時代の変化、メディアの変化はこわくない!
形を変え、中身を変え、しぶとく生きていくのが文学。
2012年8月、『さよならクリストファー・ロビン』で第48回谷崎潤一郎賞を受賞。AV業界を舞台に原発事故を語り、話題を呼んだエンターテインメント小説『恋する原発』、3.11以降のtwitterでの発言をまとめた『「あの日」からぼくが考えている「正しさ」について』、内田樹さんとの対談集『沈む日本を愛せますか?』シリーズなど、3.11以降も精力的に執筆活動を展開されている高橋源一郎さんに、著書のこと、二人の子供たちとの生活、大学での授業のことなど、じっくりお話を伺ってきました。
高橋 源一郎さんのマイページ
『さよならクリストファー・ロビン』そして子供達。
これは、ちょうど昨年の3.11東日本大震災をまたいで、震災前に前半の3作、後に後半の3作を執筆しました。テーマはどの作品にも共通している連作なのですが、テイストは震災の前後でずいぶんと変わりましたね。『クマのプーさん』に代表されるような物語の中の登場人物たち、つまり人間が作った虚構の存在や、死者たちに目を向けたお話です。
人間が作ったものだからといって、彼らに対して何をしてもいい、勝手に面白がったり、つまらないと言ったり、忘れたりするのは、いかがなものか?彼らのことをもう少し尊重したいという僕の中に前からあった想いを書きました。これは、神と人間の関係にも当てはまるのですが、自分が作ったものだから死のうが生きようが知らんという、そういう無責任な態度は、神様でも酷いと言いたい。(笑)
すでに書かれた物語の中の存在を使って、別のお話を作るという意味では、日本の昔話の登場人物たちを借用して、太宰治が自由に語った『お伽草紙』と同じなので、大きく方向性を変えた4作目の『お伽草紙』というタイトルは、そこから取りました。
書く前からまず、タイトルだけは決めていました。タイトルが決まると書けるんですよ。昔から、中身を考える前に決めてしまう。書かれるのを待っているタイトルのウェイティングリストがあるぐらい。(笑)
この本の中に出てくる、日常生活の中での子供とのやり取りは、実話も多いです。日々、子供の様子を観察するのってどんな本よりも面白い。白紙の状態から言葉を覚えていく過程をつぶさに見ていますからね。おのずと作品にも影響を受けていると思います。
子供って、徐々にではなくて突然、ボキャブラリーが増えるんです。大人の言葉を真似してまず使ってみて、反応を見ている。周りの人に受けると、間違っていても繰り返し使ったり。面白いので、嘘を教えたり間違いを指摘しないでいると、奥さんに怒られたりしますが。(笑)突然、「パパは、いつ死ぬの?」なんて聞かれたり、ドキッとしますね。僕たちが普段使っている、社会的偏見や日常の惰性にまみれた言葉に比べて、彼らの放つ言葉は非常にシャープです。人間の本能とか無意識に近いんだろうと思います。
山田詠美の作品のタイトルじゃないけれど〝晩年の子供〟を持つと(笑)、自分の命が減っていく分、子供達に命がいっているような感覚があります。そして、歳を経てからまた、子供を持ったことで、親が自分に向けてくれていたであろう想いなど、今まで気づかなかったことに気づけました。最近、両親に手を合わせて、彼らに対して態度が悪かったことを謝っていますよ。(笑)
未来のことも具体的に考えられるようになりました。自分はもうこの世にいないだろうけれど、自分の子供、そしてまだ生まれていないその子供、彼らのいる世界を少しでもよくするために、今、僕らがしてあげられることは何だろうということです。それは過去の人達が、僕達にしてくれたことでもあるんですよね。
- 髙橋源一郎
(たかはし げんいちろう) - 作家・文芸評論家・明治学院大学教授
1951年1月1日広島生まれ。『さようなら、ギャングたち』で、群像新人長編小説賞優秀作に選ばれ、デビュー。1988年、『優雅で感傷的な日本野球』で第1回三島由紀夫賞、2002年、『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞を受賞するなど、小説作品多数。2012年には、『さよならクリストファー・ロビン』にて谷崎潤一郎賞を受賞している。朝日新聞の「論壇時評」等文芸評論やエッセイの執筆、競馬評論など、活動の幅は多岐にわたっている。