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銭形警部の犯罪捜査入門・第二回
なんだ、またあんたか。 そんな事聞いて、どうするつもりだ?言っておくが、捜査の手法や種類はそう簡単に明かす訳にはいかん。そう気軽に教えられるもんでもねえからな。 何、世間一般に知られた範囲で構わない、だと? ・・・・・・ふむ。 ・・・・・・・・・それじゃ、今日の所は事件発生から逮捕、起訴までに至る基本的な捜査の種類と、その流れについて話してやろう。
<初動捜査> 事件が発生した時、我々警察にとって何より大切なのは一刻も早く現場へ向かうことだ。1に現場、2に現場。3、4がなくて5に現場。それぐらい事件発生直後の初動捜査は重要だ。一番理想的なのは、事件発生後2〜3時間で犯人を洗い出し、5〜6時間で身柄確保、犯人逮捕というパターンだな。それを逃すと捜査が長引く場合が多いからな。 まあ俺の経験から言えば・・・・ま、つまり東京都の場合、という事だが・・・・初動捜査で犯人逮捕に結びつかなかった場合、事件の種類にもよるが、所轄の連中だけで捜査するのは難しいと判断された場合、警視庁捜査一課に出動要請が出る。これが地方だと県警捜査一課になる。上層部が「これは捜査一課が出るべきだ」と判断したら、「特別捜査本部」が立つ。捜査本部詰めになるのは警視庁捜査一課の連中と、所轄の凶悪事件担当の刑事連中だ。この捜査本部が立ってから大体3週間までを「第一期」と言ってな、この時期に犯人逮捕せんと事件の長期化は確実だ。「鉄は熱いうちに打て」と言うだろう? 警視庁捜査一課の連中は慣れたもんだが、それでも事件が長期化すれば疲れも出てくる。捜査に当たる刑事には労働基準法が適用されんから、働き過ぎだの何だのという理屈は通じやしない。洗濯物は宅配便で家に送り、食事は全部出前だのコンビニ弁当。こんな生活が、捜査本部が実質解散するまで続くんだ。前回の講義で俺が言ったろう?「警視庁捜査一課は生半可な覚悟じゃやっとれん」とな。 事実、殉職した警官、特に捜査員の死亡理由で最も多いのが過労死という笑えん報告が上がっておる。殺人犯と差し違えて死んだなんてのは、ありゃドラマの中だけだ。かくいう俺も、くたくたに疲れた時なぞ『ルパンを逮捕する前に、過労でくたばっちまうんじゃないか』って思う時がたまにある。たまに、だがな。 まあ我々捜査員も人間だからな、そんな生活が続くのは勘弁してほしいってのが本音だ。事件は長期化すればするほど解決が難しくなるし、もっとぶっちゃけて言っちまえば金がかかる。早いウチに犯人を逮捕しちまえば経済的にも安上がりで済み、世間に「税金の無駄遣い」などといらん批判をされんで済む。上層部のエリート連中の中には「初期逮捕は警察の機動力と優秀性を誇示出来る」などとくだらん事を考えてる馬鹿もいるがな。まあ、だから事件発生直後の捜査、つまり初動捜査は大変重要なんだ。 現場に到着した警察官は、まず現場到着の報告を本部にする。この時、時間も確認しなきゃならん。被害者がおったら、当然被害者の保護が最優先だ。目撃者の事情聴取はもちろん、被害者が喋れるようなら被害者にも簡単な事情聴取をしなきゃならん。平の制服警官は持っとらんが、我々刑事、特に初動捜査に駆けつける機動捜査隊の連中はテープレコーダーの携帯が義務づけられているからな。そのテープレコーダーに事情聴取の内容を録音するという訳だ。 何、機動捜査隊って何だ、だと? あんたもドラマなんかで見たことあるだろう。事件が起きた時、覆面パトカーに乗って現場に駆けつける私服刑事の連中が機動捜査隊だ。奴らは初動捜査を専門にしている連中だ。ドラマじゃ格好良いイメージが強いだろうが、実際は時間との勝負だ。所轄との縄張り争いもたまに聞くな。 どういう事だって? 機動捜査隊、略して機捜の連中は確かに初動捜査専門の連中だが、連中よりもっと早く現場に到着するのは土地カンのある所轄の連中だ。所轄の連中が行うのはまず現場状況、被害状況、犯人に関する情報の報告だ。その後でロープを張ったり、三角コーンを立てたりして現場保存を行う。この現場保存ってのがなかなかクセ者でな、屋内なら問題はないが、屋外だとちっと面倒になる。強風や雨で証拠が流れたり、中には「事件遭遇記念!」などとフザケた事を言って証拠を持ち去る馬鹿な野次馬もいる。もちろんその野次馬の中に犯人が混じってる可能性も充分にあるからな。だから屋外での事件だと、ビデオやカメラが必要になる場合がある。 もちろん目撃者の事情聴取なんかもする訳だが、この時にどっちが先に事情聴取をするかで、機捜と所轄の間で揉めることがたまにある。まあ普通は機捜の連中が来るのを待って事情聴取をするし、所轄の連中はさっきも言ったように現場保存に忙しいから滅多にないがな。 機捜の連中の仕事は、事件の形がある程度見えてきたところで終了だ。その後は然るべき担当部署に捜査を引き継ぐ事になる。まあ機捜の連中が出張ってくるのは大抵、放火・強盗・殺人などの凶悪事件絡みだから、引き継ぐ担当部署も大体は捜査一課という事が多い。もちろん凶悪事件でなくとも、現場を平の警官だけに任せたりはせず、機捜並みの速さで幹部が到着する。初動捜査はまさに、時間との闘いだ。
<継続捜査> 上の<初動捜査>の項でも触れたが、凶悪事件が発生し、初動捜査で犯人逮捕に結びつかんかった場合は捜査本部が立つ、という事は分かったな? その捜査本部だが、いつまでも設置しっぱなしという訳にもいかん。時期が来たら解散する。捜査本部が解散するのはまず犯人が捕まった時、それから地方で犯人が捕まった時。凶悪事件を起こした犯人は、逮捕を恐れて地方へ逃亡する奴もいるからな。そういう逃亡犯が、逃亡先で御用となった場合だな。それから、所轄の連中だけで捜査遂行出来ると判断された場合や、捜査本部を設置する意味がなくなった時。この4つだ。 本来なら、「犯人逮捕→捜査本部解散」というのが一番理想的なパターンだ。だが、事件が未解決のまま捜査本部が解散しちまったら、当然その後は捜査を引き継ぐ所轄の連中がいる。そういう、引き継がれた捜査の事を「継続捜査」と呼んでいる。 大体、捜査本部が設置されるのは3ヶ月から6ヶ月。理由はまあ色々あるが、普通はそれまでに何らかの手がかりが掴めるという事もある。そうなったら後は所轄の連中だけでも大丈夫だろう、というのが比較的多いな。大体、警視庁捜査一課は他にも凶悪事件を山ほど抱えとるんだ。一つの事件に何時までも捜査員を裂くわけにもいかんのだ。ところが事件が思ったより長引いた場合、捜査一課としても「俺達は忙しいから後は所轄でやってくれ」と言うワケにもいかん。だから、そういう時のためにちゃんと継続捜査専門のグループが存在する。 さっきも言ったと思うが、事件解決は長期化すればするほど犯人逮捕が難しくなる。事件の目撃者だって、そういつまでも細かいことを覚えとる訳じゃないし、仮に目撃者が老人だった場合、あまり長期化するとその間にくたばっちまう可能性だってある。目撃者がいればいい方で、例えば山奥で白骨死体が見付かったなんて場合、目撃者探し以前に身元確認が一苦労だ。あっと驚くようなどんでん返しなぞある訳もねえから、地道に捜査を続けて気が付いたら、事件発生から5年、10年経っちまってた、なんて事も珍しくない。試しに警察のホームページでも覗いて見ろ、「平成元年に発見された男性の焼死体の身元確認にご協力下さい」だの、「平成2年に起きた殺人事件の犯人の指名手配写真」だの、そんなモンがごろごろ出てくるはずだ。 つまり、事件発生から15年、16年経っても未だに犯人逮捕どころか、仏の身元確認すら出来やしねえ。こういうのを、まぁあんたも知ってると思うが「みや入り」、つまり「迷宮入り」と言ってる。 警視庁捜査一課じゃ、第2強行犯捜査2係が継続捜査や迷宮入り事件を担当しとる。今まで捜査に関わった事のない人間を当てることで、捜査を一旦白紙の状態に戻して捜査を継続すると、こういう訳だ。以前、ドラマにもなったから覚えてる奴は覚えてるだろう? 捜査一課に未解決事件、迷宮入り事件の専従捜査員を置いて捜査に当たらせるこのやり方は、アメリカ連邦捜査局(FBI)のやり方を真似たものでな。当時は「FBI方式」などと呼ばれとった。このやり方を導入したのは昭和38年の「吉展ちゃん誘拐殺人事件」がキッカケだが、まぁここら辺はどうでもいいだろう。興味のある奴は自分で調べて見ろ。有名な事件だから、検索サイトで検索すれば事件の概要なぞすぐに分かるはずだ。
<任意捜査> さて、と。 ちっと話がずれるが、刑事訴訟法という法律があるのを知っとるか? 「説明されんでも知っとる」という諸君は寝ていて結構。だが、聞いたこともない、聞いたことはあるけど何だかよく解んねえって言う諸君はちょっと聞いてもらいたい。興味ないって奴は・・・好きにしろ。 刑事訴訟法というのは、我々警察の捜査による真実発見要請と、捜査の過程での人権保障要請を調和させた手続法の事だ。 あ?何言ってるか分かんねえ?日本語使え、だと?馬鹿モン! ・・・・まあつまりだな、犯罪捜査ってのは犯罪と社会、この相容れない二つの争いが一番はっきり出るもんなんだ。だから捜査を進めていくに従って、ある程度の強制力が出るのはやむを得ん。おまけに、聞き込みにしろ尾行にしろ、犯罪捜査が個人のプライバシーに深く関わってくるのも仕方のない事だ。時にはあまり他人に知られたくないようなプライベートな事実まで、犯罪捜査は暴き出してしまう。犯人のプライバシーだけじゃなく、今まで犯人に何らかの関わりがあった無関係な市民のプライベートまで明らかになっちまう。 それだけじゃないぞ。一旦怪しいと目を付けられたら、露骨ではないにしろ根掘り葉掘り、色々と警察に調べられる。こっちだって好きでやってるワケじゃないから、取りあえずは「すみませんな」などと謝っておくんだが、中には「市民が警察に協力するのは当然」というツラをしてる馬鹿もいるからな。それでホンボシ(=真犯人)ならいいが、そうでなかったらエライ事になる。 もしあんたがそんな立場に立たされたらどう思う?まったく身に覚えのない事件でしつこく付きまとわれて、おかげで学校だの仕事だの休むハメに陥ったり。下手すりゃ仕事が出来なくなったとか、大事な試験を受けられなかったなんて事になったら、あんたの怒りは「腹が立つ」の一言じゃ収まらんだろう? こういう場合、疑われた市民の人権を保証するのと、こうした捜査の必要性をどういう風に折り合いつけるか、それが問題になってくるんだ。いくら必要な捜査だからって、それをいいことに無茶苦茶やってたんじゃ大問題だ。憲法持ち出してまでしつこく言ってくる連中もいるし、何より人権侵害で訴えられでもしたら、上から大目玉だ。マスコミも嗅ぎつけるだろうし、警察機構全体の信頼を損なう事にもなりかねん。そうした事を防ぐために、刑事訴訟法というものが存在するんだ。 じゃあ、人権侵害で訴えられんようにするにゃ、どういう風に捜査をしたらいいと思う?捜査しねえってのは無しだ。捜査なしじゃ犯人逮捕にたどり着けん。ある程度個人のプライバシーに干渉するのも仕方のない事だ。さて、どうしたらいい? 察しのいいあんたはもう分かってると思うが、正解は相手の同意・受諾を得て捜査を行えばいい、という事だ。そいつを任意捜査といって、犯罪捜査の大原則になってる捜査方法だ。 任意捜査の分かりやすい例が事情聴取とか、職務質問だな。例えば酔っ払って真夜中に住宅街をフラフラ歩いていたら、たまたま出くわしたパトロール中の警官がそれを不審に思って声を掛けた、などという類だ。別に強制じゃないから答える義務も必要もない。嫌なら無視してくれて構わんし、こっちもそれを咎める事も出来んからな。 それから、運転免許を持ってて日頃車を運転してる奴なら一度は出くわした事があると思うが、検問も任意捜査の一つだ。知らん奴が見たら警察が強制的に車を停めてるように見えるが、こっちはあくまでも「止まってください」とお願いしてるだけに過ぎん。だから応じなかったら違法という事はないし、例え検問をぶっちぎってそれでパトカーに追い掛けられたとしても、検問はあくまでも任意捜査の一つだから、強制的に車を停める事は出来ん。ただ、それで痛くもない腹を探られたり、下手すりゃ「公務執行妨害」だの何だのと言われる可能性は、充分ある。試してみたかったら別に止めやしねぇが、かなり面倒くさい事になることだけは覚悟しておけよ? 基本的に、捜査令状を持っていない捜査はすべて「任意捜査」だ。あくまでも任意だから強制は出来んが、警察官だって人の子だ。おまけに最近は阿呆な連中が多いからな、応じなけりゃ暴言を吐いたり、酷いのになると脅してくる馬鹿もいる。 そういう時、どうしたらいいか教えてやろうか。何、簡単な事だ。そういう阿呆な警官に、「お宅の警察手帳を見せてください」と一言言えばいいのさ。それで何かあった時には監察官に上申書を出してやれ。監察官は警官の不祥事を取り締まる連中だ。署内で大目玉を食らうだけならまだしも、話が監察官にまで行っちまうと大問題だ。マスコミも嗅ぎつけるし、時にはトップが直々に会見を開いて頭を下げなきゃならなくなる。そうなると大目玉どころの騒ぎじゃなくなるから、大抵はそれで大人しくなるはずだ。だが、最近は怖いもの知らずの連中も増えてきとるからな。100%の保証は出来んが、一度試してみろ。泣き寝入りするよりマシなはずだ。
<強制捜査> さっきも説明したが、任意捜査が犯罪捜査の大原則になっていることは分かったな? 疑われた市民の人権保障は大切だ。だから無理強いは出来ん。例えそれがホンボシでも、任意捜査の原則に基づいて下手に出なきゃならん。 それじゃ、そのホンボシがどうしようもねえ悪だったらどうする? ネタ(=証拠)は上がっている。アリバイも崩れている。だが奴はこっちが下手に出てるのをいいことに、のらりくらりと逃げてばかり。それじゃ、ちっとも埒が明かんだろう? そういう時に使えるのが、今から説明する強制捜査だ。 強制捜査って言葉は聞いたことあるだろう?詳しくは知らんが大体何のことだか分かるって奴も多いだろう。強制捜査は文字通り、相手の意志を無視して強制的に捜査する方法だ。警察サイドの、いわば奥の手と言ってもいい。 だがこの方法は、リスクも高いのが難点でな。相手の意志はもちろん、財産や住所、本人をも無理矢理に拘束するようなやり方なぞ、ホンボシならともかく誤認だったら大変な事になる。だから、強制捜査は動かしようもねえ確固たる証拠が上がっていて、なおかつ裁判所が発行する捜査令状がねえと強制捜査にゃ乗り込めないのさ。 強制捜査に踏み切った例としては、去年だか一昨年だかの歌舞伎町ビル火災。あのビルのオーナーも強制捜査によって逮捕された。あれはずさんな管理態勢に刑事責任を取らせようってのが目的だから、捜査令状や逮捕状が取りやすかった。それから、一番最近じゃ7月11日の参院選。新聞やネットでニュースチェックしてる奴は知ってると思うが、公職選挙法違反で選挙事務所や後援会事務所、全国で合わせて100件の強制捜査に乗り出した。あんたがこれを読んでる今も、全国のどこだかで強制捜査が行われているかもしれん。大体選挙後ってのは公選法違反で強制捜査ってパターンが多いもんだからな。この前の参院選じゃ200件だったと聞いている。ありゃあ、いつだったかな?他にも三菱のリコール隠しや国松元警察庁長官を狙撃したオウム幹部、あれも強制捜査が入ったはずだ。 まあそれはいいとして、強制捜査の分かりやすい例が家宅捜索だな。ニュースを見てるとたまにやるだろう?家宅捜索に入った捜査員が、大量の段ボール箱を抱えて出てくる、あれだ。あれは差し押さえと言って、強制捜査の一つだ。まあ早い話が証拠押収だな。 話はちっとずれるが、この証拠押収、押収した書類はもちろんガラスの破片や髪の毛一本に至るまで、全部リストにして犯人を送検するときに送致しなきゃならん。二穴パンチで穴あけて、黒紐で括って送るんだが、事件に寄っちゃこいつが数センチ級の分厚さになる時がある。おまけに証拠品の数次第じゃ、犯人を送検する前に検察へ送らなきゃならん。これがまた本当に面倒でな。まぁこれをいちいち調べているのは俺達捜査員じゃなく検察なんだが、証拠を送致するコッチだって相当面倒くさい。何しろ押収物全部に鑑定書が必要で、おまけにその鑑定書に関する資料もくっつけて送致せにゃならんのだ。ついでに証拠をリストにするときもかなり面倒でな、具体的な名称から押収した場所、押収方法、数、色、おまけに材質まで書く決まりになっている。例えば赤いファイルがあるとするだろう?そうしたらリストに書くのは『ファイル、赤』じゃなくて『赤表紙、紙製、金属部品、加除可能、一綴り』とまぁ、こんな具合だ。 さて、話を元に戻そうか。 強制捜査だが、犯人や証拠を探す捜索、現場の状況を調べる検証、それに逮捕や勾留も強制捜査だ。逮捕に関して更に言えば、逮捕状を持ってる通常逮捕と、目の前に指名手配犯がいるのに令状を持ってないって場合などに行う緊急逮捕、それから言わずと知れた現行犯逮捕の三種類があるんだが、このどれもが強制捜査の区分に入る。ルパンの場合は、ほとんどが緊急逮捕だな。運が良けりゃ現行犯でお縄にしたりも出来るんだが、奴が現行犯で捕まるなんざ滅多にねぇからな。逮捕状?そんなモン、まだるっこしくて取ってられん。第一、犯罪回数が多すぎるからな。3331枚もの逮捕状をいちいち持ち歩くのなんざ、俺はごめんだ。 ああ、それから犯人が武器を持ってないかどうか調べる身体検査、あれも強制捜査の一つだ。身体検査に関しては、交通死亡事故を起こしたドライバーやヤク中の被疑者がアルコールや覚醒剤を使用していないかどうか、強制的に検査する強制採血や強制採尿という手段がある。人格の尊厳がどうのこうのという学者もいるが、この手の捜査に関しちゃ他に有効な手だてがないからやむを得ん。代案があるなら言って見ろってんだ、まったく。 ちなみに、今言った捜索や差し押さえ、検証、逮捕、勾留、身体検査、この全部に令状が要る。捜索や差し押さえは捜索差押許可状、検証は検証許可状、身体検査は身体検査令状といった具合に、いちいち裁判所が発行した令状が要るんだ。どうだ、面倒くせえって思ったヤツが大半じゃねえのか? 現場の状況を調べると言えば、似たような仕事で実況見分ってのがある。どっちもやるこたァ大して変わらねえんだが、実況見分ってのは任意捜査だからな、相手の同意がないと出来ん。それに対して検証ってのは、相手が同意しようがしまいが関係ねえ。だから強制捜査であり、令状が要るんだ。分かったか? ああ、それからな。 ちっと間違いやすい、よく似た言葉があるから説明しておく。 まず捜査と捜索。捜査は犯人を発見し、証拠を集める事だ。それに対して捜索ってのは、犯人と証拠を探す事を言う。 それから、勾留と拘留。どっちも読み方は「こうりゅう」なんだが、意味が違う。勾留ってのは裁判を受けるために犯人・・・まあこの段階だと被告人や被疑者だな・・・・を一定場所に留置する処分の事だ。ところが拘留は裁判で言い渡される刑罰の一つで、30日未満の身柄拘束を指す。 それから、留置場と拘置所、刑務所も一緒くたにしがちだ。留置場・・・本当は代用監獄って言うんだが、あれは警察署に設置された施設で、本来は逮捕中の犯人を拘束しておく場所だ。だが拘置所ってのは『勾留』されている被疑者を拘束しておく場所だ。それで正式に判決の下った被疑者・・・ここまで来ると受刑者だな・・・が行くところが刑務所だ。いいか、『勾留』だからな。拘留じゃねえぞ、間違えるなよ。
<補充捜査> ちっと聞き慣れん捜査の名称だが、これもれっきとした捜査の一つだ。 通常、犯罪捜査というものは事件発生から犯人逮捕、被疑者送検、地裁送致という順を経て完了する。ところが、刑事事件と言うモノはそれで終わらねえ場合がよくある。ホシを逮捕して地裁に送致して終わった、その段階で事件のすべてに片が付くかと思いきや、そこから色んな発展をしていく時がある。何て言うか、こう流動的な要素が多いんだな。 例えばだな、ある殺人事件が起きて犯人を逮捕したとしよう。逮捕された犯人はその時点で被疑者となって地裁に送致される。ところがその後で共犯者が出てきたとか、それまで行方の知れなかった重要参考人の居場所が分かったとか、あるいは被疑者の主張がころっと変わったとか、はたまた証拠が足りねえとか、そんな場合がある。そうなるとこっちも無視出来ねえだろう?ところが捜査を一からし直すほどのもんでもない。そういう時に行うのが、この補充捜査だ。 補充捜査は、被疑者を裁判所に送致した後に行う捜査だ。従って、補充捜査を行うのはさっきも言ったように捜査完了後に新たな証拠だの参考人だのが出てきた場合だとか、検察官から依頼があった場合とか、あとは被害者から特に申し出があった場合だな。たまに加害者側から申し出がある場合もあるが、加害者については弁護側が調べるから滅多にない。 この『検察官から依頼があった場合』だが、今「チョット待て」と思った奴もいるんじゃないのか?検察には特捜部があるだろうに、何で警察に補充捜査の依頼・・・まぁ警察じゃ『要請』ってんだが・・・が来るんだ?特捜部じゃそういう事はしねえのか?って思った奴もいるだろう。 分かりやすく言えば検察庁ってのは、我々警察が引っ捕らえた犯人を、『こいつは本当に法廷に引きずり出してもいいのか』って事を法律家の観点から吟味し、捜査し、訴追する。そういう役所だ。だから独自に事件を捜査したり、管理したりする捜査員が大勢いるのは事実だ。検察の捜査員が行うのは、例えば被疑者の前科を洗ったり、身柄拘束期間が法律の範囲内に収まってるかとか、後は俺達捜査員が揃えた証拠をチェックしたりする事だな。俺達の証拠に不備があれば法廷へ引きずり出せない。つまり起訴出来ねえから、その裏付け捜査なんかをしたりする。ああ、それから政治家の汚職や企業犯罪、巨額脱税事件といった事件は検察特捜部の独壇場だ。 そういうのを除けば後はまぁ、俺達の仕事と似たようなもんだ。だが連中は法律家の視線で事件を見てやがるから、当然俺達警察とは事件を見る目が違うってワケだ。だから例えば、俺達が必死になって逮捕した犯人を、「こりゃヤっちゃってる事は確かだが、まあ刑事裁判にかけずに説教だけで充分じゃねえか」って事で起訴猶予処分にしちまう時もある。起訴猶予となると法廷へ引きずり出せん。つまり、事実上お咎めナシってことだ。 まあそいつはイイとして、警察と検察は一蓮托生みてえな部分があるから、俺達警察をあまりコケにも出来ん。だから最初は俺達警察に補充捜査の依頼をすることで、こう言っちゃなんだが『面子を立てる』と、まあこういう事なんだろうな。 だが、俺達も暇じゃない。凶悪事件ならばともかく、そこらのこそ泥一匹ぐらいなら、「そんな事件のために貴重な労力は割けねえ」と、こうなるわけだ。まあ検察からの補充捜査要請とありゃ無視出来んから仕方ないがな。 俺は刑事事件にしか関わったことがねえから他は知らないが、例えば少年事件だとこうは行かない。少年事件が送致されるのは地裁じゃなくて家裁、つまり家庭裁判所だが、家裁にゃ検察官がいないからな。だから、自動的に俺達警察が揃えた証拠がすべてとなる。だから、少年事件に関しちゃ徹底的な補充捜査が行われると聞いている。 少年事件だけじゃなく、こういうのは法改正の論議の的になりやすい捜査でな。補充捜査をする前に、どうしてそれ以前に充分な捜査が出来ないのかとかな。捜査を充実させる気があるのかとか、仕方がないで済ますなとか、色々批判が多いのも事実だ。だが、一言言わせてもらえば、さっきも言ったように刑事事件というのはある意味流動的な要素が多い。だから、ある程度はやむを得ん。間違って起訴なんて事になっちまったら、それこそ大変な事になる。それを思えば、しないよりマシじゃねえのか? ああ、それからな。 まあ、関係ない話だがな。
さて、と。 事件発生から逮捕、起訴までの流れを、捜査名称と一緒に話してきたが、どうだ、大体分かったか? 初動捜査、継続捜査、任意捜査、強制捜査、そして補充捜査。これが大まかな捜査の種類だ。 このどれもが気を抜くわけにいかんし、決しておろそかにしちゃならん。そいつは凶悪殺人事件だろうが、下着泥棒の類だろうが変わらん。世間に泣いてる被害者がいる限り、俺達警察の仕事は終わらねえんだ。 講義の感想は、このサイトの管理人に伝えておいてくれ。 これからまた、パリへとんぼ返りだ。ICPO本部から、緊急連絡が入ったんでな。 それじゃあな。
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