体罰・指導:/1 紙一重のSOS
毎日新聞 2013年01月24日 大阪朝刊
単身赴任の父親に娘から電話がかかってきたのは、彼女が大学入学を間近にした2月のことだ。関西のスポーツ強豪校から推薦で大学進学を決めていた彼女は、泣きそうな声だった。「大学でクラブしたくない。気持ちも体もついていかないんや。助けて、お父さん」
長女(24)の叫びは、6年たった今も父親(54)の耳に残る。高校のソフトテニス部主将だった長女は、顧問の体罰や重圧で疲弊し切っていた。
長女は中学からソフトテニスを始め、全国大会に出場経験もある公立高に入学した。そこでは、顧問の女性教諭によるげんこつや長時間の正座は当たり前。2年時に主将になると体罰は頻繁になり、試験前には部員が欠点を取らないため、勉強を教えるよう指示された。部員が起こした問題の責任を問われ、髪を短く切らされたこともある。しかし、体罰でできた頭のたんこぶを母親に見せながらも、「学校に文句言われたら嫌やから、お父さんには言わんといて」と口止めした。
厳しい練習を経て全国大会出場を果たし、頑張る娘の姿は父親の目に輝いて見えた。「大学でもテニスを続けてほしい」と願う一方、対外試合で娘を殴る顧問を見ても「娘のためにたたいてくれている」と受け取ってきた。
3年の秋、私立大からスポーツ推薦入学の勧誘が舞い込んだ。うれしそうな表情を見せて進路を決めた長女だったが元気を失う。父親に「助けて」と電話で打ち明けたのは、入部の2週間前だ。負けず嫌いの娘が発した初めてのSOSだった。
このまま進学すればどうなるか分からないと不安を覚えた父親は、高校に入学の辞退を申し出た。しかし学校は、「後輩のためにも行ってもらわな困る。“推薦枠”がある」の一点張り。体罰についてただしても顧問は話をそらしてしまう。3時間の話し合いの結論は、「進学した後に退部、中退してもよい」という妥協案だった。
長女は入学後、大学のソフトテニス部の監督に真意を伝えた。予想外の反応が女性監督から返ってきた。「休部でいい。大学生活を謳歌(おうか)しなさい。あなたが高校で頑張ってきたのを私は見ていたよ。大学に来なさい」