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政治
【正論】帝京大学教授・志方俊之 邦人救出へ自衛隊法改正を急げ
アルジェリアの人質事件への対応は、007で有名な軍情報部第5班(旧称MI5)を持つ英国ですら手遅れだったのだから、わが国の国家的な情報、対応能力で何ができただろうか。アルジェリア政府が関係諸国と人質解放に関して何ら調整せず、直ちに武力制圧に踏み切ったことを平和な東京から非難しても始まらない。
≪邦人輸送に非現実的条件3つ≫
いまなすべきは、犠牲になった10人の日揮関係者が尊い命に代えてわれわれに残した教訓を分析して、国家と企業の国際的な危機管理能力を強化することだ。
今後、海外で邦人が危険に遭遇する機会はますます増える。危険地で個々に活動するジャーナリストやボランティアの場合も、多数の人々が働く進出企業の場合もある。ペルー大使館事件のように在外公館が襲撃されるケースや、地域全体が危険になり在外邦人全員を緊急に退避させなければならないケースなど多様である。
在外邦人の緊急退避で人数が少なければ、最寄りの在外公館や警察庁の「国際テロリズム緊急展開班(TRT-2)」が現地の救出活動に協力することもある。人数が多ければ、自衛隊を派遣して輸送(自衛隊法第84条3)させられることやその際の権限(同法第94条5)も規定されている。
だが、問題は現行法に大きな制約が課されていることだ。
第1に、外務大臣の依頼が必要であること、輸送の安全が確保されていること、自衛隊の受け入れに関わる当該国の同意を要すること、という3つの前提が満たされるときに限定されている。
外務大臣の依頼は当然だが、現地で輸送の安全が常に確保されているとは限らない。そもそも安全が確保されていないからこそ、邦人の緊急避難が必要になるのだ。当該国が混乱して自衛隊の受け入れに同意しない最悪の状況も考えておかなければならない。
「行動権限」も極めて非現実的な範囲に限られている。自衛隊の行動はあくまで「輸送」であって「救出」はできない。使用する輸送手段も輸送機(今回は政府専用機)、船などに限定され、陸上輸送は想定外となっている。
≪ついでに助けての小切手外交≫
輸送の安全が確保されているのは、緊急避難が極めて早期に発令されてまだ現地が安全な場合か、現地に危険があっても、当該国や他国の部隊が在外邦人を安全な空港や港湾まで輸送してくれる今回のような場合か、である。
邦人が輸送されて安全な空港や港湾に集まっているのなら、自衛隊の航空機や艦船が迎えに行くまでもなく、民間航空機か、チャーター機が迎えに行けばよい。今回は、迅速性を重視した政府の特別判断で政府専用機(航空自衛隊が管理・運航)が使われた。
多くの邦人が危難に直面する場合、邦人だけが大挙して緊急避難することはほとんどなく。多国籍の避難者多数がその場にいることが多い。そうした状況下では、避難者の多い関係国が、協働・調整・協力して救出活動や輸送活動をするのが国際常識である。
緊急避難すべき外国人の中で在外邦人がかなり多いと、現地の日本大使や領事、防衛駐在官は関係国の担当者と会談して、次のような交渉をすることになる。
「日本の国内法で、自衛隊は安全が確保された地域での海空の輸送に限った任務しかなく、救出に当たれない。申し訳ないが、貴国の避難者を救出するついでに日本人も救出して安全な所(空港や港湾)まで運んでいただきたい。経費と礼金は必ず支払う。そこから先の輸送は自衛隊が行う」。まるで「小切手外交」である。
≪国際非常識の武器使用権限≫
わが国特有の制約はもう一つある。現場での自衛隊の武器使用権限を極端に制限していることだ。輸送の安全が確保された場所で航空機や船舶を守るため、保護下に入った邦人などを航空機や船舶まで誘導する経路で襲撃された場合に限り、正当防衛・緊急避難としての武器使用が許される。
テロ集団と銃火を交え、自国民だけでなく日本人も救い出し安全な場所まで警護してくれた諸外国の避難者が、空港などの別の地点で襲撃されているのを見ても、自衛隊は自国の避難者と保護下に入った者を経路上で守るためにしか武器を使用できない。恩ある国の避難者を見殺しにして国際的な顰蹙(ひんしゅく)を買っても、である。
根底には、集団的自衛権の行使に関わる問題や憲法上の自衛隊の位置づけに関わる問題もあって、憲法改正には時間を要するが、第二、第三の人質事件はそれを待ってくれない可能性がある。
輸送の安全の確保を避難措置の要件としないこと、外国領内での陸上輸送も含めること、避難を妨害する行為の排除に必要な武器の使用を認めることである。そのための自衛隊法の一部改正は喫緊の課題だ。今回の人質事件は、それを悲痛な形で教えてくれた。
参院選などが理由となって、自衛隊法の改正が遅れることがあってはならない。国民の生命を守れない政治は政治ではない。(しかた としゆき)
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