近年マスメディアのタブーとされてきた感のある「慰安婦問題」。今回の事件も国内の主要メディアや写真家たちの反応は薄かった。その背景に何があるのか。綿井健陽 (映像ジャーナリスト/日本ビジュアル・ジャーナリスト協会共同代表)
日本に駐在する外国メディアに向けて会見する安世鴻氏 (2012年6月28日 東京・外国特派員協会で/撮影:綿井健陽) |
思い返せば、2008年の映画『靖国』の上映中止騒動は、当時の国会議員による試写要求や映画主人公への出演拒否の説得など、あからさまな政治介入が発端だった。同じく2010年の映画『ザ・コーヴ』の場合は、右派団体「主権回復を目指す会」のメンバーによる、配給会社と映画館への上映中止を迫る執拗な脅迫と街宣活動だった。
映画『靖国』上映中止騒動が起きた時、「ちょっとでも危ない匂いを感じたら、すぐふたをするような感じがあります」と同映画の配給宣伝担当者が話していた(月刊「論座」2008年6月号、朝日新聞社)。当時、最初に上映中止を決めた映画館は、結局「自粛」によるものだった。映画館の直接の支配人ではなく、親会社やオーナーが「他のお客様にご迷惑をかける恐れ」「警備の都合上」などの理由で、いとも簡単に中止を決めた。一方、早々と上映中止を決めた映画館があったものの、自ら上映に名乗りをあげた勇敢な映画館も連鎖的に出てきた。
そうした「代替」ばかりに頼っていたら、また同じことの繰り返しになる。ニコンサロンの「代替」写真展会場を最初から探すのではなく、まずニコンの中止発表を撤回させ、ニコンサロンでの写真展を実現させて、多くの人がその写真を観る機会を保障する。そうやって、「自粛の連鎖」をまず食い止めることが最優先だと考えていた。
写真を見ようとする人たちへの機会や場所を、写真機器メーカーが自ら葬ろうとしているのだから、この写真展に対する「抗議」「圧力」を止めさせるというよりも、ニコン側の説明や対応をあらためさせなければならなかった。
東京地裁が出した仮処分(施設使用)決定全文と、その後2度にわたるニコン側の異議申し立て却下の決定全文を読む限り、ニコン側の主張は全面的に否定されていた。
だが、結局ニコン側は最後まで強硬な拒否姿勢を貫き、裁判所による施設使用命令という法的決定に渋々従うという形で写真展は、「仮に」開催された。ニコンが「何のために、誰のために」争っているのかもわからないまま、新宿ニコンサロンでの写真展は終了した。
◆沈黙する「ニコンムラ」
しかし、ニコンの会社幹部・ニコンサロンスタッフ・弁護士など、「ニコン側の人たち」の不可解な説明や不誠実な対応は、本当に彼らニコン特有のものだったのだろうか?
この問題に「沈黙」をした、強いられた人たち、「面倒なことに巻き込まれたくない」と思っていた日本人の"代表者"と見るべきなのではないか、という気もしている(ニコンの対応や説明を免罪するためにこれを言っているのではないことを強調しておく)。
写真表現に携わっている者としてニコンの対応は絶対に看過できないと、JVJA(日本ビジュアル・ジャーナリスト協会)会員の森住卓や元共同通信カメラマンの新藤健一らは、この問題を知った当初から抗議を続け、周りの写真家にも対応を呼びかけた。だが、それらへの反応は薄く、むしろ写真表現に携わっているから逆にニコンに対しては言いにくいという人が予想以上に多数いることを知った。
ニコンサロンは写真家たちにとっては権威あるギャラリーであり、いわば発表媒体の一つである。ニコンから後援や協賛を受けて、様々な写真家が関わる企画展示も開かれてきた。写真業界というよりも、写真家とニコンの関係性は歴史的にも金銭的に も深い。ベテランの報道写真家やフォトジャーナリストの間でも、新宿ニコンサロン中止問題に対して「沈黙」を貫いた人たちは少なからずいた。
特に、社団法人「日本写真家協会」(田沼武能会長)に対しては、森住や新藤らも同協会理事らにニコンサロン中止問題の対応を何度か迫ったが、同協会としては「対応しない」「ノーコメント」という結論にいたったという。
本来ならば、同協会がニコン側と安世鴻の間に入って仲裁・解決に向けて動くべき問題だった。ある写真家が写真機器メーカーから被っている表現の妨害・被害を、写真家団体が何も対応しないのでは、"不作為犯"としか言いようがない。
こうしたニコンと日本の写真家たちとの関係性を見ていると、「原子力ムラ」のような電力業界とマスメディアとの関係性に近い、「ニコンムラ」が写真界に形成されていることに驚きを禁じ得ない。
しかし、そうしたニコンとの関係性とは別に、「慰安婦問題が絡んでいるので、それには関わりたくない」「面倒なことに巻き込まれたくない」という人たちは潜在的にはもっとたくさんいるだろう。恐らくこの層が最も多数派だ。
新宿ニコンサロンでの写真展中止が発表された直後、海外メディアはCNNなどが真っ先に取材・放送した。英国の写真家たちもニコンに抗議する署名活動を独自に始めた。海外メディアのその反応に比べて、日本のマスメディアでは、朝日新聞が継続的に取材・報道した他は、極めて小さな扱いか、何も報じなかった。(敬称略)
(続く)
◆写真家・安世鴻氏 写真展とインタビュー(動画・6分)大阪
◆写真家・安世鴻氏 写真展と記者会見 ニコンへの抗議文書手渡し(フル動画・58分)大阪
~この記事は、2012年9月に発売された『検証・ニコン慰安婦写真展中止事件』(産学社 / 新藤健一・責任編集)からの転載です。
【関連リンク】
http://sangakusha.jp/ISBN978-4-7825-3347-5.html
http://www1.odn.ne.jp/watai/Nikonsalon-kougi20121005.pdf
http://juju-project.net/nikonsosho/