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機種変更
作者:麻乃あぐり
浮世のスピードは驚くほど早い。
目まぐるしく動くその中に自分はいて、
際限ある人生の、残りどれだけあるか分からない人生のうちの
「一日」を消費していることを痛感しつつも、僕は「今」で立ち止まっている。
携帯電話を折りたたみ式の古いものから最新のスマートフォンに変えた。
フリック入力が思いの外面白く、
最初は意味もなくタッチパネルの上に親指を置いては何度も滑らせた。
不意にひとつのアプリに指先が当たって開いた。それは電話帳だった。


「その人」の名前は「あ」で始まるから、
電話帳を開けると必ずその人の名前が目に入る。

その人とは大学生の時に出会った。
彼女は器量が良く利発で、僕とはどう転んでも釣り合わない。
高嶺の花の彼女には案の定お似合いの彼氏がいて、
僕と彼女との関係は友達として始まった。

同じ学年、同じサークル、同じゼミ。加えて同じ学生寮。
僕らの縁は四季が巡る度に深みを増し、
気がつくと友達から親友へと関係は変遷していた。

彼女がくれる言葉は知性に富み、だから会話はとても楽しく、
八重歯が覗く彼女の笑顔は何にも代えがたいものだった。
それらを打ち壊すことを僕は嫌い、
端から彼女に対して「色恋」を持ち出すことはなかった。

彼女は人間的にとても魅力的だった。
だから彼女と出会った大学一年から大阪駅で別れる四年までの
大学生活4年間、僕は懸命に当時を歩き、時に走れていた。

彼女は大学卒業と同時に故郷に帰った。
現実的で物理的な距離が僕らを疎遠にし、
何の音沙汰も無く約三年の歳月が過ぎた。


面白くも不慣れなフリック入力が悪戯をして、
彼女の番号に発信がかかった。
慌ててすぐにタッチパネルに現れた「通話終了」を何遍も押した。
彼女は電話には出なかったが、僕の携帯にはその発信履歴が残った。拍動が高まる。
何かを期待してしばらく携帯を注視したが何も起こらなかった。
心にもどかしさが押し寄せる。どうしてだろうという問いに気付かないフリをして、
万年床に身を投げ出し、睡魔が襲いかかってくれることに期待して目を閉じた。

遮光カーテンが重なるわずかな間から部屋に差し込む月光。
僕は浅い眠りから目を覚まし、天井をぼーっとみた。
月の柔らかで一定の光とは違う、点いたり消えたりする律動的な光が天井の隅にあった。

身体を起こしテーブルに目をやると、携帯が点滅を繰り返している。

「もしもーし。久しぶりやね。懐かしいわー。どしたん、急に?また電話ちょうだいなー」
留守電に入っていたのは、懐かしい相沢の声だった。


どれだけ離れ 顔が見えなくても 互いに忘れないのは
必要とし 必要とされていること それがすべて 他には何もない B'z『Calling』

僕は彼女を忘れていない。
彼女も僕を覚えていてくれた。
ただそれだけの事実がたまらなく嬉しかった。
またこれからを歩けそうな気がした。
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