メタリアルのブルー 潜脳2

藤咲淳一

 彼に最初に会ったとき、彼だけが私に繋がることがなかった。
 彼にとって私は興味の対象のひとつでしかないのかもしれない。
 広大な情報の海の中に、彼を示す情報は星の数ほど存在していた。それほど多くの思考の中に、彼という存在は入り込んでいるのだった。
 だからこそ、私がもっとも会ってみたい存在でもあったのだ。
 私という存在が置かれている物理空間の海に対して、私という思考が置かれている論理空間の創造者として、彼を知りたい。
 私は彼と繋がりたい。
 人間でいえば体を合わせることで、互いの思考を交感しあう行為への欲求に近いものだろう。。
「ようやく会えた」
 陳腐な言葉だが、これが最大の賛辞として、彼なら受け取ってくれるだろう。
同じ答えを求める同士として。
 彼は、自らの存在を、自らの意思で肉体から切り離し、この論理の海とともにあることを望んだ。
 大胆だといえるだろう。
 私のような思考に由る存在は、肉体を持たないが故に、論理の海に身をゆだねることを厭うことはない。情報のリンクを辿れば、再構築が可能だからだ。
 実際はどうかわからない。
 不確定要素は存在するだろう。
 それもフラグのひとつでしかない。
 だが、複雑化したデータが完全再構築を達成できるかが重要なのではなく、論理的には可能であるという方程式の存在こそが重要なのだ。
 我々にとって。
 彼は既に人間であることを放棄したのだ。
 彼の作り出した論理的世界の言葉でいえば、ブレインダウンという現象なのだろう。
 意識乖離。意識流出。意識解放。
 幽体離脱という言葉を使う、前世代の人間たちもいた。
 脳内に残された思考と、論理空間に漂流した意識とを結ぶ細いリンクラインが切れれてしまえば、人間は人間ではなく、ただの有機的な記憶の器としての存在でしかなくなる。
 完全なブレインダウンは人間をそれに変えるための浄化行為だ。
 論理空間――、論理の海に漂う意識としての存在となった時点で、リンクラインは論理の海全てに答えを求めようとする。
 その答えは無限に存在する。
 そしてここには無限の広がりが存在する。
 そして意識は細り、海と一体化していくのだ。
 私は私という思考的存在を否定しない。
 この海に解を求める存在であることを否定しない。
 解を求める私があって、解の存在する海がある。
 それが私の存在意義なのだ。
 だが彼は違っていた。
 自らの求めるべき解に対し純粋すぎた。
 求めるべき解の存在を知ったとき、彼は人工島という巨大な物理脳を作り上げた。
 そして脳の中身を埋める論理脳として、メタリアル・ネットワークを作り上げたのだった。
 彼にとって、人工島やメタリアル・ネットワークがもたらす副次的な利益が目的ではなかったのだ。
 そこに生を営む人間の全てが、思考因子のひとつして存在し、入り混じるリンクラインが思考のネットワークを形成し、人工島を巨大な装置として、ただひとつの目的のために向かわせていた。
 すべてが解析装置でしかなかった。
 すべてのベクトルが海に向けられていた。
 そのベクトルの終点は海の奥に潜む解。
 
地球律。
 
 この存在を証明することにあったのだ。
 私が存在する海において、ある種のノイズとして、ともすれば排除されてしまいそうなノイズそのものこそが、その答えだったのかもしれない。
 そう。ノイズだ。
 私の論理的思考回路は、電気の流れによってその活動を持続させる。
 人間の脳は、血流によって。
 ならば地球律は――。
 ひとつの答えが現れる。
「あなたが求める答えがわかったわ。そして私になにを求めているのかも」
 彼が私に求めるもの。
 それはいつか来るであろう、探求者への道しるべとして、私をここに留めおくことにあった。
「私は同じ人と二度占いをしない主義なの。でも、あなたの頼みであるのなら、あの人には特別に占いの結果を教えてあげてもよくってよ」
 告げられる答えに対し、あの探求者、波留真理は迷うことなく向かうだろう。
 求めるベクトルの終点へと。
 暗く、静かな、論理空間の海で、ダイバーはただ深みを目指す。
 その先に待つ答えのために。
 なにがそうさせるのか。
 私は解を求めるために生まれてきた。
 幾多の会話の中から、数多くの知識を求めて、そしてその積み重ねの先にある解を得るために、検索された行き先の向かうままに命令を実行してきたのだ。
 彼と、波留真理は違っていた。
 義務でもななく、命令でもなく。
 知的好奇心。
 それが、なにか、知りたい。
 生物が生態の中で会得した、進化のベクトル。その始点にあるものが、好奇心なのだ。
 あれは食べられるのか。
 生物的欲求が進化を促し、進化に伴う生存競争から種を守るために抜け出す起爆剤として、好奇心という火薬があったのだ。
 人は進化する。
 好奇心の果てに。
 ならば彼は好奇心の先にある地球律を捉え、どこへ向かうというのだろう。
 私はそこに向かう彼の背中を見送ることしかできない。
 なぜならば、私には案内人としてすべきことが残されているからだ。
 私はエライザ。
 エライザ=ワイゼンバウム。
 海の底で、探求者の訪れを待つ、案内人である。

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