関心寄せることが社会動かす力に
北アフリカ・アルジェリアでの人質事件は、念入りに準備されたテロでした。日本人の犠牲者は10人。怖い事件です。でも、「怖いね」と言っているだけでは、テロのない世界はつくれません。中学生の君たちにできることはあるのでしょうか。
Q 砂漠のまん中で起きたのに、日本人が大勢巻き込まれて驚いた。
A 巻き込まれた外国人は26カ国の134人とアルジェリア政府は言っている。うち日本人を含む8カ国の37人が死亡した。犯人側も、今わかっている三十数人は、アルジェリアだけじゃなくて計8カ国の出身者だとされる。
Q 犠牲者も犯人も、いろんな国の出身なんだ。
A 「グローバル(地球規模)化」という言葉を聞いたことがあるかい? 人も、モノも、おカネも、国境を越えて動くいまの時代のこと。途上国の開発現場では以前からいろんな国の人が働くが、グローバル化がさらに後押ししたのだろう。
犯人のイスラム武装集団にも、カナダ人が加わったり、アフガニスタンなどで訓練を受けた「戦士」がいたりするようで、これも地球規模の動きといえる。
Q 犯人は隣の国からやってきたと聞いたけど。
A もともとはアルジェリアのグループだが、取り締まりが厳しく南のマリという国に移った。こうしたグループがいくつも集まったため、マリの北部は政府や軍の力が及ばない「失敗国家」状態になっている。これがさらに世界各地の過激派を呼び込んでしまった。
Q じゃあ、マリできちんと取り締まればいい?
A そうだね。でも、事件の前にマリという名前を聞いたことがある?
専門家はマリ北部がとても危険だとみていた。でも、国連でさえ「マリと関わりの深いフランスと周辺の国々でなんとかしてよ」という空気だった。それでは問題に立ち向かうのは厳しい。
Q ふーん。失敗国家ってほかにもあるの?
A アフリカ東部のソマリアがまず思い浮かぶ。国が分裂し、イスラム過激派や海賊の拠点になっている。リビアやアフガニスタンもこれに近いね。
Q そこをなんとかすれば、テロは防げるの?
A 「なんとかする」って簡単じゃないけれど、少し改善するだけで、イスラム過激派の動きに歯止めをかけられる。ただ、武力で抑え込んでも、別の地域に移るだけかもしれない。実はマリに過激派が集まったのも、アフガニスタンやイラクでの「対テロ戦争」という武力作戦で居場所を追われたのが理由の一つだ。
Q どうすればいい?
A こうした過激派の活動が許されてしまうのは、イスラムの国々が貧しさや格差、不公平といった問題を抱えていることが遠因だ。地球規模で見ても、グローバル化で豊かな国と貧しい国の格差が広がっているし、イスラムへの偏見もある。こうした問題の解決も図らないと、テロはなくならないだろう。「失敗国家」対策はその象徴ともいえる。
Q それを見守るしかないわけだね。
A その「見守る」って大切だとぼくは思う。どの国も失敗国家に関わりたくないし、何十年もかかる貧困の解決策も息切れしがちだ。だけど君たちの「見守っていますよ」という声を集めていけば、やがて政府や国際社会を動かす力になる。だから君たちに今できる「テロとの戦い」は、世界の貧しさや不公平、アフリカといった問題に関心を寄せ続けることじゃないかな。
テロ テロリズムまたはテロルを略した和製英語で、政治的な主張を通すために暴力に訴える行為。
グローバル化 国家や地域などの境界を超えて、地球が1つの単位となること。
失敗国家 政府に力がなく、国民に安全や基本的な公共サービスを提供できず、暴力が頻繁に発生している国。
イスラム過激派 イスラム教徒のうち、暴力を使って理想を実現しようとする集団。
対テロ戦争 2001年9月11日の米同時多発テロ事件を受けて当時のブッシュ政権が掲げ、アフガニスタンのタリバーン政権、イラクのフセイン政権を軍事力で打倒した。
|
前朝日新聞編集委員 大妻女子大教授 五十嵐浩司
1952年生まれ。朝日新聞大阪社会部、 外報部を経てナイロビ支局長、ワシント ン特派員、ニューヨーク支局長を歴任。 大学や大学院でジャーナリズム論や国際 政治を教える。
2013年2月3日 |