一つ屋根の下で 潜脳1

 親子四人が快適に暮らせる住宅。
 それが電理研から、私の所属する事務所に送られてきた住居設計依頼書だった。
 世帯主は蒼井衛。電理研の技術者にして、この一家の大黒柱。母親は海洋学者で家を不在にしがちである。長男一人に祖母のもとで育てられている生まれたばかりの長女が一人いる。
 全員がそれぞれの場所を持っている。
 前世紀において家族とは一つ屋根に集い、川の字になって眠ることが理想とされていた。けれど今の時代、『個人』が『個人』として保護されるべきと主張される時代において、この世に生を受けた瞬間から『個人』となる。
 メタリアル・ネットワークがもうひとうの社会基盤となっているために、住民基本台帳に個人番号こそがもう一人の自分だった。生まれたときから代わらぬ姿で存在するそれは、わずか六十四桁からなるアルファベットと数字の組み合わせでしかないけれど、世界の人間を何世代かにわたってカバーするには十分すぎる数だ。
 その中の四つのコードを持った『個人』が、私の作った家で生活を送ることになる。
 歴史を紐解けば、人は安全で快適な塒を求めて、自然にできた洞穴や木々の下から這い出して、家を作り始めたことが起源なのだろう。
 その時代ごとに機能性が追求され、様々な技術が導入されてきた。
 私が作るこの家も、人工島で開発された技術が盛り込まれることになるだろう。
 人工島は海上に単独で浮かぶ、周囲の国から孤立した存在であるため、インフラに頼らない生活を理想とするインフラフリーの概念が底に敷かれている。
 これは月面基地や衛星軌道の基地などでの研究技術が導入されたもので、資源の有効利用と循環する社会環境を基軸としたものとなっている。事故や災害などでインフラに頼った都市などが孤立してしまうことを教訓にされているものとアニリール・セルカンの文献には書かれていた。
 幸い、人工島は月面などと異なり、太陽の光と、月面から送られてくるマイクロウェーブによる電力供給源、そして貴重な水源となる海だけは豊富にある。
 そこから得られるものは得て、それ以外の貴重な資源を循環させることで最低限度の消費を目指す生活スタイルを、住人に感じさせることなく住居全体でカバーする。
 それがこの島の住居に求められるものだった。
 私にとってはじめて任された設計業務。
家とは、『個人』が集い『家族』となる瞬間を演出する。
 私の恩師が常々口にする言葉だった。
 しかし。
 家族を知らない私がそれを演出できるのだろうか。
「今、大丈夫か?」
 電通が飛び込んでくる。
 婚約者の啓介からだった。
「仕事中」
「わるい。今夜のパーティだけど、大丈夫だよな」
 そうだった。
啓介の顧客が開くホームパーティに招かれていることを私は忘れていた。ホームパーティとはいえ、アイランドに居を構える投資家の邸宅でのパーティだ。顔を揃える面子も人工島の議員や、企業の重役たちがほとんどであろう。
 穴をあけることは彼に恥をかかせることになる。
「……ごめん。急ぎの仕事が終わらなくて」
 結局、他人の面子を立てるより、自分を守る選択肢を選んでしまった。
 こうしたことが重なるたびに気持ちが離れていく。
 啓介は大切な人間だ。
 三十二年間の人生の中で、もっとも自分を曝け出した他人である。
 しかしまだ私は彼を私以外の他者と同じカテゴリーにいれてしまう。私を取り巻く世界は私とそれ以外。メタリアル・ネットワークの概念と同じだ。関連性を得たとしても、それは所詮リンクでしかない。データそのものではないのだ。
体を重ね合い、彼の体熱を感じることはあっても、物理的に融合するものでもない。
 物分りのいい返事がメタルの向こうから返ってきた。
 がんばれ。
 そんな励ましの思考と一緒に。
『家族』のための家。
 私に作れるのだろうか。

BACK NEXT