学校の正課の授業で、生徒一人の命が失われた現実を、なかったことにして、
その死を招いた加害者校が非難されることの方が、被害者の「死」よりも重大な事であるとする、
異常な現実・・
花菜が命を落とすことになった学校を責めず、
被害者遺族の私達を加害者のように責め立てる、この異常な現実
(被害者が加害者にされる現実1〜4より)
*****
2010年6月18日事故が起き、娘を失った親の私達は、命を失った娘と同様に、
中学の唱える「心の配慮」という言葉の元に、私達の存在自体が消される異常な空気が続いていた。
私達遺族は悲しみと混乱の中、
2010年夏には水野元校長から、
「このような状態で、生徒達の部活新人戦出場はどうかと思ったのですが、
生徒達を元気づけるためにも、出場を決めました。」
(大阪市立桜宮高校が生徒の自殺という状況の中、部活の新人選出場を決めた学校に、周囲からバッシングが起こったことは記憶に新しい。)
そして私達が立ち上がった原因究明の署名活動が新聞記事に掲載されると、合川現校長から、
「先生達は傷ついています!」と先生達への配慮を理由に、暗に原因を探るなと。
次に2013年春の人事異動には、引率教諭8人のうち6人が退職も含め、
章南中から逃げるようにいなくなっていった。 (後の新聞記事でコラムとして報道)
この不条理に、疑問も抱かず、
中学の配慮に感謝する 一部の保護者と生徒達。
彼らは「事故のフラッシュバック」を心配視するが、
その事故を招いたのは、≪章南中≫である。
( 大部分の冷静な良識ある生徒と保護者は、気づいているだろうが。 )
存在自体も外された私達だから、事故のあった施設側を責める空気の中、
冷静に事故から見えてくる 中学側への数々の疑問があった。
そこから、真相究明の議会請願
→ 明確に中学の責任を認めた民事訴訟の和解文 へと進んでいった。
それでも事故を隠ぺいし、逃げ続ける中学
この2年7ヶ月続いた、不条理を容認する 学校内の異常な空気の中、
卒業アルバムまでにも娘の存在を消すことを決めた章南中。
この不条理
をマスコミ各社報じる中、
主人と見た読売新聞のtwitterに、
この アルバム記事に対する 中学への批判の全国のフォロワーの多さ。
*****
良識ある知人が言った。
「 このままだと、 孤立するのは中学 です。 」
その死を招いた加害者校が非難されることの方が、被害者の「死」よりも重大な事であるとする、
異常な現実・・
花菜が命を落とすことになった学校を責めず、
被害者遺族の私達を加害者のように責め立てる、この異常な現実
(被害者が加害者にされる現実1〜4より)
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2010年6月18日事故が起き、娘を失った親の私達は、命を失った娘と同様に、
中学の唱える「心の配慮」という言葉の元に、私達の存在自体が消される異常な空気が続いていた。
私達遺族は悲しみと混乱の中、
2010年夏には水野元校長から、
「このような状態で、生徒達の部活新人戦出場はどうかと思ったのですが、
生徒達を元気づけるためにも、出場を決めました。」
(大阪市立桜宮高校が生徒の自殺という状況の中、部活の新人選出場を決めた学校に、周囲からバッシングが起こったことは記憶に新しい。)
そして私達が立ち上がった原因究明の署名活動が新聞記事に掲載されると、合川現校長から、
「先生達は傷ついています!」と先生達への配慮を理由に、暗に原因を探るなと。
次に2013年春の人事異動には、引率教諭8人のうち6人が退職も含め、
章南中から逃げるようにいなくなっていった。 (後の新聞記事でコラムとして報道)
この不条理に、疑問も抱かず、
中学の配慮に感謝する 一部の保護者と生徒達。
彼らは「事故のフラッシュバック」を心配視するが、
その事故を招いたのは、≪章南中≫である。
( 大部分の冷静な良識ある生徒と保護者は、気づいているだろうが。 )
存在自体も外された私達だから、事故のあった施設側を責める空気の中、
冷静に事故から見えてくる 中学側への数々の疑問があった。
そこから、真相究明の議会請願
→ 明確に中学の責任を認めた民事訴訟の和解文 へと進んでいった。
それでも事故を隠ぺいし、逃げ続ける中学
この2年7ヶ月続いた、不条理を容認する 学校内の異常な空気の中、
卒業アルバムまでにも娘の存在を消すことを決めた章南中。
この不条理
主人と見た読売新聞のtwitterに、
この アルバム記事に対する 中学への批判の全国のフォロワーの多さ。
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良識ある知人が言った。
「 このままだと、 孤立するのは中学 です。 」
どうであれ、関係者間で問題は一歩一歩解決してるのだからね。
表紙が解決したら、あとは個々の心の中身の解決が鍵なのに、
このお母さんのように、
あんときはこうだった、ああだったってやられると周囲の人間まで混乱してるよ。
いったい、市や学校にはどうしてほしくて、どうなった。
友人、クラスメート、その父兄には、誰に何を望むのかがハッキリしないから、当然個々には混乱、失望、恐怖、etc・・ということになっちゃうのよ。
かなのお母さんは、自分のことを分かってほしいと訴えながら、顔のある他人のことはわかろうとしないんだからダメだよ。
ブログがあろうがなかろうが、
ブログを見ようが見まいが、
周囲の人たちが、どんな思いを抱くようになったかよく知っておくことだよ。
新聞読んだ全国の顔のない人間の意見を尊重するのか、身近な地域の人たちを大切にするのか、
そのハラが全く分からないから、
だんだん私も支持・共感する気もなくなりそうだよ。
支援するのはもうやめます。