飲食店や乗馬クラブ経営、美人の年下“妻”と億ション生活…。男は、そのすべてに終止符を打とうとしたのか。東京都渋谷区神宮前のマンションで、住人の女性(38)と男児(5)が殺害された事件は、殺人容疑で逮捕状が出ていた内縁の夫(61)が長野県内の山中で遺体で見つかるという結末で幕を閉じた。最近、事業の資金繰りに行き詰まり、思い悩んでいたという。捜査関係者への取材などから事件を追った。(中村翔樹)
■山中で見つかった容疑者の遺体「天国でも一緒に」
長野県茅野市の山中。人目につかない沢に下半身がつかった状態で、男の遺体は横たわっていた。
今月13日に、自宅マンションで榊(さかき)みどりさんと長男の駿之佑(しゅんのすけ)君が殺害されているのが見つかってから、4日間にわたって行方不明になっていた、中沢慶夫容疑者の遺体だった。
警視庁の捜査員は、防犯カメラの記録などから中沢容疑者のジープ型のベンツの足取りを追い、茅野市の登山道の入り口に乗り捨てられているのを発見。周辺を捜索した結果、登山道から外れた崖下の水辺に遺体を見つけた。行方不明になった当日と同じ、黒のポロシャツに白のズボンという軽装だった。
捜査関係者によると、頭部に傷はあったが、致命傷ではなく、登山道につながる急斜面を約30メートル転がり落ちて頭を打つなどし、動けなくなったまま衰弱死したと推測された。
斜面の上では木にネクタイが結びつけられているのが見つかったが、首をつるなどした形跡はなかった。自殺をためらっているうちに、滑り落ちたのだろうか。そばに残されていた走り書きには、こんな言葉が記されていた。
《3人で暮らせて幸せだった。天国でもまた一緒に暮らそう》
■家賃100万のマンション、趣味は乗馬…
中沢容疑者と榊さん母子の3人が住んでいた渋谷区神宮前の9階建てマンションは、表参道ヒルズにも歩いていける高級住宅地にある。3人は、いわば「セレブ家族」だった。
不動産関係者によると、マンションは分譲価格で数億円、賃貸なら家賃は月額60〜100万円。プールやフィットネスジムなどを完備。エントランスにはガードマンが24時間常駐し、エレベーターを居住階以外で乗り降りできないなど、高度なセキュリティーも売りだった。「芸能人や政治家が暮らしていて、超が付く高級物件だ」。近隣住民は口をそろえる。3人は昨年4月に引っ越してきたのだが、2年ほど前までは月の家賃が100万円以上するという六本木ヒルズのマンションに住んでいたという。
知人らによると、中沢容疑者は都内で居酒屋やダイニングバー、埼玉県内で乗馬クラブを経営し、年商数億円ともいわれる実業家だった。趣味の乗馬は、日本馬術連盟公認の大会で優勝するほどの腕前。一時は「五輪を目指す」と周囲に話すほどのめり込んでいた。
23歳年下の榊さんとは入籍こそしていなかったが、周囲には「妻」と紹介し、実質的な夫婦として暮らしていた。平成16年には経営する会社の役員にも就かせていた。榊さんも親族に「結婚した」と話し、5年前には2人の間に駿之佑君が生まれた。
■家賃滞納、店舗閉鎖「やめようにもやめられない」
待望の愛息誕生に、2人は喜んだ。榊さんも中沢容疑者と同様に乗馬を趣味にしていたことから、2人は愛息の名前に、馬にちなんで「駿」の字をつけた。
駿之佑君はすくすくと育った。昨冬には、中沢容疑者と榊さんが、駿之佑君を連れて3人で乗馬クラブを訪れる姿が目撃されている。
「駿之佑君がポニーにまたがろうとするのを、2人で手伝っていた。みんな笑顔で、幸せそうな家庭だった」。クラブ関係者は振り返る。
だが、このころすでに中沢容疑者らのセレブ生活には陰りが見えていた。
「賃料が払えず、何店舗か閉めないといけないかもしれない。でも、商売をやめようにもやめられないんだ」
昨年末、中沢容疑者は知人男性に思い詰めた表情でこう打ち明けた。東日本大震災の影響で、飲食店の売り上げが落ち込み、資金繰りに奔走していたという。今年8月ごろには2店舗を相次いで閉じていた。
6月には10年以上前から所属していたボランティア・クラブを強制退会させられている。年会費25万円を支払わなかったのが原因だった。
団体関係者は「何度催促しても返事がなかった。数年前までは奉仕活動にも積極的に参加していた。思いやりがある紳士で、家族も大事にしていたのに…。資金繰りが悪化し、首が回らなくなったのだろうか」と話す。
捜査関係者によると、中沢容疑者は所有していた馬を手放し、マンションの家賃も滞納。親族にも資金繰りの悪化を相談していたという。
■「妻が暴れて手に負えない」残されていたメモ
中沢容疑者は13日午前4時ごろ、自宅マンションをベンツで出て、同6時ごろ、親族の男性に「同居している女性と子供を手にかけた」と電話で告げた後、連絡が取れなくなった。親族から連絡を受けた警視庁の捜査員が室内を確認したとき、榊さんと駿之佑君はすでに亡くなっていた。2人の顔にはタオルがかけられ、室内には「後を追う」と、自殺をほのめかす中沢容疑者のメモが残されていた。
司法解剖の結果、榊さんは窒息死、駿之君の死因は特定できなかったが、警視庁は、メモなどから、中沢容疑者が2人を殺害した疑いが強いと判断した。
「中沢容疑者の資金繰りが悪化したことが、事件につながった可能性はある」
捜査関係者は、こう話す。
実際に、中沢容疑者と榊さんとの関係は微妙になっていたようだ。中沢容疑者が残したメモには、こうも記されていたという。
「(榊さんが)暴れて手に負えないので、押さえつけたら死んでしまった」
中沢容疑者が遺体で見つかった長野県茅野市の山中から約10キロの場所には、かつて榊さん、駿之佑君と3人で過ごした別荘があった。3人は乗馬をするために、この別荘を度々訪れていた。中沢容疑者にとっては思い出の場所だった。その別荘の壁には「しゅんのすけ」の文字が彫られ、子供用の自転車が残されていたという。