特集ワイド:韓流ブーム続く中、朝鮮語学者の嘆き−−元大阪外大教授・塚本勲さん
毎日新聞 2013年01月28日 東京夕刊
雑居ビルの小さな一室に着いた。「ハングル塾つるはし」。大阪外大の在任中から主宰し、00年に退官したあとも月に1度、10人ほどがやってくる。テキストは朝鮮半島の童話。「赤い」という単語を取り上げた。先生、震える手でホワイトボードにハングルを書いていく。「朝鮮人は自慢話が多い。平壌の師範大学の教科書を読んでいたら、赤いという形容詞は90もあると書いてある。これは事実ですわ」。教室がどっとわく。
「木の枝に服をかける」との言い回しが出てきた。先生はこう「脱線」する。「服をかける、電話をかける、日本語も朝鮮語も同じ<かける>。おもしろいと思いませんか? 1890年ごろ、日本に初めて電話がきて、1920年ごろに一般に普及したらしい。それで当時、植民地支配していた朝鮮に<電話>という名詞だけでなく、<かける>という動詞までセットで入ったんです」
たっぷり1時間半、笑いの絶えない講義が終わり、焼き肉屋へ席を移した。好きだった酒をやめ、静かにアワビがゆをすすっている。その昔、社会主義にあこがれ、韓国の軍事政権に反対していた。抵抗の詩人、金芝河(キムジハ)の詩を日本に紹介もした。その朴正熙大統領の娘が新しい大統領に決まり、北朝鮮では3代にわたる世襲、金日成(キムイルソン)主席の孫が最高指導者に就いた。「わけわかりませんなあ。竹島のこともぎゃーぎゃー言うし、いつまでも、謝れ、謝れやし。ほんま」。その目はぼんやりうつろだった。いつまで朝鮮語を教えるんです? 「一生。死ぬまでやります。青春の炎がまだ燃えてるんですよ。親善のための朝鮮語はやらなあかん、と思っていますから」
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