失意の時を経て、ひと回り大きくなる人もいるし、芸や信念に磨きがかかることもあろう。何によらず復活の舞台は感動的だ。その点、安倍首相の所信表明演説は思いのほか薄味だった▼理念より実務か、特段の高揚はない。わずかに、時代がかった言辞が目立つ程度だ。「病のために職を辞し、大きな政治的挫折を経験した人間」が、「国家国民のために再び我が身を捧げんとする決意の源は、深き憂国の念にあります」と▼20分弱の短さ、ヤジはなく、時おり拍手が起きる。衆院は3分の2以上が与党席だから、どこか党大会のよう。下野した民主党の消沈に思う。チェック能力は大丈夫か▼政権の色をより端的に語るのは、大枠が固まった予算案だろう。防衛費を11年ぶりに上積みし、自衛官も8年ぶりに増員する。尖閣の海空で続く中国の挑発への、これぞ「憂国の念」である▼頑張る人は報われる。この基本が揺らぐことへの「憂国」も大きいらしい。生活保護の支給額が、働く貧困層の消費支出より多いといった矛盾だ。勢い余って過去の物価下落分まで削る結果、特に子育て中の保護世帯には痛い減額となる。自助を促すというには、手荒すぎないか▼憂国首相にとって通常国会は、ご本人言うところの「過去の反省」を試す場となる。ここまでは経済対策を軸に安全運転で、株価も支持率も高い。夏の参院選までは世論をにらみ、車線の真ん中を行くつもりと思われる。さて、右端で待つ支持層がどこまで辛抱できるか。