キャスター・アナウンサー BLOG

大越健介の現代をみる

「企業戦士」たちの死

2013年01月23日 (水)

「企業戦士」。安倍総理大臣はこの人質となった人たちをこう形容した。その例えは間違っていないと思う。だが、ぼくは番組で自分がその言葉を使うことは躊躇してきた。戦士、という言葉に漂うかすかな違和感とでもいうのだろうか。

アルジェリアの南部、サハラ砂漠の天然ガスプラントで起きたイスラム過激派による人質事件は、確認出来ただけで、プラント建設大手日揮の社員ら日本人7人を含む20人以上の外国人が犠牲になった(22日現在)。テロリストとの交渉は断固拒否するという方針を貫くアルジェリア政府が、容赦ない過激派のせん滅作戦に踏み切ったことで、多くの人質たちがその巻き添えとなった。

日本人7人の死亡が確認されたその日、菅官房長官は、日揮側との協議の結果として犠牲者たちの氏名を公表しなかった。だが私たちは、取材の結果、氏名が明らかになった犠牲者のうち、2人を実名で報道した。家族の了解のもと、その証言とともに、犠牲となった人の人となりや仕事に向き合った姿勢を伝えるためだ。

余計なことを、と思う人もいるかもしれない。亡くなった人とその家族のプライバシーを侵害し、取材ラッシュによる第二の苦しみを強いるつもりかと。しかし、ぼくは自分たちの報道が間違っているとは思わない。亡くなった人にはその人なりの言い分があると考えるからだ。そして、その人がもはや声を発することができなくなった以上、家族に彼の思いや、残していったものを語ってもらうのは、決して間違っていないと信じている。

匿名か実名か。もちろんどちらが完全に善で、どちらが完全に悪という話ではない。すべてはケースバイケース、ということになる。

ぼくたち記者は、この問題に否応なく向き合って来た。岡山で事件を担当していた新人の頃、大きなニュースとなった詐欺事件の初公判を取材した時のことだ。検察の冒頭陳述が終わり、裁判所を出ようとすると、被告の妻と思しき女性から腕をつかまれた。
「逮捕の時だって、起訴の時だって、散々ニュースになったじゃないですか。もうこれ以上、あの人を出すのをやめてください」。
ぼくは黙ってその女性の顔を見つめるしかなかった。結局、デスクと相談の上、この初公判のニュースも実名で放送した。その判断が100点満点だったと言い切る自信はない。しかし、事件の悪質さや、社会的な影響の大きさを考えた場合、その核心である人物のディテイル(詳細)を、安易に「ぼかす」ことはすべきでないと思うのだ。

今度の人質事件の場合はどうか。亡くなった人たちに責められるところはない。むしろ、仕事への情熱と責任感を持って過酷な地に赴任した人たちであり、家族の中には、その誇らしい足跡や、遠い異国で散った無念を知って欲しいと思う人もいるはずだ。であればなおのこと、私たちは家族の同意を得て、実名で報道する努力を怠るべきではない。

アメリカでは、対テロ戦争で今に至るまで多くの兵士たちが命を落としてきた。その都度、政府は速やかにその人の名前と顔写真、亡くなった状況を公表し、追悼の言葉を捧げる。今回、亡くなった人質たちは、武器をとって戦う人たちではない。だが、総理自らが「企業戦士」という言葉を使うほど、その貢献に命がけの重みを見出すのなら、やはり彼らの死は原則として実名で公表されるべきだろう。テロの理不尽さを知り、犠牲者の無念にできるだけ近づこうとするのならなおのことだ。真実はディテールにこそ宿るのである。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:18:05
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