自殺
1・高菜の草引きと追肥←収入あり
2・田圃の準備(堆肥など)←出てゆくいっぽう
3・草刈(年末に終わらなかったぶん)←儲けゼロ
4・開墾(平谷・神川)←ボランティア
5・みかん関係(和歌山)←売り上げによる
6・ジュース関係←たくさん売れると嬉しい
7・中学校の草刈←収入に繋がらない
8・確定申告の事務作業←?
9・獣鳥害対策←収入を得るために
10・畦道の補修←誰も払ってくれない
11・大掃除(?)←がんばれ!
12・作業依頼←仕事ください☆
ここまでは仕事、以下軌道・公開日関係
13・平谷中野駅移設工事(計5日間程度)
14・平谷中野駅周辺整備(計3日間程度)
15・新型車輌(PC)の製作(計3日間程度)
16・柚ノ木谷新線(15インチ)の延長(計5日間程度)
17・蟾島口駅ホーム新設工事(計2日間程度)
18・堀川ちゃん延命工事(計40日間程度)
19・駐車場整備(計3日程度)
20・駅弁関係
21・宿泊関係
22・印刷物関係
23・そのほか
・・・とゆう状態です、あはは☆
これらは概ね3月下旬までの農閑期のヒマな時期の課題で、以降の農繁期はまた農業関係が増えてゆきます☆
▲ 前夜、早く寝て・・・寝坊した朝(←あれ?)。【以下途中まで23・01・05】
▲ 露天風呂の水を抜く・・・堀川ちゃん関係。
▲
▲ ジュース用のミカンをチリトラに積んで・・・
▲ どこかに運ぶ。
▲ 帰宅してから大掃除・・・自宅前の線路を廃止して柚ノ木谷新線に供出するため。
▲ 風が冷たくて勤労意欲が湧かないが・・・そんなこと言ってる場合じゃない。【以下途中まで23・01・06】
▲ 資料送付。
▲ ぐるぐるする仕事中・・・ナタネは順調。午後から高菜畑で草引き&追肥。
▲ 今日の堀川ちゃん。
▲ 大掃除の一環でゴミを片付けた、熊簡中野駅(未成線)のホーム。熊野簡易軌道の起点側の(実現可能な範囲での)目標地点。
▼ 動画です、音量にご注意ください。
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▲ 気のせいか運転中っぽいですが・・・日没後に駅弁関係でちょっと出掛ける。わーい☆雪だ~!と私は喜ぶが・・・帰ってこれるのかな?あれ?
▲ 昨夜、まぁ無事に帰ってきて・・・朝起きたら積雪☆わーい☆ いやこれだけですけどね。【以下23・01・07】
▲ 線路沿いはこんな感じ。根雪(←北海道の方言?)のある地方に比べれば無いにしとしい(←東京の方言・一般的には等しい)積雪なんでしょうが。
▲ ちなみに初雪ではないが、それでも雪が降ると「わーいわーい」と外ではしゃぎたくなるんです☆ ぷーにゃんは?とゆうと・・・どこかへ出掛けた模様で見掛けない。
▲ シバレた(北海道の方言)堀川ちゃんの窓。
▲ ぷーにゃんはここにいた。
▲ 雪の柚ノ木谷。
▲ マフラーは暖かい・・・首に巻いたらヤケドしそうだが?
▲ 年末ジャンボは全部ハズレ(2枚購入して2枚ともハズレ←あれ?比較的相性のいい「初夢くじ」に賭けているが?あは☆)くじ運は悪いのにこうゆうのはよく選ばれる。
自殺をする人の気持ちはよくわかる。真剣に生きれば一度や二度くらい「死んだほうがマシ」とも思いたくなる。しかし選択肢はそれだけではないはずだが、自殺を選択してしまう気持ちもわからないでもない。私はこの先に自殺することはあるだろうか?絶対に無いとは言い切らない・・・死を選ぶ選択肢の中にはいつでも存在し続けるはずである。だが私に自殺願望は無いし、あからさまに自殺を演ずるようなことはしない。もしもいつか私が自殺を選択したとしても「事故と自殺の両面」と見られるような自殺方法を演出すると思う・・・と書いてしまったら、もしも私が事故などで死んだ時に「自殺だ」と決め付けられてしまう懸念もあるが。少なくとも今は「死のう」とか「死にたい」とゆう思いは持っていない。ただ「いっそのこと死んだほうが楽そう?」とゆう思いが全く存在しないとは言い切れない。この熊野に来て7年余りの間に「殺すぞ」「張り倒すぞ」「追い出すぞ」などと果たして何人に言われたことだろうか?そんなことを言ってる大人が表向きは教育がなんたらとか子供の自由な発想を・・・とか言って多くの若者や大人が騙されている。そんなの変だな~?と私が疑問を抱いても多数決の前には私の偏った意見など抹殺されてしまうのだ。そんなことを真顔で言える大人は死についてどう思い・考えているのだろうか?大人に対して「おかしい」「変だ」と意義を唱えたとしても、変な考えの大人に群がる大人や若者に寄って集って罵られるのがオチであるし、場合によっては私が変人扱いを受けて嫌われてしまう・・・普通とは何だろうか?一般的とは何だろうか?常識とは誰が作った常識なのか?それとも誰かの言いなりにならなければ私とゆう人間はこの世で息を吸い吐く権利も与えられていないとゆうことだろうか。私は嫌われたくはない、誰からも好かれる人でありたいと思っているから基本的に私から他人を嫌うことはない。だが・・・嫌われることが多い。そんなことに悩み・・・いや、悩むのなら・・・別にここは私の生誕の場所ではないし血縁関係者がいるわけでもないから「出てゆく選択」もあるかと思う。ならばどこへ行く?行く先が・・・私にはもう残っていない。ここに骨を埋めると言った以上、これからどこかへ行こうとゆう選択肢は・・・今のところ存在しない。あるはずの選択肢がそんな感じで次々と消えていったなら・・・最後ではないにしろ、いつか「自殺」とゆう選択肢は現れるだろう。自分が選択できる選択肢が他にいくつもあったとしても・・・それを選んでしまったら、それが最善の選択と思うことが・・・もしかしたらあるかも知れない。だから自殺したい人の気持ちはよくわかる。但し自殺行為を肯定するつもりはない。否定し続けて来たし今後も否定し続けてゆくと思う・・・ただ自らが選択したときに否定するか、否定できるかは今は何とも言えない。いい歳して独身か?と言われることもある・・・好きで独身でいるわけではない。前にも書いたが結婚願望は10代から持っている・・・結婚がしたいとゆうよりも子供を授かりたいとゆう思いが強い。だから必ずしも「結婚」とゆう常識の形式にはこだわりはない。正確には一度結婚はしたが結果的に離婚して今に至っている。「子供が欲しい」とゆう結婚前の元・嫁だったが・・・結婚後に「子供なんて無駄。必要が無い」と言われて別れた。彼女にどんな変化があったのか別に知りたいとは思わないが、女性に「子供は無駄」と言われてしまったら、男だけがどんなに子供が欲しいと思ってもどうすることも出来ない。場所的なこともあるし、元々モテル男ではない・・・更に最近は年齢的なこともある。このままずっと独りかな?と思うようになってきた。その果てにあるのは孤独死だろうか?何日も何ヶ月も経ってからミイラ化か白骨化してから誰かが私を発見して事務的に何の思いもないままに片付けるのだろうか。そんな死に方をするのなら・・・ならば今、死ねばそうゆう懸念は消えるかも知れない。自殺では無く事故に装った死ならば・・・?ただそうゆう死を前提とした生き方はしたくはない。あくまでも生まれてきたことを前提に生きていたいし、私のもとに生まれてくる子供がいることを信じたいしそうなることを望んでいる・・・現実は厳しいが。厳しいから・・・諦めようか?男独り淋しく残りの人生を・・・とゆう思いは残念乍ら今のところ持っていない。だからダメでモトモトで女性に対してアタックはする。だが・・・ご覧の通り。それでも性懲りも無く手は伸ばし続けてゆくと思う・・・自分の支えが崩壊しない限りは。だが支えが崩壊してしまったら・・・もしかしたら何もかもが手に付かなくなると思う。それは過去に何度も経験している・・・過去には経験したがその時に立ち直れたのはやはり若さだったと思う。昔に比べての若さが無くなった未来の自分は支えが崩壊した時に果たして立ち直れるかどうか・・・その自信は今この時も言えるが自信は無い。要するに立ち直れないかも知れないとゆうこと。自分にとっての支えとはなんだろうか?もしも子供を授かったなら我が子が私の支えになってくれるはずだし、支えるために必要が無ければもしかしたら今おこなっている多くのことを投げ出すかも知れない。ただそれは今のところ現実的なことではないから・・・では今の自分を保っていられる支えとは何だろうか?唯一とは言わないが「軌道」が大きな分野を占めている・・・「なんだよそんなことかよ?」と罵られるかも知れない、それはどうぞご自由に。ただ今の私にとって「軌道の分野」が消えてしまったら、少なくとも私がここに存在する必要は無いと思っている。逆にこの熊野で振り落とされないようにしがみついてでも生きてゆこうとする原動力はこの軌道がここにあると言い切っても過言ではない。だから私の軌道について侮辱・屈辱をするものに対してはこちらも徹底的に・・・それは時に重箱の隅を突付いてでも戦うつもりでいる。罵られたこと・侮辱されたこと・屈辱を味わったことは一生忘れないし、それらが誰がいつ言ったことかも私は忘れていない。自分の支えを死守したいのだ。だがそれに負けて折れたとしたら・・・子供とゆう我が子が現れる前に支えが崩壊してしまったら・・・自殺とゆう選択肢を選ばないとは限らない。人はひとりでは生きてゆけない・・・いつも誰かに支えられ支えて、そしてお互いに支え乍ら生きてゆくものだと思っているし、支えが無くなったら・・・少なくとも私はひとりで立って・・・立ち続ける自信も気力も無いと思う。自殺を肯定するつもりはないが、これから自殺をする者を止めようとは思わない。自殺を選んだ者に言わせて貰えば他人の言葉なんぞ余計なお世話だ・・・と私なら言うと思う。ただもしもこれから自殺を考えているのなら・・・他に選択肢は本当に無いのかい?と聞いてみたい。聞くだけかも知れないし、止めるかも知れないし、忘れさせようと努力するかも知れないし・・・それはそうゆう機会があったらその時になってみなければわからない。そうゆう意味では私は割と無責任だが、自分のことで精一杯とゆうこともある。などと意味ありげなことを書いたが、今のところ今の私に自殺願望は無い。ただこの先も絶対に無いとはあえて書かない・・・それはこの先に何度でも失敗を繰り返してゆこうと思っている・・・意味は様々で性懲りも無く求婚し断られ落ち込むかも知れないし、また新たな事業を始めるかも知れないし、もしかしたら大きな負債を抱えるかも知れないし、にっちもさっちも行かない状況に陥るかも知れないし・・・だから言ってしまえばいくらでも自殺できる理由は私の前にいつでも揃っているはず。決して選択することが無いように・・・とは思っているが。【※ 意見・思い・考え方には大きく個人差があります】
▼ などと強烈に時間が足りないのにこんな真剣に考えさせられるようなアンケートを送りやがって☆ これが引き金になって自殺なんてすることのないようにしたい(←あれ?)。
▲ お昼に用事があって尾呂志へ。
▼ 帰宅して畑仕事を・・・と思っていたのだが、自殺や死に対する意識調査のアンケートなんかに振り回されて仕事が手に付かなくなってしまった。
▲ このブログはなるべく重たい話題には触れないようにしているし、それはブログに関係無く自分の私生活に於いてもそうしていたい。生について死についてを書き出したら終わらないし、もちろん最良の結果があるわけでもない。更に今回のように死を選ぶその方法について・・・つまりは自殺についてなどとゆう話題を書き出したらいつまでも引っ張るような気がする、私は。だからこれはこれで終わりにしたいと思う。アンケートの中に「テレビや新聞などのメディア、映画の中にある自殺の表現方法について」とゆう問いがあって・・・それに対する5者択一の回答を見て思うのだが、無記名のアンケートとは言えこんな重苦しいアンケートを一方的に送り付けて、平凡な日常生活を営みたい私の気持ちを踏み躙(にじ)り、半強制的に「死」とゆう重い話を押し付けて心の中を荒らそうとする輩(やから)は、自殺遺族の傷に塩をねじ込むような報道をする一部のメディアと大差が無いように思えるし、何がどう違うのか聞きたくなる。有名な大学の名称が記載されていたが、その教授はそのことに気が付いていないのだろうか。そんな人間が「命を大事にしよう」とか言ってるのだろうから開いた口が塞がらない。そんなわけで調査主体の三重県健康づくり課に・・・無理矢理「死」「自殺」に対して考えさせられている・・・それが「健康づくり」なのかと呆れる。こんな気持ちから抜けられるのは少し時間が掛かってしまうかと思う。当然、仕事に対する集中力も湧かずに・・・結局、午後から休んでしまった。三重県は県民に仕事をするな?とでも言いたいのだろうか。無理矢理落とされたテンションをすぐに元に戻すのは・・・よほどのことが無い限り私には難しい。だが現実的には「よほどのこと」なんぞそうそうあるわけでもない。だから・・・少し時間が掛かるかも知れない。当然、仕事は遅れると思う。どうしてくれるんだ!と怒鳴りたい。
▼ と・・・いつの間にか日が暮れた。前述したように課題は山積み・・・そして一番触れたくは無い「死(自殺)」とゆうことについて考えさせられて勤労意欲が完全に失われてしまった。もういいか自殺して死ねば・・・それで何もかもが終わりだから、仕事が終わらないと嘆く必要も無いし働いても儲からないと悔やむ必要も無いし・・・自殺して死ねばいいか?私が死んだところでどうせ誰も悲しまないであろうしそのうち誰の記憶からも消えてゆくことだろう・・・誤解の無いように何度も同じことを繰り返すが、そうゆう自殺願望は今のところ今の私には無いが、ただ・・・気持ちは相当に沈んでいる、仕事も何も手に付けられないほど・・・それは事実である。
▲ 明日は車で遠出(仕事)する。今日こんな意味ありげな話題を書いてしまって・・・明日、交通事故で私が死亡したら「自殺」と疑われてしまうかも知れない。そんなことは全然ありませんから☆ ただの考えすぎですよ、それは(笑)。
※ そんなわけで明日の当ブログはお休みするかも知れませんし更新するかも知れません(あれ?)。お休みした場合、次回の更新は9日(日)の予定です。
念のため追伸:別に何か悩んでいるとゆうことではありませんからご心配は無用です。ただ・・・「死」「自殺」について私が望んでもいないのに無理矢理に押し付けられて困惑しています。いや混乱していると言ったほうが近いかも知れません。何事も混乱が収まるのには大きな時間が必要になるとゆうことです。