藤本 身体をこわしたら元も子もありませんが、人生には「がんばる時期」ってあると思います。でもきっと、その時期に学んだことが、今の女将の原点でしょう。どれほどの経験と学びかわかりませんね。それにしても、ここは本当に居心地のいいところですね。どこか懐かしく、ほっとする空間。昨夜は仕事を忘れて、ゆっくりさせていただきました(笑)。
平野 ありがとうございます。「お客様の別荘でありたい」という両親の思いでできた「旅荘 船越」ですが、女将見習い時代にさまざまな経験をし、経営学なども勉強したところ、これからの時代はそれだけでは生きていけないと感じました。そこでいろいろと考えた結果、「お客様の別荘になること」「古き良き日本を残すこと」の2つをコンセプトにしたのです。
藤本 日本間の良さでしょうか。畳や木の温もりから、郷愁を感じさせる調度品、仲居さんのもてなしのさりげなさまで、全く押し付けがなく「ふるさとに帰ったような」安心感、自然な寛ぎ感がたまりません。
平野 ちょっと昔、昭和の時代にどこの家にもあったような風景をそのまま残しています。けれど、今の時代ですから、エアコンやウォシュレットも必要です。畳や障子も頻繁に張り替え、「いつ来ても変わらない安心感」をお届けできればと思っています。
藤本 檜のお風呂、窓ガラス一枚を見れば、どれほど行き届いた宿かは一目瞭然。ごひいきのお客様も多いのでしょうね。
平野 親の代は「会員制」でしたから、会員の方のリピートだけでした。今は会員制度も残しつつ、どなたでもお泊りいただけるようにしました。
藤本 6つの客室のうち、5部屋が角部屋で、贅を凝らした本格数奇屋造り。お部屋ごとに異なる趣を楽しめるのも魅力ですね。
平野 表情の違いを楽しんでいただくこともおもてなしのひとつ。お料理も毎月献立を替え、湯河原の海・山・川の旬の素材をお出ししながら、「変わらない味」を追求しています。お風呂は、人目を気にせずゆったりと、何度も温泉を味わっていただくために「内湯」にこだわっています。古代檜は森林浴の効果もあります。
藤本 「女将のこだわりは語り尽くせない」と仲居さんもおっしゃっていましたが、サービスの基本は何ですか。
平野 「また行きたくなる旅館」とは何だろうと考えると、「自分だったらこうされたい」と思う限りを尽くすことだと思います。今は、うつ病の私でも心地良さを感じられる宿を目指していますから、病気のおかげで、究極の癒しの空間が実現できているのかもしれません(笑)。
藤本 人々に感性が失われた時代、「本当の贅沢」という価値観を伝えていくのは容易ではないでしょう。
平野 人は文字通り、忙しさに心を亡くしています。ここで、何もせずにゆったり過ごす贅沢をいいなと感じたお客様が、クチコミで広げてくださるのが一番ですね。