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平成24年3月12日

国立大学法人 東京大学

独立行政法人 科学技術振興機構

飲食物由来の放射性ヨウ素およびセシウムによる
東京都民への曝露量と発がんリスクの推定

東京大学 生産技術研究所の沖 大幹 教授と東京大学 総括プロジェクト機構 「水の知」(サントリー)総括寄付講座の村上 道夫 特任講師の研究チームは、 地域別・日別、飲食物グループ別の放射性物質濃度、各地域から東京への飲食物の入荷量、各飲食物の平均摂取量から、都民への飲食物由来の放射性ヨウ素および放射性セシウムの曝露量を算出した。東日本大震災に伴い、福島原子力発電所から放射性物質が放出され、飲食物由来の放射性物質の曝露に伴う健康影響が懸念されている。本研究により、東京都民への放射性物質の曝露量を飲食物の種類別に経時的に定量化することができた。その上で、出荷制限および東京都による乳児へのボトル飲料水配布といった対策による曝露量の削減効果を推定した。さらに、飲食物由来の放射性物質の摂取に伴う発がんリスク注1)の推定を行い、その他の環境汚染物質、自然由来の放射性物質の曝露に伴うリスクや事故や病気による年間死亡者数と比較することで、リスクを分かりやすく提示することができた。

<研究の背景>

東日本大震災に伴い、福島原子力発電所から放射性物質が放出され、飲食物由来の放射性物質の曝露に伴う健康影響が懸念されている。放射性物質の外部被曝がモニタリングによって比較的容易に評価できるのに対し、飲食物の摂取といった内部被曝量の測定には困難が伴う。厚労省による日本国民への飲食物由来の放射性物質の曝露量推定もあるが、飲食物由来の曝露量は地域によって大きく異なると考えられ、地域別に評価する必要がある。陰膳方式によってある特定の時期における飲食物中の放射性物質の曝露量評価を行った研究例があるものの、原発事故直後からの総曝露量や曝露量の経時変化についての評価は行われていない。また、飲食物の種類別の曝露量に関しても不明である。さらには、食品の出荷制限および東京都による乳児へのボトル飲料水配布といった対策による曝露量の削減効果や、飲食物由来の放射性物質の摂取に伴う発がんリスクを推定した報告例はない。

<研究成果の詳細>

本研究では、厚生労働省や東京都健康安全研究センターによって公表された食品や水道水中の放射性物質濃度を、地域別・日別・飲食物グループ別に分類し、各地域から東京への飲食物の入荷量、年齢別の各飲食物の平均摂取量と線量係数を考慮することで、東京都民への飲食物由来の放射性ヨウ素131および放射性セシウム134+137の平均曝露量を見積もった。飲食物中の放射性ヨウ素濃度のデータは2011年7月まで、放射性セシウム濃度のデータは2011年12月までのデータを用い、さらなる事故の発生などが起きずに、現状が続くと仮定することで、出荷制限が開始された2011年3月21日から2012年3月20日までの曝露量を計算した。その上で、食品の出荷制限や東京都による乳児用ボトル水の配布を考慮する場合と考慮しない場合について曝露量を算出することで、それらの対策による曝露量の削減効果を定量的に評価した。出荷制限の効果を考慮した場合には、出荷制限を実施している地域からの該当飲食物の摂取量を0と考えた。乳児用ボトル水配布の効果は、2011年3月24日と25日の乳児への水道水由来の放射性物質の曝露量を0と考えることで評価した。さらに、飲食物由来の放射性物質の摂取に伴う発がんリスクの推定を行い、その他の環境汚染物質や自然放射性物質の曝露に伴うリスクや事故や病気による死亡者数と比較した。放射性物質の曝露に伴う発がんリスクの算定には、原爆による発がんに関する疫学データに基づいた超過相対リスクモデルと日本人の平均生命表を用いて算出された年齢別の発がんリスク係数を用いた(乳児では0歳、幼児では5歳、成人では27歳における値を適用した)。低線量領域における曝露量と発がんリスクの間に直線的な関係があるかは不明確だが、ここでは曝露量と発がんリスクに直線的な関係がある(曝露した放射線量と発がんリスクは比例する)と仮定した。なお、国際放射線防護委員会(ICRP)では線量−線量率効果係数注2)を2、米国科学アカデミー研究審議会の電離放射線の生物学的影響に関する委員会(BEIR)の報告VIIでは1.5を採用しているが、本研究では低線量補正を行わなかった。

出荷制限や乳児用ボトル水配布といった対策がなかったと仮定した際の放射性ヨウ素の甲状腺等価線量注3)が成人で0.42mSv(実効線量注3)換算で17μSv)、幼児で1.49mSv(同60μSv)、乳児で2.08mSv(同83μSv)であったのに対し、対策によってそれぞれ成人で0.28mSv(同11μSv)、幼児で0.97mSv(同39μSv)、乳児で1.14mSv(同46μSv)まで減少し、対策によって33%−45%の低減効果があったと推定された。一方、対策がなかったと仮定した時の放射性セシウムの実効線量が成人で8.3μSv、幼児で3.4μSv、乳児で2.7μSvであったのに対し、対策の実施によってそれぞれ6.6μSv、2.8μSv、2.3μSvまで減少し、14%−21%の低減効果があったと推察された(それぞれ男女平均値)。対策を実施した際の放射性セシウムと放射性ヨウ素の合計実効線量は、成人で18μSv、幼児で42μSv、乳児で48μSvであり、対策による低減効果はそれぞれ29%、34%、44%であった(表1)。

これらの値を飲食物由来の自然放射性カリウム40の年間曝露量130−217μSvと比べると、数分の1から10分の1程度であった。なお、陰膳方式調査による12月の放射性セシウムの曝露量と、本研究で推定された同時期の放射性セシウムの曝露量の違いは2倍程度であり、よく一致した。

成人に対する各食品グループからの曝露量の寄与率を比較すると、放射性ヨウ素では水道水からの寄与が最も高かったのに対し、放射性セシウムでは野菜や魚介類からの曝露量の寄与が高かった。曝露量の経時変化をみると、放射性ヨウ素は2週間以内に総量の80%以上の曝露が生じたのに対し、放射性セシウムは継続的な曝露が見られた。放射性セシウムでは、水道水や野菜の摂取に伴う曝露量が初期に特徴的に大きかったのに対し、魚介類の摂取に伴う曝露は継続的に生じており、累積曝露量が徐々に増加する傾向が見られた。これは、膨大な飲食物ごとの放射性物質濃度データを処理したことによって、得られた結果である。

飲食物由来の放射性ヨウ素の発がんリスクは、成人にて3×10−6、幼児にて2×10−5、乳児にて3×10−5であり、放射性セシウムの発がんリスクは、成人、幼児、乳児にてそれぞれ3×10−6であった。事故後1年間の飲食物由来の放射性ヨウ素と放射性セシウムの生涯発がんリスクは、環境中のディーゼル車排出粒子や自然放射性カリウム40を1年間曝露することで生じる生涯発がんリスクよりも低く、ベンゼンを1年間曝露することで生じる生涯発がんリスクよりも高いレベルであった(表2)。

さらに、放射性ヨウ素の致死性発がんリスクは、成人にて2×10−7、幼児にて1×10−6、乳児にて2×10−6であり、放射性セシウムの致死性発がんリスクは、成人、幼児、乳児にてそれぞれ8×10−7であった。日本における交通事故による年間死亡者数の10万人中4.5人(4.5×10−5)と比べ、1けた以上小さかった(表3)。

<将来展望> 

本研究では、社会的関心の高い飲食物由来の放射性物質の発がんリスクを定量化し、その他の環境汚染物質、自然由来の放射性物質の曝露に伴うリスクや事故や病気による死亡者数と比較することで、リスクを分かりやすく提示することができた。今後は、東京だけでなく、他地域における放射性物質の曝露量とリスク推定を行う予定である。また、戦略的創造研究推進事業(CREST)の研究領域「持続可能な水利用を実現する革新的な技術とシステム」内の研究課題「安全で持続可能な水利用のための放射性物質移流拡散シミュレータの開発(代表:沖 大幹 教授)」で開発されるシミュレータと組み合わせることで、仮に事故が発生した時に生じた際の飲食物由来の放射性物質のリスクを事前に推計できるようになると期待できる。

<参考図>

表1
表1 2011年3月21日から2012年3月20日までの東京都民への飲食物由来の放射性ヨウ素および放射性セシウムの曝露量(μSv)
表2
表2 飲食物由来の放射性ヨウ素および放射性セシウム、他の環境汚染物質や自然放射性カリウムの発がんリスクの比較(いずれも1年間の曝露によって、一生涯のうちに起こりうる発がんリスク)
表3
表3 飲食物由来の放射性ヨウ素および放射性セシウムの致死性発がんリスクと日本における事故・病気などによる年間死亡者数の比較

<用語解説>

注1) 発がんリスク
発がん性物質を曝露することで、生じるがんの発生確率を指す。発がんリスク10−5とは、10万人に1人ががんを生じるレベルを意味する。本研究では、1年間の曝露によって、一生涯のうちに起こりうる発がんの確率を算出した。
注2) 線量−線量率効果係数
放射線を高線量率で短時間曝露した際の影響と、低線量率で長時間曝露した際の影響は、同線量でも影響が異なる。そこで、低線量・低線量率での発がんリスク係数(単位線量あたりの発がんリスク)を、高線量・高線量率での値に線量−線量率効果係数を乗ずることで求める手法がICRPなどで用いられている。ICRPでは、線量−線量率効果係数を2と設定しており、これは、低線量・低線量率の発がんリスク係数が、高線量・高線量率での値の2分の1であることを意味する。
注3) 甲状腺等価線量と実効線量
等価線量とは特定の組織・臓器への影響を表し、実効線量とは体全体への影響を表す。実効線量は、ある特定の組織・臓器の等価線量に、組織・臓器ごとの組織荷重係数を乗じ、各組織・臓器について足し合わせることで算出される。飲食物中の放射性物質に関する暫定規制値の根拠となった原子力安全委員会の指標値は、放射性ヨウ素に関しては事故後1年間の甲状腺等価線量が50mSv、放射性セシウム、ウラン、プルトニウムおよび超ウラン元素のアルファ核種については、事故後1年間の実効線量がそれぞれ5mSv以下となるように算定された(放射性セシウムの指標値は、放射性セシウムおよび放射性ストロンチウムの和として5mSv以下となるように算定)。甲状腺等価線量50mSvは、実効線量に換算すると2mSvに相当する。

<論文情報>

放射性ヨウ素に関する成果

Murakami, M., Oki, T. Estimation of thyroid doses and health risks resulting from the intake of radioactive iodine in foods and drinking water by the citizens of Tokyo after the Fukushima nuclear accident. Chemosphere (2012), doi:10.1016/j.chemosphere.2012.02.028

放射性セシウムに関する成果

村上 道夫、沖 大幹:飲食物由来の放射性物質による東京都民への曝露量および 発がんリスクの推定、第46回水環境学会年会講演集、2-D-10-4.(東京)

<お問い合わせ先>

村上 道夫
東京大学 総括プロジェクト機構 「水の知」(サントリー)総括寄付講座 特任講師 
Tel:03-5841-6263
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