2010年1月12日15時33分
中国の振り込め詐欺組織に使われていた日本人の男。「こうして毎日、中国から日本に電話をしていた。二度と中国に行きたくない」と話す=2009年11月、緒方写す
中国から昨年10月に帰国した日本人の男は、東日本の自宅にいても気が休まらない。「組織」の追跡と報復におびえている。
男は9月に渡った中国のある町で、振り込め詐欺に加担した。民家の一室にこもり、朝から夕方まで携帯電話で日本と通話を続けた。初日に70歳代の日本人女性から200万円をだまし取った。
2004年には約284億円がだまし取られ、社会問題になった振り込め詐欺はいまも被害がやまない。09年は11月までに88億円が詐取された。だます側は手口を変えて金をむさぼる。中国に構えた本拠に日本人を集め、さらに在日華人を操る組織が現れた。男はそんな組織のひとつに雇われた。
■月20万円条件
「簡単なアルバイトがある。中国での振り込め詐欺だ」。誘ったのは土木作業の仕事仲間だ。犯罪へのためらいはあったが、「だませなくても月20万円支給」の条件にひかれ、知人4人と乗った。初老に差し掛かった身には楽な仕事に思えた。
日本の空港で別の日本人グループ5人と出会った。行き先と目的は同じだ。10人は、中国の空港に迎えに来ていた車に乗せられ、約2時間で変哲のない民家に着いた。
「ボス」と呼ばれる中国人が男たちに告げた。「おれたちは台湾と韓国で振り込め詐欺をやってもうけた。これからは金持ちの日本人を狙う」。中国人の日本語では相手に怪しまれる、とも言った。「世話役」の中国人が仕事内容を説明した。
「機械班」がパソコンを操作して日本に電話をし、日本語の録音メッセージを流す。日本の電話会社を名乗るそのメッセージは「電話料金の滞納がある」とし、問い合わせ先として携帯電話の番号を伝える。折り返しかかってきた電話に応対せよ。やり取りはマニュアルに従え。そう命じられた。日本人には電話会社の社員や警察官などの役が割り振られ、男は警察官役を務めた。
機械班が1日にかける電話約500件のうち折り返しは約30件で、詐取に至るのは1、2件という。反省会が毎日開かれ、ボスに「ほかのグループはもっと稼いでいるぞ」と責められた。中国から電話する理由を「日本では発信元がばれる。ここでは電話会社も取り込んでいるから心配はない」と説明された。
初めて詐取した200万円の男の取り分は2万円だった。ボスや日本の暴力団組員、日本で引き出す在日華人らがごっそり取る。「組員には中国から電話をかける日本人集めを任せている」と聞かされた。
待遇も最初の話とは違っていた。「寝泊まりはホテルの個室、3食レストラン」のはずが、民家の6畳ほどの部屋に数人押し込められ、即席めんが主食になった。
■すき見て脱走
3週間を過ぎたころ、日本人同士で「だまされたのはこちらだ。帰ろう」と話し合った。これ以上同胞をだますのも耐えられない。だが大柄な中国人に行動を監視され、ボスからは「ここのことがばれたら密告者を突き止める」と脅され、脱走に踏み切れずにいた。それでも男はある日、すきを見て逃げた。
「日本で詐取金を引き出す中国人が少額でも横領したら中国にいる家族が組織に殺される。裏切りは許されない」と内情を知る中国人は話す。男は、中国に残してきた仲間の安否も心配だ。
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遠く中国にある犯罪組織が、一部の在日華人や日本人を取り込んで被害を広げる。第9部「続・犯罪底流」は、犯罪の新しいうねりや、止まらない就・留学生の犯行を追った。(編集委員・緒方健二)