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部室 板/4

119うのはな:2013/02/04(月) 14:25:22 ID:E.iyQwvc
   紫陽花の君

 大正八年のこと、谷口正治は、当時の心境を「綾部新聞」に歌の形で載せている。

  背教の心起れば野に出でて 霧に泣きぬれひれ伏して祈る

 この歌を読んだ女性は正治に、「....わたくし先生のようになんでも、ああスラスラと
歌えたらと思うんでございます。だけども先生のお歌はどうしてそうお暗いんでございましょうねえ」
と批評したのに対し、正治は答えたという。

「僕は淋しいんですよ。ともすれば底知れぬ暗い気持が感じられて、世界の建て替えだなどと言っても、人の
ように浮き立った興奮が感じられてはこないんです。」(自伝篇・上、一五四頁)

 妻輝子との和歌を介しての出逢いを対話風に書き記したものである。教団内で先生とよぶ正治に、自分の歌を直してほしいと
いう申し入れで、ことばを交わすことになる。そして谷口は、「雪埋れ草」という匿名の歌の主が彼女であったことを知る。
彼女の歌、 おどろおどろ潮高鳴る夜の海を 見るにも堪えぬさすらいの旅
に正治は心惹かれ、思えばこれが昨年の夏、金龍池畔でふと目にとまり、痩せて面やつれした眼差しに、青蒼めた「紫陽花の君」を
想った女性であった。二人は、出版局長であり、大本教では先輩の今井楳軒を媒介にして結婚する。
大正九年十一月二十二日で、新郎は二十八歳の誕生日、新婦は二十五歳であった。
出口王仁三郎も出席する結婚で、これ以後教団内で行われる結婚式の第一号になったという。

『谷口雅春とその時代』 小野泰博 著 P78−79



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