頭を下げた泰親に壱は尋ねる


「助けて、とは?借金の肩代わりとかは無理だぜ」
「ああ。そんな事は頼もうなんて思っちゃ居ない、ゆー姉を助けてやってほしいんだ」
「ゆー姉って、さっきの人、だよね?」


羽都の言葉に泰親はこくり、と頷いて珂藍の方を向いた


「情報屋珂藍、アンタなら知っているんじゃないのか」
「何を?」
「僕の目の事だ」
「言っていいの?」
「いい」

少し気だるげな珂藍が思い出すような素振りを見せて、そしてゆっくりと口を開いた



「この子、泰親くんの右目にはね、・・・人の死が見えているの」







15年前、
1人の子供がこの世に生を受けた
可愛らしい赤ん坊は両親と姉に見守られ、育ち瞳を開ける
その瞳を開けた赤ん坊の右目の色は、赤色だった

驚いた両親は医者に見せる
医者はアルビノではないようだし、と曖昧な答えを見せる
その頃から赤ん坊は何もない場所に手を泳がせていた
それ以外には何も異常はないから赤ん坊は普通に育っていく
そして言葉を聞けるようになってきた少年は、言うのだった



「血が、見えるよ」



少年、泰親には人間の死が見えていた







「小さいころの僕の目には左目に普通の人間が見えているようなもの、右目には死が見えてたんだ」
「死って、つまり、人間の死に顔?」

こくん、泰親は小さく頷く


「死に顔っていうか、死ぬシチュエーションとか、そんな感じ」
「そりゃこえー目だな」
「ああ、怖かったよ。僕には普通に笑ってる人間とその人間の死に顔が重なって見えるんだ。怖いさ」
「え、じゃあ今も僕達の死に顔見えてるの?」


羽都の問いかけに泰親は首を振る


「成長したら見えなくなった。でも意識すれば見れる」
「コントロールを身に着けたってことか」
「うん」
「でもそれがどうして優奈ちゃんを助けてって事に繋がるわけ?」
「・・・」


泰親は一瞬黙って、呟いた


「僕は人間の死が見えた。でも、ゆー姉の死だけは見えなかったんだ」
「え?」
「ゆー姉の死に顔だけは見えなかったんだよ。父さんのも母さんのも友達のも見えたのに」
「なんで?」
「わかんねーよ。・・で、こんな目を持ってる僕は絶対気味悪がられるだろ、でもゆー姉だけは傍に居てくれたんだ」


過去を思い出すかのように泰親は呟く
(気味悪がられる、)
性別が分離してない自分と死が見える少年
(なんでだろ、)
人間は自分とは違う人間を気味悪がるものだ、と誰かが言った気がする
羽都は変だよ、と心の中で呟いてみた


「父さんと母さんが事故で死んで、街から追い出されそうになった僕を庇ってくれたのもゆー姉だった。ゆー姉は僕の全てなんだ」
「・・」
「ゆー姉は、今も俺のためにいっぱい苦労してる」
「苦労?」
「・・ゆー姉は、僕がこの街から追い出されないように、この街を管理する軍人に、好きでもない男に、・・抱かれてるんだ」
「!」
「僕はゆー姉が大好きだ、愛してる。他の男になんか抱かせたくない。でも僕じゃ無理なんだ、助けてあげられないんだ」


泰親は呟いて、もう一度深く頭を下げた


「お願いだ、ゆー姉を助けてやってくれ」


羽都は、好きでもない男に抱かれる苦しみを知っている
壱はどうするのか、隣に座る男を見上げてみた


「めんどい、自分でやれ」
「!」
「って普段の俺なら言うんだけどな、・・・ZEROのためだ。やってやるよ」


言う壱に羽都は驚いて、泰親はほっと胸を撫で下ろした


「・・・ありがとう」
「で、助けるって具体的にどうすればいいんだよ」
「ああ。・・・この街を管理してる軍人、・・そいつを、殺してほしい」


それが、泰親の望みだった









それからは作戦を立てて、優奈が帰って来て、ご飯を食べて
今夜は休むことにして作戦は明日だと壱は言った
泰親はぼんやりと屋根の上で星を眺めている


「僕も登っていい?」


尋ねたのは羽都だった
ベランダからかけられた梯子に足を一段だけかけて、泰親に尋ねる
「いいよ、」そう返ってきたので安心した


「うわぁ、眺めいいんだね」
「落ちるなよ」
「うん」
「えぇと、ば・・」
「羽都だよ。羽に新都の都でばつ」
「変わった名前だな。羽都」
「君は、えーと」
「泰親。でもみんなチカって呼ぶ」
「じゃあチカ」
「うん」


そんな会話を交わして、羽都は上の星を見た
新都で見るものなんかより、ずっとずっと綺麗だ


「そんなに珍しいか、星」
「珍しいってわけじゃないけど、綺麗だよ」
「ふぅん。・・みんなは?」
「えーと、壱は寝ちゃって珂藍はなんかやってて優奈さんは洗い物」
「ふぅん」


再び会話は途切れる


「・・えと、優奈さん、美人だね」
「惚れんなよ」
「惚れないよ。ってゆか、僕男じゃないし」
「え、女?」
「ううん、中性」
「ああ、」


普通に納得してしまう辺り、やはりスラムで中性は普通なのだろう
一昔前の自分だったら、自分で中性だなんていえなかったな
羽都はそう思った


「でもまだ分離してねーの?おかしくない?羽都、アンタ何歳だ?12,3ぐらい?」
「・・16だよ」
「え、年上?」
「チカは・・15?」
「ビンゴ。・・つかさ、16で分離してないっておかしくないか?」
「・・・僕、おかしいんだよ。性別決まんない」
「まあ、20までには変わるだろ」
「曖昧だね」


そう言ってくすり、と笑う
「チカは、」と羽都が呟いた


「優奈さんのこと大好きなんだ」
「大好きさ。愛してるよ」
「姉弟なのに愛してるって、変だよ?」
「変じゃないよ、僕たちは愛し合ってるから。恋人みたいに」


その言葉にえぇ?!と羽都は大きな声を上げた
近所迷惑、そう呟いて泰親は羽都の口を塞いだ


「こここ、恋人みたいって、えぇ?!」
「近親相姦、そういうのかな」
「えぇ?!」
「まあ普通は理解できないだろうね、でも僕らと同じぐらい中性も変だよ」


泰親の言葉に羽都は何も言えず、「うん、そうだね」と頷いた


「理解早いな」
「この数ヶ月でいっぱい理解しがたいものは見てるから、近親相姦なんて理解しがたいものに入んないよ」
「すごいな」
「よくわかんない」
「・・・僕達は、さ」
「?」


ひらひらと風が吹き出した
雲が出てきて星を覆い隠し始める


「きすだってせっくすだってしたよ」
「なっ、」
「あはは、顔真っ赤だ。羽都アンタ可愛いな、ゆー姉には負けるけど」
「・・・」
「ごめんごめん、・・でさ、僕達はそんなに愛し合ってるのに、」
「・・」


「ゆー姉は、他の男に、抱かれてるんだよなぁ。僕のために」


泰親の切ない呟きが、夜空に吸い込まれて消えていった




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