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【社会】

鎌倉文士も舌鼓 うなぎ老舗閉店 惜しむ声続々…

2013年1月29日 11時05分

段葛が始まる二の鳥居わきに立つ浅羽屋=神奈川県鎌倉市で

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 作家の大佛次郎や川端康成、早乙女貢をはじめ、北大路魯山人ら文化人が通った神奈川県鎌倉市小町二の老舗のうなぎ料理店「浅羽屋」が、三十日で閉店し、六十三年間掲げたのれんを下ろす。鎌倉文化人に愛された居酒屋「長兵衛」に続いて消える名物店を惜しむ声が広がっている。

 鶴岡八幡宮から海に向かって延びる若宮大路に面して立つ浅羽屋は、戦後間もない一九五〇年に先代の故浅羽和彦さんが創業。段葛(だんかずら)入り口に立つ二の鳥居の脇にあることから、八幡宮の神職から「二の鳥居さん」と呼ばれていたという。

 早朝から生きたウナギを割いて準備する、本格的なうなぎ料理を提供し、宴会や結婚式の披露宴などにも利用された。生前、よく訪れた大佛は、店からほど近い自宅から歩いて通い、白焼きのウナギと酢の物を好んだという。

 映画監督の木下恵介や小津安二郎、俳優の田中絹代、笠智衆らも通った。小津は、出前もよく頼み、先代が愛用のバイクで、北鎌倉の自宅に料理を運んだエピソードも残っている。

 昨年秋には、直木賞作家の葉室麟さんが、出版編集者とともに訪れ、食事をした後に鶴岡八幡宮で行われた流鏑馬(やぶさめ)を見学した。女将(おかみ)の優子さん(60)の案内で出掛けたもので、葉室さんが一部始終を随筆で紹介している。

 店は、二代目の信章さん(64)が継いで続けてきたが、ウナギの高騰が経営を圧迫。「何とか続けようと頑張ってきたが、ここまでが限界。つらい決断ですが、時代の流れ。長い間、支えてくれたお客には、感謝の気持ちでいっぱいです」(優子さん)。

 漫画家、小山賢太郎さん(73)は「小学生のころから通っていて懐かしい店。法事の会食にも利用した。古くからなじんでいた店が消えていくのは寂しい」と回想する。

 店の屋上から、桜が咲き誇る段葛を描いた画家、小川倉一さん(95)も「ここでの食事が楽しみだった。心のふるさとのような店がなくなるのは悲しい。残念ですね」と惜しんでいる。

(斎藤裕仁/東京新聞)

 

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