社説:白川総裁辞任へ “重し”とともに失うもの
毎日新聞 2013年02月07日 02時30分
何とも皮肉な現象である。日銀の白川方明(まさあき)総裁が任期満了より約3週間早く辞任する意向を表明したところ、一段と円安が進み、日経平均株価が400円以上値上がりした。
すべてが総裁辞任のお陰ではないにせよ、白川氏の“重し”が早めに外れることで、安倍政権が推進する大胆な金融緩和が一気に勢いを増すとの予測が強まったようである。金融緩和でさらに円安となれば輸出企業の利益が膨らむ。それを期待して株価が値上がりすること自体を否定するつもりはない。だが、政治による金融政策の支配が強まり、通貨が一方的に売られて価値を下げていくことを、果たして喜んでよいものなのかと問いたい。一時的な熱狂の陰で大事なものを失おうとしていないか、冷静に見つめる必要がある。
ねじれ国会の下で同意人事が難航し、混乱の末に就任して以来、白川総裁は政治の風圧にさらされ続けた。だがそんな中でも、デフレの複合的な要因やバブルと金融政策の関係などについて、わかりやすいことばで国内外に発信を続けた。
長期的な人口減少の影響や財政再建が遅れる危険性、構造改革の必要性など、中央銀行の専任領域を超えて、問題提起や時に警告も行った。これ以上金融緩和に頼っても、本当の問題が解決しないばかりか、必要な改革を遅らせたりバブルを生んだりと弊害を招く−−。訴えたかったのはそういうことだったのだろう。
リーマン・ショック後の経済の混乱と国内政治の混乱の中で、正論を唱える中央銀行総裁に恵まれたことはある意味で幸運だった。だが、強まる一方の政治の圧力に押され、譲歩する形で結果的に主張と反する追加緩和を重ねざるを得なかった。
白川総裁からすれば、緩和努力を見せることで、政治の介入に歯止めをかける狙いがあったかもしれない。だが、譲歩を続けた結末が、「物価上昇目標2%」の導入だと言われても仕方ないだろう。さらに「政治圧力がかかれば最後は折れる日銀」といった印象を国内外に与え、将来、もっと介入を招く土台を築いてしまった。単独で抗しきれる流れではなかったかもしれないが、自己の信念に正直で頑固な、もっと重たい重し役を果たしてもらいたかった。
白川氏の辞任表明を受け、副総裁候補と合わせた後任人事が加速しよう。だが、これで金融政策を思うように動かせると考えてもらっては困る。安倍政権が日銀に緩和圧力をかけていることには、すでに海外からも懸念の声が上がっている。「政府の言うことをよくきく」と受け取られる人物を選ぶことが、果たして日本の国益にかなうだろうか。安倍政権は静かに考えてみるべきだ。