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[ニューデリー 7日 ロイター] インドの首都ニューデリーで先月、23歳の女性が走行中のバス車内で男6人に集団レイプされ、その後病院で死亡した事件は、20分に1件のレイプ事件が発生しているという同国で、女性の保護に関する国民的な議論を引き起こしている。
こうした性犯罪に対する迅速な裁判と刑の厳罰化を求める声が市民の間で高まる一方、世論に同調する形で法改正などを性急に進めれば、基本的人権が損なわれると懸念する声も上がっている。
女性人権団体の多くは、事件によって巻き起こった抗議や怒りの声が、現実に変化をもたらすのではないかと慎重ながらも期待を寄せている。具体的には、性犯罪のために設けられた「スピード重視の裁判所」や、ニューデリーで新規の女性警察官を2500人採用する計画などが挙げられる。
ただ一方で、法律の専門家や一部の男女同権論者からは、レイプ犯を死刑などの厳しい刑に処すよう求めることは、市民の自由を損なうおそれがあり、違憲だとの声も上がっている。インドに必要なのは新しい法律ではなく、警察や検察の改善が先だとの指摘だ。
デリー高等裁判所の元判事は「有罪判決が十分でないとすれば、それは法整備が不十分ということではなく、有罪を示す証拠が不足しているということだ」と語る。
今回の事件では5人が殺人罪で訴追されており、7日にニューデリーの裁判所に出頭する。残りの10代の少年1人は少年審判を受ける見込みだ。しかし、南デリー地区の弁護士会は5人の弁護を引き受けないと発表。5人には未だに弁護士が付いていない。
<厳罰化に傾く世論>
「容疑者や被告は、逮捕された時点から弁護士を付ける権利がある。これは完全に違法だ」。デリー人権法律ネットワークのコリン・ゴンザルベス氏は説明する。
インドの多くの州では当局幹部らが4日、未成年でも成人と同じ裁判を受けさせられる年齢を16歳まで引き下げる案を支持すると表明した。これは、未成年なら最高でも3年の禁錮刑しか科されないことに世論の反発が強まったことへの対応とみられている。
政府の委員会は、レイプ犯への死刑適用や化学的去勢の導入も検討しており、23日までに提言をまとめることになっている。
一方で、インディアン・エクスプレス紙は論説で、世論の「過剰な」反応に警鐘を鳴らし、少年法の改正はいかなる場合も厳密な議論を経てからなされるべきだと主張した。
同国の裁判所は未処理の案件が山積状態で、審理を終えるのに5年以上かかることも珍しくない。アルタマス・カビール最高裁長官が、性犯罪のためにニューデリーに導入した「スピード重視の裁判所」は幅広い支持を得ており、他の州でも導入に向けて検討する動きがある。
しかしゴンザルベス氏は、過去にも同じような裁判所があったが、疑わしい評決が下ったこともあるなどとして、懐疑的な見方を示している。
<スピード重視の裁判>
インドは2004年、スピード重視の裁判所を1700カ所設立した。しかし費用がかさむことなどを理由に、昨年にこうした裁判所への財政支援は中止となった。一般的にスピード重視の裁判所は週6日開いており、休廷時間を短縮することで審理の遅れを解消しようとしている。
ゴンザルベス氏は、有罪率が上がったことを認める一方で、急いで法手続きを進めるため、有罪判決がその後覆るケースもあると指摘する。「不公正に向かってまっしぐらに突き進む裁判も多かった」という。
本当の問題は警察の不備や裁判官の不足にある、と同氏は続ける。国民1人当たりの裁判官の数で見ると、インドは米国の5分の1程度にとどまっている。
インドの警察官は給料が安く、十分な訓練を受けていないことも多い。組織犯罪に関与しているケースさえある。人権団体からは、男性の警察官が性犯罪の被害者に対して無関心だと指摘する声も上がっている。
同国の警察の多くでは、科学捜査の手段や専門知識も限られており、容疑者は強要された状態で供述を取られるという現状がある。このため裁判所は、不完全な証拠で被告を有罪にするのは困難だと主張している。
国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」は、レイプを含む性犯罪に対する法律や手続きの改正は、目撃者の保護や被害者への支援を強化することに重点を置いて行われなければならないと強調する。
「性犯罪をめぐる法改正は必要だが、厳罰化という観点で進めるのではない」。こう指摘するHRWの南アジア担当ディレクターは「なぜ当局が捜査しないのか、なぜ有罪率が不十分なのかということこそ強調されるべきだ」と述べた。
(原文執筆:Frank Jack Daniel記者、翻訳:梅川崇、編集:宮井伸明)