かねて「なぜ東京電力は家宅捜索すらされないのか」との疑問が絶えない同社福島第1原発事故をめぐっては、福島の子供たちが集団疎開する権利を認めるよう求める裁判が続き、東電幹部らを対象とする刑事告発も遅まきながら捜査が行われている。そこに今回、おそらく初めてではないかという、メディア関係者の避難をめぐる訴訟が提起された。
原告は、NHKで海外向けラジオ放送のアナウンサーとして20年以上働き、2011年3月に原発事故を受けた母国政府の退避勧告に応じて仕事を休み一時避難したところ、その手続きに問題があったとして解雇されたフランス人女性エマニュエル・ボダンさん(55)。解雇無効の確認および、失われた収入と慰謝料の計1500万円以上を求めて15日、東京地裁に提訴。同日、司法記者クラブと日本外国特派員協会で記者会見した。
「労働契約がどうした、委任契約、そんなことはどうでもいい。それよりも何よりも、原発あの時どうしたか。それをNHKともあろうものが、それを理由に“あんた、逃げたな”と言って、何の改善勧告も出さずにバシッと切れることが許されることか」
訴訟代理人の梓澤和幸弁護士はそう声を張り上げた。
訴状などによる経緯は以下の通り。
ボダンさんは1990年から解雇される2011年3月まで、海外向けラジオ放送のアナウンスとそれに関連する翻訳などに従事。期間1年の業務委託契約を更新し続ける形で働き、4月からの12年度についても、2月にNHK局員から契約書を示され更新の申し出を受け、これを承諾した。
3月12日、原発1号機が爆発。翌13日にフランス政府が首都圏在住の同国民に避難勧告を出し、ボダンさんは悩んだ末、娘を守るためにも従うことを決めた。15日、しばらく東京を離れるが30日に戻る旨を上司に伝え承諾を得て、シンガポールへ。毎年3月末に恒例のフランス帰国をしており、同年も23日から29日にかけて休むことも原発事故以前にNHKに伝えて了承されていた。22日にいったん東京に戻り、そこから同国へ。予定通り30日に復帰するつもりでいたところ、22日付の「契約解除及び申し込み撤回通知」が同月下旬に送りつけられた。
「私は21年間、NHKに誠実に仕えてきた。NHKのような格式ある組織で仕事をすることに誇りを持ち、仕事を愛していた。解雇を正当化されるようなミスは何も犯していない。解雇は私の人生において屈辱であり、困難をもたらした。誤った解雇に対し、残された唯一の手段が法的なものだった。NHKは高い基準をもって振る舞うべき。私は日本の法的システムを信頼している」
ボダンさんは時おり声を震わせ、語った。(29日に続く)