「ぶっ壊れたPSP」という金塊に熱中し、ネトゲ廃人と疑われた高校生は今



5年前の私は少ない貯金を切り崩してSONYの携帯ゲーム機PSPを買った。ゲームボーイカラーが出てからゲームボーイを買ってもらう位に我が家の交渉は難航する。自分でこっそり買うことで、それを回避した。その後かなりの時間を費すことになるともしらずに。幼い頃からゲームがなかった環境だったので、ゲーム自体には興味はなく、専らPSP本体のハックに力を注いだ。

PSPの改造に一晩中費す

そんな当時高校生の私はPSP本体のファームウェアと呼ばれるOSの改造を行うフォーラムに参加していた。このコミュニティでは世界で最も早く新しいカスタムファームウェアや改造プラグインがリリースされていた。こうしたツールをUSBケーブルで転送し、起動時のオープニングテーマを変えたり、UMDと呼ばれるゲームカセットを入れずに起動するように設定を変更していた。文字通り一晩中。


また、ソフトウェアだけでなく、MODと呼ばれる本体機械自体の改造にも手を出していた。当時のメモリースティックは値段が高かったので、SDカード2枚をメモリースティックの端子に変換するユニットを自作したり、L.RボタンにLEDライトをスクリュードライバーを使って埋め込んで光らせたりしていた。PSPで音楽を再生したときに音の大きさに合わせて光量が変化するユニットをはんだ付けし、ショートして起動しなくなり文鎮化させてしまったのも今ではいい思い出だ。その瞬間の脱力感は今でも忘れられない。

ぶっ壊れたPSPは金塊だった

壊れたPSPもお金のない高校生だから、捨てるのも勿体無いと感じる。その瞬間がくるまでは2万円相当の価値だったものが次の瞬間0円になるとは到底思えなかった。ヤフオクでは壊れたPSPに数千円だ値段が付いて売っている。早速私は壊れたPSPを2台ほどヤフオクで格安で仕入れ、3台のまったく壊れたPSPから2台を復活させた。そして復活した1台を売った。これで、壊れる前と比べて数千円の現金と、パーツ取りに使った壊れたPSP1台が手元に残った。想像どうり壊れたPSPには価値があったのだ。

2007年の段階では積み上げるほどにPSPを保有していた

このロジックで私は少しずつPSPを売買し資産を増やした。効率化のコツは状況の異なる沢山の壊れたPSPを常に保有すること。壊れている部分のみを取り外して、なるべく全部分解せずに復活させるのが良い。在庫は逐一増えては減っていくが、一時期は数十台のPSPが大きなダンボール箱3つくらいに詰まっていた。同時にPS3にも手を出したので数台のPS3も本棚の上に積み上げられた。最新の改造を施し、PSPのカバーを付け替えたり、LEDで内部を光らせたり、と見た目を変えたりする事で付加価値を付け、中古価格より高く売る事ができた。今で言うところのiPhoneの液晶修理業者と同じことをしていたのだろう。これによって、高校生にとっては嬉しいお小遣い程度にはなった。

ある期間のPSPマニアになった気がする

自身でも3000人規模のコミュニティを管理し、コアなPSPユーザーと交流会を開いた。何をするというわけでもなく、喫茶店ルノアールに集まり最新のPSP界隈での情報を共有したり、次にリリースされるSONYの公式アップデートに含まれる機能は何だろうか、といったことを議論した。時にモンハン大会を開いたり、新しいPSPファミリーに改造支援会を開いたりもした。こうした情報はブログを通じて共有し、私がパソコン活用誌の編集部から声がかかる火の元となった。この段階で私は日本でも有数のPSPマニアになったと確信した。

ネトゲ廃人ではない

学校で部活をし、帰宅後にはPSP漬け。毎日深夜までウェブに打ち込んでいた為、朝は起きれず学校にも行けない日があった。私は、寝る時間を決めるのも、学校に行くか決めるのも自分の自由であると信じていて、そのことは生きる上で本質的な意味はないと考えていたのでこのような時期があったのだが、親は心配だったと思う。実際、ベッド脇に「ネトゲ廃人」というキーワードがデカデカと書かれているハードカバー本を見たときは親が不憫だった(親は私のことをそう思っただろう)。

PSP熱が冷め その後

「P2Pとかその辺のお話」に日本語で載らない記事は自分で訳した

その後しばらくしてPSPへの熱は薄れる。改造が困難なPSP-3000がSONYから発売され、PSPの可能性を感じなくなり見切りを付けた。その段階で3,4台を残して全て処分し、1台は弟にあげた。PS3も1台のこして今もTorneでテレビをみている。興味はP2P界隈に移り、TorrentFreakの翻訳を通じて世界でのP2Pの捉われ方、議論を楽しんだ。

なんだかんだで大学に入り、ライフサイエンスへの興味を経て、今では専らスマートフォンに注目し注力している。そんな私が半年前から作るAndroidメディアは順調に伸びている(直近だと11月80万PV,12月100万PV,1月130万PV)。こうした活動はこれからの自分となんの関係があったのか、果して良い影響を与えるのか、と言われると頭を悩ませてしまうが、あまり深く考えすぎないことが今も相変わらず好きな事に熱中するコツである。とにかく何かに熱中すれば何か成果が生まれ、それが力になるはずだと信じている。

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黒﨑賢一(21):筑波大学情報学部在学中の企画立案、問題発見解決能力に自信のあるコンテンツデザイナー。株式会社BearTail代表取締役。

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黒﨑賢一(21):筑波大学情報学部在学中の企画立案、問題発見解決能力に自信のあるコンテンツデザイナー。株式会社BearTail代表取締役。詳しいプロフィール
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