なぜはてなは存在するか

会議机を挟んで向かい合った上司は、一度自分の画面に目を落としてから曖昧な口調で言った。品質志向と企画力の点数が高くて、顧客志向が一番低いね。査定に際して皆が僕につけた評価だ。

ふふっ、そうでしょうね、と僕は言う。予想していたの? 上司は少し不思議そうに聞き返した。きっとそうだと思ったんです。前回の査定でも顧客志向はあまり高くなかったから。

みんなの評価が実際のところ何点だったのかは知らないけれど、僕は自己評価の顧客志向の点数に三・五をつけていた。すごく良くはないけれど、普通より、少し上。

皆の想像に反しているかもしれないけれど、僕は仕事をするときにユーザのことを考えないことはない。むしろ品質と企画力は顧客志向に付随して発揮されるべきものだと思う。だけど、あなたは顧客志向でしたか?と聞かれると、いまいち自信を持てない。そもそも、そんな質問って、ずるいよ。

ユーザのことを考えるって、何? ユーザははてなに何を求めているの? 逆に、そもそもはてなは、自分たちのユーザとどう関わりたいと思っているの?

考えてみれば、僕は何も知らないのだった。

改めてはてなの歴史を振り返れば、それがそもそもユーザさんに支えられてきたことがわかる。ダイアリー、ブックマーク、スター、ハイク、うごメモ。共通するのは、比較的普通な人たちがインターネットを通じて表現を行い、助け合う場を提供してきたということだ。はてなは、知ってか知らずか、それを肯定し、後押しし続けてきた。

僕はその世界に少し遅れて入ってきたから、本当のところは知らないのだけど、その時代のインターネット界の人にとってのはてなは、まさに希望だったんだと思う。

先日、そのはてなが新サービスのはてなスペースをリリースした。僕は制作に少しも関わっていないから他人事として言うけれど、正直に言ってあまりうまく行っていない。少なくともそう見える。

ユーザ数は多少伸びているかもしれない。投稿数もクローズドベータよりずっと伸びてるだろう。だけど、はてなのブランド力やプレゼントキャンペーンを行なっていることを加味すれば優良なリアクションとは言えない。そもそもこれはなんなのか僕はよくわかってない。なんではてなはこんなサービスを作っているのか。はてなは何がしたいのか。

それをユーザに積極的に示すべきキャッチコピーは、リリース時はこうだった。

はてなスペースは、同じ趣味の仲間で集まり、会話を楽しむだけでなく、趣味に関する情報をみんなで集めていく、新しいコミュニティサービスです。

今はより短いものに書き換えられている。

同じ趣味の仲間で集まる、新しいコミュニティサービスです

サービスの主旨を簡潔に伝えたいだけならこれでもいいのかしら。ただ明快に伝えたいだけなら、カテゴリ分けされた掲示板というほうがわかりやすいかもしれない。実際、掲示板としては本当によくできてる。他に競合なんて思いつかない。だけど、はてなの新サービスはそれ以上の価値がないとダメだし、それを求められていると思う。はてなスペースの、ビジョンは何?

マーケティングの歴史における最良の例として、もっとも偉大な作品のひとつはナイキだ。ナイキはコモディティ(日用品)を売っている。靴だ。だが、人々がナイキについて考えるとき、ただの靴のメーカーとは思っていないはずだ。彼らは宣伝で価格について語ったことがない。自社のエアソールがどうだとか、リーボックとくらべてどこがすぐれているとかは話さない。ではナイキは広告で何をしているのだろう? 偉大なアスリートをたたえ、偉大なスポーツをたたえているのだ。それがナイキであり、ナイキはそのためにあるのだ。
──Steve Jobs, Apple CEO

もし、はてなスペースのキャッチコピーがこうであったなら。

はてなは、あなたの趣味を応援します。

Webは個人が自分を表現できる自由の場だ。そしてその可能性を信じ続けるのがはてなのコアバリューであり、皆がはてなに求めていることではないだろうか。

主役は彼らだ。はてながするべきことは、表現者をたたえ、後押しすること。はてなはそのために存在するし、それだけは絶対に忘れちゃダメなんだ。