちは大きな碧い瞳と煌くブロンドに彩られていた。
 そして持って生まれたものであろう華やかな存在感。いくら着飾っても決してまとうことのできないこのヴェールに、十代の少女特有の匂い立つような生命の昂ぶりを包んだその姿が光り輝いて見えたのは、春の太陽のせいだけではないはずだった。正直に言おう。私はこの時、自分の頬が赤くなり、鼓動が早くなるのを抑えることができなかった。一種の性的興奮にあったといっていいだろう。

「すみませぇ〜ん、ボール取ってくださぁ〜い!」
「ヨッシャ、イクデェー!」

 簡単に蹴り返すのかと思いきや、その少女は甲高い声、しかも強烈な大阪弁で叫び声をあげて待ってましたとばかりに走り出した。猛然とドリブルで斬り込み、きゃーきゃー言いながら向かってくる自分の半分くらいの身長しかない初等部の女の子たちを鮮やかにかわしていく。圧倒的にレベルが違う。目の前の初等部の子たちとではない。その少女のボールさばきや身体のバランスがひとつのメロディーを奏でているようで、一流のアスリートに共通する美しさをみせていたのだった。しかし当の本人はレベルの差などまったく気にしていないようで、実に活き活きと心の底から楽しんでいるように見えた。これは本物や。思わず口をついて出た言葉に、同意する気配が背後から感じられた。びっくりして振りかえると、そこにはいつからいたのか、身をかがめグラウンドの様子をうかがう者がいた。それも一人ではなく複数だ。

「あ、あんたら何者や?」

 背後をとられていたことに気づかなかった自分を恥じながら問いかけると、思いのほか穏やかな調子で返事が返ってきた。

「心配ご無用。琴 絵里香天文部北東支部副支部長殿。あなたの命を狙うものではありません。私はサッカー部の鞍馬と申します」
「同じくフットサル愛好会の赤坂です」
「私はレスリング同好会の馬場です」
「コーヒー研究会の上島です」
「自分は自動車部の中村であります」
「私は……」
「ここで何をやっとんの?」

 とりあえず身の危険がないことに一安心し、ぞろぞろと出てくる自己紹介の列を遮るように再度問いかけると、全員が訴えるような涙目で声を揃えた。

「あの、あの逸材を是が非でも我が倶楽部にぃ〜!」
「逸材ってあのコか?」

 グラウンドに目を戻すと、相変わらず楽しそうに駆けまわる少女とそれを取り囲む女の子達の姿がある。確かにその動きは秀逸ではある。

「ウチの戦闘制服着とるやないの」
「そうなんです。昨日まではどこの倶楽部にも入っていないとのことでしたが…」
「なんだかんだいうてもやっぱり大手は情報が早いんだなぁ……ハァ……」
「え? あのコ、ウチの新入部員か?」
「あ、ご存知ないのですか。あの転校生は…あっ!」

 身を乗り出して聞こうと思ったそのとき、耳をつんざくような悲鳴が聞こえ、話は中断した。グラウンドを振りかえると、初等部の女の子が一人、膝を抱えてうずくまっている。

「どないしたんや?」
「初等部の子らが無茶なタックルを仕掛けたんです。うまくかわしたんですが…」

 サッカー部員の説明によると、なかなかボールを奪えないことに業を煮やした初等部の女の子達が前後左右から四人同時にタックルを仕掛けたらしい。しかしその渾身のタックルも鮮やかにかわされ、勢いあまった一人が味方と激突したとのことだった。

「あの四方からのタックルは四神挟殺という技で、かなりの訓練がいるんです。あの子らも結構やるなぁ。しかしあれをかわすとは、ますますもって…」
「その話はあとや。まずはケガ人を助けな」

 ケガをした女の子の横で少女がうろたえていた。近づく私に気がつくと、すがるような目をこちらに向ける。

「あ、旅のお方。近くに病院ないやろか? アー、どないしよう。ウチが調子に乗ってもうたから。痛いやろ。ゴメンナ、ゴメンナ」
「病院はちょっと遠いけど、北東支部が近くにあるさかい、そこで救護班に診てもろたらええわ。ウチが案内したる。行こ」
「ホンマ? 愛してるワ、かしこかしこ。さ、もう大丈夫ヤデ。ウチがおんぶしたるワ」

 誰が旅のお方やねん、というツッコミを胸にしまい込み、私達は北東支部へ向かった。初等部の女の子は泣き出したいのであろうが、唇をかみしめて懸命にこらえている。このくらいの気構えがなければ初等部といえどもメタ女で生きていくことはできないのであろう。けれど、今はケガをした只の小さな女の子だ。この子達が心のままに泣いたり笑ったりできる真に平和なメタ女を手に入れるために、私達にはやらねばならないことがあるのだ。

「救護班、ケガ人がおるんや。部外者やけどちょっと診たってや」
「はい、ではこちらにどうぞ」

支部に到着するとすぐに救護室に向かった。ここのところ戦闘らしい戦闘はなかったが、備えあれば憂いなし、救護班は実に手際良く女の子の手当てを終えた。手当てをしている間ずっと、心配そうに見ていた少女だったが、女の子のケガが大したことがないと知らされると、ようやく蒼ざめていた表情にわずかに色が戻った。

「おねえさん、迷惑かけてごめんなさい。おんぶしてくれてありがとう」
「ナニ言ってるんや。悪いのはウチや。痛かったヤロ、堪忍ナ。
 さ、帰ろう。またおんぶしていくさかい」
「もう大丈夫です。自分で歩けます。それに…」

 女の子が窓の外に目をやると、そこには一緒にサッカーをしていたと思われる初等部の女の子が三人、遠くからこちらを見ているのが見えた。心配で後を追いかけてきたのだが、中に入れず戸惑っている様子だった。

「友達が迎えに来てくれてるから、大丈夫です」
「そうか…。ホナ、門のところまで送るワ」

 門のところで待っていた友達と一緒にペコリと愛らしく頭を下げ、手を振りながら帰っていく女の子を見送りながら、少女の瞳が潤んでいることに私は気づいてしまった。さみしげな表情でぼんやりと遠くを眺めている姿からは、グラウンドでの輝きはみられない。やや大きめの戦闘制服からのぞく肩は、しょんぼりとしているせいもあり、やけに細く感じられ、同時にその腕がひどく華奢なことに気づかされた。

(そうか、このコ、転校生や言うてたな。まだ友達もおらんのやろ。さみしいんやな)

そういえばベンチに座ってグラウンドを眺めている姿も、今思えばどこかさみしげだった。どういう経緯で天文部に入ったのかはわからないけれど、せめてここにいる間くらいは楽しく過ごして欲しい。いつ戦闘が始まるか、そしてひとたび戦闘が始まればいつ命を落とすことになるかわからないけれど、華やかな笑顔を取り戻して欲しい。いつのまにか影をさすほどになった夕日に照らされ、それでも美しい少女の横顔を見ながら、そんな事を考えていると、また背後から声をかけられた。

「ことえり、こんなところにいたのか。少し探したぞ」
「あ、よしみ様。申し訳ございません、お呼びでしたか」
「よいよい。一緒にいるとは思わなかったのでな。ははは、さすがだな、情報が早い。まだ辞令を出していないというのに、既に支部内を案内しているとは」
「え? それはどういう…」
「まあ、今さら必要ないかもしれんが、こういうことはきちんとしておかんとな。これが我が北東支部の副支部長を務める琴 絵里香大佐、最も信頼のおける私の右腕ともいうべき存在だ。直属の上官ということになるから、仲良くやってくれ」
「そしてこれが、ブラジル駅前校からの交換留学生の…」

 少女はこちらを振りかえった。
 その瞳はやはり真っ直ぐで、あらためて見つめられると思わず照れてしまうほどであった。刹那、華が咲いた、ような気がした。ついさっきまで憂いに満ちていた瞳と本当に同じ持ち主かと見紛うばかりの輝きとともに、少女はこちらを振りかえった。あ、アカンわ。この瞳には絶対かなわへん。ウチずっとこの瞳に振りまわされてまうんやわ。どないしよ…。軽い眩暈を感じながらも、私はなんだか嬉しかった。とてもとても嬉しかった。

「リサリサ=グレイシー=木村です。今後ともよろしゅうお願いします!」

(了)


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