史上最大の金融詐欺、LIBORを操作した「嘘のライセンス」
1月31日(ブルームバーグ):ロンドンのリバプール・ストリート駅を見下ろすロイヤル・バンク・オブ・スコットランド・グループ(RBS )のトレーディングフロア。この外れにあるデスクでポール・ホワイト氏は毎朝、コンピューターに一連の数字を打ち込む。
1984年にRBSに加わった同氏は、ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)を設定するために金利を申告する担当者の1人だ。ブルームバーグ・マーケッツ誌3月号が報じた。
LIBORは住宅ローンから学資ローン、金利スワップまで世界で300兆ドル(約2京7350兆円)の金融取引の基になる指標金利だ。ホワイト氏の後ろには2002年から同行に勤務しているデリバティブ(金融派生商品)トレーダーのニール・ダンジガー氏が座っている。
08年3月27日の朝、ダンジガー氏は東京の上司、タン・チ・ミン氏から、翌日申告する円建て金利の数字を必ず前日より高くするよう指示を受けた。「高い数字を出さなくてはならない。できれば一番高くしたい」とタン氏がインスタントメッセージで指示していたことが、シンガポールの裁判所が公開した文書から分かった。
ブルームバーグ・ニュースはこの文書について報じたが、その後RBSの要請によって文書は非公開とされた。
ボーナス吊り上げいつもなら、ダンジガー氏は椅子を回転させてホワイト氏の肩をたたき、この指令を伝えるところだったと、フロアで勤務していた複数の同僚が話す。しかし、この日はホワイト氏が不在だったため、ダンジガー氏が自ら金利を入力した。LIBORの水準によって利益が上下するデリバティブトレーダーが金利を申告することを禁じる規則は、RBSにも他の銀行にもなかった。この構造的な不備を一部のトレーダーは、自身のボーナスを吊り上げるために悪用した。
RBSは翌朝、3カ月物円建てLIBORの金利を前日の0.94%よりも高い0.97%と申告した。対象16行で金利上昇を報告したのはRBSだけだったが、RBSの数字によってその日のLIBORは0.002ポイント高くなった。500億ドルの金利スワップポートフォリオで最大25万ドルの利益が出る差だ。
ビショップスゲート警察署や267年の歴史があるパブ「ダーティ・ディックス」と通りを挟んで向かい合うRBSのトレーディングフロアで起きていた数々の出来事が、銀行業界の歴史の中で最大かつ最も長く続いていた不祥事の中心として浮かび上がってきた。金融機関が住宅ローンの不良債権を売りさばき、ヘッジファンド運用者がインサイダー情報に基づいて取引し、銀行が麻薬組織のためにマネーロンダリング(資金洗浄)に手を染める言わば「金融欺瞞」の時代にあってすら、LIBOR操作はその広がりとやり方の大胆さにおいて際立っている。
ある程度の道徳観1994年から98年までバークレイズ の最高経営責任者(CEO)を務めたマーティン・テーラー氏は、「自分の組織の収入を押し上げるためならほぼ何をやっても合法的と見なされていたようだ」として、「市場は恥ずかしげもなく不正直な行為をしていた。金融市場にかかわる人間を聖人だと思ったことはないが、ある程度の道徳感はありそうなものだ」とあきれる。
LIBORの水準は住宅ローン金利や貯蓄預金の金利、社債投資リターンなどを左右する。これを操作したことで銀行は今、検察から訴追され監督当局から制裁を科され、世界中で訴訟を起こされるなどと、悪事の代償を支払わされつつある。
ドイツ銀行やUBS、バークレイズ、RBSなどの銀行のトレーダーらは何年にもわたって、金利申告担当の同僚や他行員らと共謀し、マネーの値段とも言うべき指標金利を動かしてきたことが、ブルームバーグが入手した文書や現・元トレーダーら、弁護士、監督当局者ら20人余りとのインタビューで明らかになった。UBSのトレーダーは他行の申告金利を動かすために仲介人に贈賄までしていたことを、当局の資料が示している。
史上最大の金融詐欺トレーダーらは同じ勤め先で働いていたり、インターディーラー・ブローカーが主催するフランスのシャモニーやモナコ・グランプリへの旅行で知り合うなどして、親密なグループを作った。金利操作は銀行の監督責任者がシステムの瑕疵(かし)に気付いた後も、何年も続いていた。
経済協力開発機構(OECD)事務総長の特別顧問、エードリアン・ブランデルウィグノール氏は「影響を受けた金額の大きさは永久に判明ないだろうが、史上最大の金融詐欺であることは確かだ。LIBORは事実上あらゆるデリバティブの計算の基になっている」と語った。
最初に警鐘が鳴らされてから5年以上たって、ようやく監督当局と検察が動き始めた。UBSは米・英・スイスの当局から合わせて過去最高の15億ドルの制裁金を科され、バークレイズは2億9000万ポンドを支払った。バークレイズではロバート・ダイアモンドCEO(当時)を含む3人の最高幹部が辞任した。
重い腰の当局監督当局は遅くても07年8月の時点で、一部の銀行が財務の健全性をアピールするために意図的に低い金利を申告していることを知っていた。ニューヨーク連銀が公表した文書によれば、同月にバークレイズのロンドン在勤行員はニューヨーク連銀に、他の銀行が申告した金利について電子メールで問い合わせた。その9カ月後、バークレイズの投資銀行部門で資産配分責任者を務めていたティム・ボンド氏が公然と、LIBORは「現実と掛け離れている」と発言。ブルームバーグテレビジョンの番組で、財務が圧迫されているとの印象を避けるために実際と異なる金利を申告することが日常化していると暴露した。
ニューヨーク連銀とイングランド銀行(英中央銀行)は、その当時行動を起こさなかったのはLIBORの監督が両行の責任範囲内ではなかったからだと説明している。監督責任は1986年にLIBORを創設した英国銀行協会(BBA)にあり、同協会は08年以降、複数の中銀当局者からLIBORの設定方法を変更するよう勧告を受けたが、対応には至らなかった。さらに、当局は当時、大恐慌以降で最悪の金融危機への対応に追われていた。銀行に金利を正直に申告させれば高い金利を払わされている実態が露見し、さらに信頼が揺らぐことも心配だった。
正直であることが前提LIBORは銀行が申告した金利を基に、10通貨で翌日物から1年物までのさまざまな期間について設定される。申告された金利に基づいて設定され、その日のLIBORとして正午前に公表される。申告金利は実際に貸し借りした金利ではなく見込みであるため、銀行が正直に申告することが前提になる。ところが、ブルームバーグ・ニュースが入手した文書やメッセージの写しによると、デリバティブトレーダーらが自行や他行の金利申告者に影響力を行使したばかりか、時には上司までそれを黙認していた。
元当局者の中には、この詐欺の規模の大きさに驚かされたという者もいる。87-06年まで米連邦準備制度理事会(FRB)議長を務めたアラン・グリーンスパン氏は、「私の全経験を通じて、銀行監督当局に対して故意に虚偽の事実を伝えるバンカーがいると考えたことは一度もなかった」と言う。「信義にかけて正確に報告する義務がある。些末なことは別にして、故意に不正確な報告がされることがあり得るなどとは夢にも思わなかった。私は間違っていた」と同氏は話した。
記事に関する記者への問い合わせ先:ロンドン Liam Vaughan lvaughan6@bloomberg.net;ロンドン Gavin Finch gfinch@bloomberg.net
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更新日時: 2013/02/01 08:01 JST