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つながれる日々
作者:麻乃あぐり
二十代の前半、廃人と形容できるくらい無駄な時間を過ごしていた頃があった。

独りでたらたらと流れるテレビを朝から晩まで観ていた。
ただ漠然と観ていた。観ていただけだった。
情報は看過し、言葉ではなく音としてただそれを捉えていた。

ある日、孤独と孤立という音がテレビから発せられ、
それは言葉として僕にとどいた。
ある作詞家の人が孤立と孤独の違いについて説明していた。
僕は頭が悪いからその両方の概念的な異なりがどこにあるのか分からなかったし、
そんなことを考えることができないほどに独りぼっちだった。
独りに関するその作詞家の説法に、スタジオにいる多くの聴衆が耳を傾け、時に微笑み、
一通りの教えが終わると拍手が起こった。
その一連をテレビ越しに観る僕はやはり独りだった。泣けてきた。

このままじゃまずいなと思い立ち、夕方気温が下がり過ごしやすくなった頃に
無理やり勢いをつけて近くの商店街に足を向ける。独りでもお腹は空くらしかった。
週に二回ほどの頻度で商店街のはずれに在るコンビニに行ってレトルト食品を買う。
コンビニというのは従業員の礼儀作法が行き届いており、
どこにいっても無機質な、感情の起伏が少ない接客をしてくれる。すごく楽だ。
覇気のない「ありがとうございました」が頗る気持ち良い。
人情の残る昔ながらのお店では世間話が始まってしまって、
コミュニケーション能力が著しく低い自分には対処法が見つからず、右往左往してしまう。
口籠り、視線を合わせられず、ひたすらに「はい、はい」としか言えない。すごく嫌だ。

その日も目的のコンビニを目指し、商店街を往く人の流れに身を任せていた。
ゆるやかに流れる人混みに乗ると自然と猫背になり、自らの足元ばかり注視するようになる。

「こんにちは! いらっしゃいませ!」
とても元気で耳にとどく感覚が心地良い声がして、僕はその方向に顔を向けた。
昔からある八百屋に、見慣れない若い女性がいた。綺麗な人だった。
その人と目があった。ハッとして目を逸らそうとする、その思考が神経に伝わりきる前に、
彼女はふっと笑って「お買い物ですか? 夕方になると過ごしやすくなりましたね」と言った。
やはり瑞々しくて張りのある魅力的な声だった。

わずかの間声の響きに気を取られ、彼女の言葉に対する返しを忘れていた。
何か言わないといけないと思うと心の中で大きく何かが動いた気がした。
「あの…え、いや…そうですね。冬まではいかないかもしれませんね」
我ながら訳のわからない返答をしてしまった。しまったと思った。
自分で自分のことを可哀想と思い、ヒシヒシと哀しさを感じながらそこから立ち去ろうとした。
彼女は笑いながらその魅惑的な声で
「冬にはまだ早いですよね。秋より冬の方が好きなんですか」と尋ねてきた。
僕は無我夢中で「冬の方が好きです。秋は中途半端な気がして」と言った。
彼女は相変わらず笑っていて、その後少しだけ会話をして、梨を買った。

三日後の八百屋にも彼女がいた。彼女と一言二言言葉を交わした。梨とキャベツを買った。
それから二日後も彼女が切り盛りをしていた。ちょっとだけ会話をし、僕は金柑を買った。

彼女と話していると救われる気がした。この世界にいてもいいんだと思えた。
彼女に救われながら一日一日をつなぎ合わせ、気がつけば木枯らしが街を走る頃になっていた。


素晴らしい日はいつまで続く
なんだか 怖くなってきたんだ B'z『甘く優しい微熱』

希望の発生を感じつつも、このやり取りが途絶えるかもしれない「明日」を恐れてしまう。
彼女の言葉が途切れないことを切に願った。懸命に願って冬を越した。
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