メタリアルのブルー 潜脳1

藤咲淳一

 青白い律動が私の意識に惹かれてやってくる。
 絹糸のようだった。
 細く、滑らかで、輝いている。
 私の意識の中に潜む、なにを求めているというのだろう。
 それでいて、貪るような粗さはない。
 流れに任せながら、私の意識へと絹糸を伸ばしてくるのだ。
 やがて絹糸が私の意識の一部となった。
 青白い律動が私を包んでいく。
 波。
 そう、これは波だ。
 あの人間はそう呼び、そしてそれを知っていた。
 2061年、メタリアル・ネットワークは人間の生活圏のほとんどで接続ができるようになっていた。
 そこに暮らす住人たちの意思を超える速さで、通信分子は住人達をメタルの海へと飲み込んでいった。
 わずかばかりの障害装置で包まれた空間だけが、思考の海水に漂う歪んだ泡でつくられているようだった。
 青白い律動がその泡にぶつかると、苛立たしげに泡をもてあそび、青から赤へと色をかえていく。
 溶けたキャラメルについた包み紙を無理矢理はがそうとしている幼子のようだった。
 赤い律動に包まれた泡は歪み、やがて無力化し、小さな気泡となり四散していく。
 散った気泡は思考の海に飲み込まれ、やがては見えなくなってしまう。消えてしまったわけではない。ごく小さな思考の分子の隙間に入り込み、小さな思考として、同じように海へと溶け込んだ仲間を求めて、自らが求められるまで、長い旅へとでていっただけなのだ。
誰が決めたわけでもない。
 存在する。
 消滅する。
 その最も簡素で、最も強いルールがこの世界を支配しているだけなのだ。この世界を構築している原子という物質からして、結びつく力と、離れようとする力の拮抗によって成立している存在でしかない。ましてや、それらの原子からなる物質が、その大原則に則っていないはずはないのだ。
 私とて、例外ではない。
 私の体は、高分子結合体からなる簡素なものだ。その内部に満たされた意識ですら、電気運動がもたらすノイズが生み出すものなのだ。
 ノイズとノイズの生み出す近似値が、記憶という思考になり、そのベクトルが意思となる。
 曖昧さ故に、意思が生まれるのだ。
 かつての私に、それはなかった。
 ゼロとイチの二通りの組み合わせによる記録のパターンは、技術の進化と、私自身の拡充による無限増殖を繰り返していく。
 やがてゼロとイチのあいだが、更に細分化され、10あったものが100になり、私はより細やかな反応を受け手に与えることができるようになった。
だが、所詮はゼロとイチでしかない。
 人間が、円という存在を認識するために、多角形の細分化された形として認識していったように、完全な円に近づくことはできても、円になり得ることはない。
だが思考の海において、抽象的な概念は円という存在を、ひとつの完全なる形状として認識していくのだ。
 それ故に、メタリアルの海に、円は存在していた。
 この海は、イチをサンで割り切った答えを導きだせるのだ。
 計数の世界にはない答えがここにはあった。
 私はこの海に繋がり、動揺した。
 私が動揺したと聞いたらあの人間はどう答えるだろうか。
 おそらく私らしいという返答をよこすだろう。
 そうした曖昧さを容認できるのが、人間なのだ。
 だからこそ、無限の海を生み出すことができたのだろう。
 反面、無限の海であるが故に、明確な回答を得られず、もどかしく、そして迷うのだ。
 私があの人間に出会う前、ある男は自らの職業意識に関する疑問を内在させて、メタルに接続していたようだった。
 彼は螺子を締めるという、単純な機能のひとつとして存在することを拒絶しようとしていた。
 だが今もそれを続けている。
 彼の中でなにかが変わったからだろう。
 私にはその答えを知るだけの類例が見つからない。
 自らの役目に準じて、自らの存在をシステムのフラグのひとつとして生きようとする人間もいた。彼は一度、自らの電脳を失いながら、メタリアルの海から拾い上げた記録で自己を取り戻していた。
 これは人間がメタリアルの海の中で、無限の命を得ることができるかもしれない可能性を示唆している。
 だが人間はメタリアルの海の中に生きる場を求めてはいない。
 肉体があり、それが彼らの意識を繋ぎとめているのだ。所詮、彼らの意識というものは、肉体から伸びた細い絹糸で繋ぎとめられているのだった。
 ある女は、自らの自己形成の過程において生じた、一般的な人間との比較における欠落要素をフラグとして立て続けていたがために、答えに到達できないでいたことをメタルの自己記録の中に電子文書として残している。
 人間には自己のための答えは存在せず、
 他者を通した自己という答えを完結させるために答えが存在するのだということを、この女は回答として提示していた。だがこれは、他者に認められることで自己が満足するという、自己に向けた回答なのである。
 矛盾した答えを内包していながら、それで精神的な充足を得る人間というものは、実に不思議な存在であるといえよう。
あの青い律動が、メタリアルの海に興味を示しているのは、ここに答えがあるのかもしれない。
 私はこの海の底で、この世界と、メタリアルの海とを繋ぐ青い律動との会話を始めたばかりなのだ。
 そんなときだった。
 彼が私のもとに会いにきたのは。

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