体罰・指導:/3 人の命より「勝利」
毎日新聞 2013年01月27日 大阪朝刊
「子供は殴られて心が鍛えられる」。愛知県立高校の野球部2年だった山田恭平さん(当時16歳)が自殺した1カ月後の11年7月、初めて自宅を訪れたチームメートの保護者が口にしたのは弔意でなく、体罰をしていた顧問の男性教諭を擁護する言葉だった。「人が亡くなっても疑問に思わないなんて」。母優美子さん(43)は、勝利のために暴力を許す土壌が変わらないまま、悲劇が繰り返されていると感じる。
恭平さんは1年の終わりごろ、チームメートへの体罰を優美子さんに告白した。止められないことが苦痛で退部を繰り返し申し出たが、顧問らは「逃げているだけ」と突き放した。耐えきれずに練習を休みだし、6月上旬に顧問に呼び出される。自ら命を絶ったのは、その2日後だった。
顧問は部員を4グループに分けていたという。殴る▽暴言を吐く▽無視する▽何をしても怒らない−−で、恭平さんは暴言の対象だったと部員らは優美子さんに打ち明けた。練習を休む直前にも、「ユニホームを脱げ。消えろ」と怒鳴られていた。
孤立しがちな子にも快活に話しかける恭平さんの優しい心に、仲間への体罰は人一倍こたえたに違いない。暴力と恐怖による支配に追い詰められ、顧問の呼び出しが悲劇の引き金になったと優美子さんは考える。だが他の保護者たちは「あの顧問なら甲子園も夢じゃない」と、体罰のため謹慎を命じられた顧問の復帰を求め、約80人の部員と保護者全員が要望書に署名した。
事実解明もいまだに進まない。チームメートは優美子さんに、「何日に何発かがはっきりしないなら、殴られたなんて言うな」と学校で怒られたことを告白した。県教委の資料には、自殺の背景について「(恭平さんの)兄が高校の野球部をやめ、両親の期待が重荷だったのでは」との内容が記されていた。実際に兄が所属していたのは吹奏楽部で、野球部は見学すらしていない。