7.リスクの増加分を数学的に考えてみる(1


前節で解説したように、
LSS研究のデータというのは基本的に高線量率の被曝データです。一方、そのほかの国、地域のデータは基本的には低線量率の被曝データです。すると、LSSデータと他のデータでは結構大きな乖離が出てしまい、同じ総被曝線量の場合、LSSデータの方がリスクが高めに出てしまいやすい、ということになります。また、データ全体でみたとき、データの充実度(つまり統計的信頼性)に比較すると他の研究はサイズの問題やそもそもが影響がはっきりしない総被曝線量の低い領域のデータが大半であるということから、結果全体はLSS研究のデータに「引きずられる」傾向が出てしまいます。そうすると、実際に放射線被曝のリスクが高い集団(基本的には医療従事者や原子力発電関連の業務従事者)における低線量率の被曝の影響を見積もりたいわけですので、影響が過大評価されてしまう懸念が発生ということになります。ただ、一点注意しておきたいのは線量率効果は(主に動物や植物、培養細胞を用いた)実験的事実によってかなりの確からしさでそうだろうとされているということで、必ずしも疫学的に同意された「動かぬ事実」である、というわけではありません(対象がヒトの場合のエビデンスは基本的には疫学的な事実より導かれた結論に基づきます)。そこで、前のブログ

http://blog.livedoor.jp/tonkyo_hanage/archives/6749858.html にも書きましたが、DDREF(線量率効果係数)という数値を導入して、「もし原爆のときの被曝の線量率が低かったらこうなるはずだろう」という数値を導入することで、実際想定されるであろうリスクとさほど齟齬がない程度にしよう、ということになります。ただ、前にも述べたとおり、DDREFの考え方というのは結構曖昧なところがありますし、その適切な数字というのを単純にLSS研究のデータから「統計的に」とってくるのがよいか、というとそこには疑義が残ることも確かです。一方、先のブログでもあえて暴論であることも承知の上で「ではDDREFなぞ使わず、より安全サイドで高めに見積もってもよいではないか」という考え方を示したわけですが、まあ、それも明らかに高めに見積もりすぎということによる(放射線取り扱い業務従事する人たちにとっては)実際上の不利益が存在することも確かです(例えば業務が遂行できない、要員やコストに響くなど)。


さて、次にリスクの見積もりの実際の計算上の考え方について解説したいと思います。とはいえ、ここはきっちりやると結構複雑な数式(理系大学生の教養レベル)が出てくるので、最初はイメージをつかむために例題として小学生のテストみたいなこの問題を考えてみましょう。


問1 「太郎君は毎週1000円の小遣いを貰っています。毎日100円をお菓子を買うのに使い、100円を貯金しています。今週は毎日100円をお菓子を買うのに使い、150円を貯金しました。今週の太郎君の貯金額は、お小遣いのうちの何パーセントでしょうか」


勿論、これまでの毎週の貯金額は100×5=500円で、これまでの毎週お菓子に消費した額=100×5=500円になります。

一方、今週の貯金額は150×4=600円で、今週のお菓子に消費した額=100×4=400

よって、答えは60%ですね。


一方、類題として

2 「太郎君は毎週1000円の小遣いを貰っています。毎日100円をお菓子を買うのに使い、100円を貯金しています。今週は毎日125円をお菓子を買うのに使い、125円を貯金しました。今週の太郎君の貯金額は、お小遣いのうちの何パーセントでしょうか」


この場合は、同じように考えると50%で、これまでと変わりませんね。

実は、基本的なリスク上乗せの考え方はこれらの問題を 「小遣い→ある集団、毎日お菓子に使う分→一定期間内にがん以外の疾患で死ぬ人数、毎日貯金する分→一定期間内にがんで死ぬ人数」 と置き換えたものと同じです。


先にも説明したように、LSS研究はまだ完了していません。ということは、LSS研究で出ている結果の多くは、例えば上の問1での3日目の状態のようなものに対応します。3日目(が完了した)の時点では、貯金額はこれまでの使い方であれば100×3=300円、一方、今週の使い方であれば150×3=450円になります。つまり、3日たった時点でのERR=(450/300)-1=0.5EAR=(450-300)/10000.15=15%ということになります。ところが、先週までは5日間太郎君はお金を使えましたが、今週は4日たった時点で、太郎君の所持金はなくなってしまいます。生涯、という点で見た場合は、この先週までの使い方で5日間たった時の累計の所持金の使途と、今週の使い方で4日間(5日でもいいですが、5日目は使えません)たった時の累計の所持金の使途を比べる、ということになります。つまり、全部使い切った時点では今週は毎日の貯金額を1.5倍に増やしたにも関わらず、トータルの貯金額は600/500=1.2倍にか増えません。


実は、ICRPが出しているリスクの上乗せの見積もりは、この1日の貯金額の増加分による今週の貯金額の寄与分、つまり(150-100)×4=200円に該当するとかんがえるとわかりやすいものです。つまり、今までの1週あたりの貯金額が500円であったのに対して、今週の貯金総額は600円で、そのうちの200円が1日あたりの貯金額を増やしたものによる、という200/1000=20%というのが上乗せの正体です。ですので、例えば今の日本の生涯がん死亡率が大体22%と見積もられているところに(これは今年生まれた日本人の22%ががんで死ぬ、ということでもなく過去のある時期に生まれた日本人の22%ががんで死ぬということでもなく、更には今年あるいはこの数年での死亡者の22%ががんが死因であったということでもありません。というか実際にある集団の22%ががんで死ぬということを意味するものではありません。これも説明を始めるとブログ1本分になってしまうのでここでは省略します)、「1Svの被曝で死亡率が約5%上乗せされている」というICRPの数値5%を単純に足してしまってはいけませんし、LSSのデータで1Svの被曝でがん死亡率が1.5倍に増える、というときに、1Sv被曝したら生涯のがん死亡率が22×1.5=33%になる、などという計算をしてはダメ、ということになるわけです。