匿名こそが本当の言論
2008/05/07 18:41:00


なにかと「匿名」による発言が批判される昨今だが、俺はそれはおかしいと思う。以前も似たようなことを書いたが、匿名での言論こそがもっとも純粋な言論だ。その文章の力だけで説得力を持たせなければならないからだ。実名による言論は、それを発信した企業、団体、政府、個人の社会的信用や権威を評価しているのであって、実は言論内容そのものの信憑性を評価しているのではない。

そもそも他者の言論を信用するかどうかは受け手である自分が判断するべきこと。それが義務であると同時に権利だ。こんなすばらしい権利を放棄し他人や国家に譲り渡して幸せなのだろうか。

我々にはたとえそれが間違ったことであっても信じる権利がある。だから複数の神がいるし複数のイデオロギーがある。どの神を信じどのイデオロギーを支持するか自分で決められる権利がある。

正しくない神や正しくないイデオロギーは最初から自分には教えないでほしい。どうせ自分には何が正しいか分からないし沢山あると混乱してしまうから、何が正しいのが誰かに決めてほしい。信頼すべき情報だけを社会に流してほしいという人は、そういう人たちなのだろうか。

よくネットで「こんな間違った情報は流すな」という人がいる。これは「自分は正しい情報を判断できるが、他のヤツは馬鹿だから判断できない」といっているに等しい。しかし自分が「馬鹿のグループ」に入れられる可能性は考えない。

それは今まで本当にそういうグループに自分が入れられた経験がないからなのだろう。あるいは少なくとも自分よりは先に「馬鹿のグループ」に入れられるべき人が沢山いるという安心感なのだろう。

よろしい。少なくともあなたより馬鹿な人間はまだ沢山いるとしよう。しかし軽口で言っている間はよかったが、それを法律化してしまったら、おそらくあなたは「馬鹿のグループ」に入れられてしまうことだろう。

なぜって?振り返ってほしい。あなたが本当に自力で正しいか正しくないか判断できた情報がどれほどある?きっとあなたは誰かが書いた本や言ったことを鵜呑みにしてしゃべっているだけに違いない。そしてあなたは本当に本の内容を理解して納得したのだろうか。著者の肩書きではなく。そんなことは無理だろう。本を1冊やそこら読んだところでいきなりその分野の第一人者と同じ理解力を持てるはずがない。

あなたは、いや我々の大部分は国家スケールでみれば自力では正しい情報を判断できない馬鹿なのだ。馬鹿な我々が間違ったことを自由に発言できる、このすばらしい社会を守るべきだと思う。そもそも情報それ自体に有害だとか無害だとかあるのだろうか。罪を憎んで人を憎まずという言葉があるが、俺は罪を憎んで情報を憎まずといいたい。正しい情報を判断できない人が多いからといって、正しい情報しか与えなかったらますます判断できない人が増えるではないか。

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