2012年7月15日放送
漁業の活性化?資源の管理?天然ウナギの将来は?
東京神田で65年続く老舗のうなぎ屋さんでは、去年暮れから今年3月末までに、一番安いうな重でも1000円値上げしました。するとお客さんは激減。いまは値段を戻して採算ギリギリでうな重を提供しています。うなぎ高騰の原因は、稚魚のシラスウナギが取れなくなったこと。10年前はたくさん取れていたシラスウナギが今では...「(漁師さん)取れない日は3匹とか。1匹取れればいい方でな。」この事態に悲鳴を上げているのはうなぎの養殖業者さん。10年前は、1キロあたり平均15万円のシラスウナギの価格が今年は、なんと250万円!あまりに高すぎて仕入れられなかったそうです。
かつては日本各地で取れていたという、うなぎ。そもそもどうしていなくなってしまったのでしょうか?うなぎ研究の世界的権威・東京大学の塚本勝巳教授を直撃しました。「不漁になった原因は3つ。1つは乱獲。それからもうひとつは河川環境の悪化。それから3番目が、海洋環境が変化したことによって、日本にやってくるシラスウナギが減ったこと。」うなぎは遠く、マリアナ沖で産卵。ふ化した幼生は北赤道海流に乗って西に向かい、黒潮とぶつかって日本近海にやってきます。ところが、近年、産卵場所の南下や海流の変化で、日本にたどり着けずに死んでしまうウナギが増えているというのです。
そうしたなか、うなぎの完全養殖の研究も進んでいます。三重県の水産総合研究センター増養殖研究所。ここの養殖チームのリーダー、田中秀樹さんは2年前、世界で初めて人工下でうなぎを卵から育てる完全養殖に成功、水産界では「ノーベル賞級の業績だ!」と称賛されました。しかし...、研究を始めた平成8年当時、うなぎの人工ふ化に関する研究費が約1億円で、その時までにできていたシラスウナギが10匹ほど。単純に計算すると1匹1000万円!?となりました。今では生存率も高まったとはいえ、1匹あたり、まだ10万円以上...。とても、手の届く値段ではありません。
小倉久寛さん(俳優)
僕、ちょっと山の中で育ったんですけど、家の前の川でうなぎ取ってたんですよ。うなぎとか取るの大好きで...。取って、それで母親に料理してもらって、学校にはお弁当を持っていったんですけど、もう、その日の僕のお弁当は、うな重でしたよ。(笑)
うなぎの数は激減、価格は高騰...。そんな時、このピンチを救うかもしれない情報が!情報を聞きつけたのはNHKの敏腕記者、立岩陽一郎。司法記者として事件取材をしていたとき、一人の弁護士からこんな話を聞きました。「秋の雨の日に川を見てたら、うなぎが口を開けてパクパクしていた」その川というのが、大都市・大阪の真ん中を流れる、淀川だというのです!うなぎは、日本で食べられている99%以上が養殖ものだと言われています。淀川に天然のうなぎがいた?長年の勘から、何かが引っかかったという立岩記者。とりあえず取材を開始することにしました。
立岩記者、大阪の伝統食材に詳しい笹井良隆さん(NPO浪速魚菜の会)を訪ねました。「昔は淀川もうなぎ漁が非常に盛んであったと聞いてます。」と笹井さん。これはますます期待がかかる"淀川うなぎ"。笹井さんと立岩記者は現場(淀川)に向かいました。この川で45年間漁をしている松浦萬治さんに協力してもらうと...「あ、おったわ。」「おお!よう肥えてますやん。」「大きい大きい!おお~」うなぎがとれるわ、とれるわ。結局、この日は午前中だけで何と200匹も取れました。見たこともない大量のうなぎに興奮する男たち。このうなぎ、価格安定の救世主となるのでしょうか?
突如として見つかった淀川のうなぎ。低迷する大阪経済にとって、またとないチャンスです。笹井さんは、まず大阪市漁業協同組合に、「淀川うなぎをブランド化しないか」と持ちかけました。漁協も、まんざらでもないようすです。次に笹井さんが話を持ちかけたのは、大阪商工会議所。大阪の企業を取りまとめる商工会議所の協力を得られれば、淀川うなぎのブランド化に大きく弾みが付きます。そのためには、財界に影響力を持つ重鎮たちを説得しなければならない...緊張した面持ちで説明にのぞむ笹井さん。重鎮たちの手応えは上々でした。そして最終判断は、商工会議所のトップがうなぎを試食して決めることに。
その前に、ひとつの宿題...そう、「うなぎの安全性」を確かめなくてはなりません。淀川は高度経済成長の時代、生活排水だけでなく工場の廃液まで流れ込み、深刻な社会問題を引き起こしていました。そんな淀川でとれたうなぎを本当に食べても大丈夫なのか?早速うなぎを検査機関に持ち込み、調べてもらうことにしました。調べるのは、水銀などの重金属をはじめとする有害物質です。「きれいになった淀川のシンボルとして、この天然うなぎを売り出したい」...しかし、基準値を超える有害物質が見つかれば、ブランド化の夢は水の泡と消えてしまいます。さて検査結果は...?送られてきたファックス... 結果は"合格"でした。「OK!」「やりましたね!」ホッと緊張がほぐれた笹井さんたちです。
そして迎えた商工会議所トップによる淀川うなぎ試食の日。これまで数えきれないくらい養殖うなぎをさばいてきた板前さんも「 ごついな、やっぱり。全然違う。」と、淀川天然うなぎのイキの良さに少しばかり勝手が違うご様子。いよいよ、大阪商工会議所のトップ、佐藤茂雄会頭が試食に訪れました。大手私鉄の元社長で現・相談役、関西財界を代表する食通です。特にうなぎの味にはうるさいとの前評判。はたして、淀川天然うなぎは、食通・佐藤会頭をうならせることが出来るのか? 「うん、こっち(天然)のほうが柔らかくておいしいわ。うまいわ。」試食会は大成功!ブランド化に向け、大きな一歩を踏み出しました。
...と思ったら、この後まさかの、大・どんでん返しがっ!6月、うなぎの養殖業者を中心に、全国の料理店や流通業者も参加する国内最大の業界団体、日本鰻協会が、淀川うなぎ・ブランド化を揺るがす、ひとつの方針を打ち出したのです。うなぎの養殖に欠かせないシラスウナギの激減を受け、その親となる天然うなぎを取らないよう、各方面に働きかけようというのです。天然うなぎ保護に向けた業界団体の動きは、まもなく笹井さんたちの知るところとなりました。シラスウナギの漁は続けながら、成長したうなぎだけ取るなということに、納得がいかない笹井さんたち...。互いに利害が入り乱れるうなぎの世界。一体、どうなっちゃうの?
"淀川うなぎのブランド化"をめざす笹井さんと漁協の人たちは、山へ柴刈りにやってきました。かつて淀川で行われていた伝統漁法、"しきび漁"を行う準備です。しきび漁とは、柴を川の中へ沈めて、木のすき間に隠れる習性のあるうなぎを引き上げて獲る伝統の漁法です。たくさんは取れないこの漁法は、乱獲防止につながると考えました。貴重な資源と長くつきあっていきたい...。そんな思いをのせ行われた30年ぶりの"しきび漁"、最初の獲物は?主役のうなぎはまったく顔を出さず、エビと小魚だけの収穫となりました。「最近は、淀川はきれいになったんですけども"資源を守っていきたい"という思いもあります。(笹井さん)」淀川うなぎ、ブランド化へのゆくえは、いかに?
立岩陽一郎(NHK国際放送局 記者)
淀川うなぎをブランド化するというのは、たくさんとって安く出すことを考えてるわけではなくて、少量をとって高値で売ることで、"大阪の漁業を活性化したい"ということなんです。淀川というのは、ひじょうに多くの魚介類があって、いろんな食材があるんで、そういうもの全体に注目をしていただいて、"うなぎ"っていう非常に人気のある食材を表に出すことで、『淀川きれいになって、なおかついい食材がありますよ』っていうことを言いたいという、そういう思いなんです。
有路昌彦さん(近畿大学准教授)
うなぎはいま、絶滅寸前というところでして。まあ、かつていた量が100パーセントとすると、もう10パーセント切って5パーセントとか3パーセントぐらいしかいません。だからシラスウナギを捕るのはいけない、親は親で残さんと、っていう感じですよね。日本人が世界の8割以上のうなぎ食べちゃってますから。ただ、1ついいことをあげると、淀川であれだけうなぎが捕れるっていうことは、"あんまり捕ってなかったから"なんですね。だから成魚として残っている。...ということは、これからうなぎの資源を増やしていこうとする時のサンクチュアリとして、ここにいらっしゃる方々、漁協の方々が、何らかの手法でお金もらいながら、うなぎという資源を管理する立場に立つのは、ひじょうに大きい意味があると思います。