山本兼一作品のページ


1956年京都府京都市生、同志社大学文学部および芸術学専攻卒。出版社勤務、フリーライターを経て、99年「弾正の鷹」にて小説NON創刊150号記念短編時代小説賞佳作。2002年「白鷹伝」にて作家デビュー。04年「火天の城」にて第11回松本清張賞、09年「利休にたずねよ」にて 第140回直木賞を受賞。

 
1.
白鷹伝

2.千両花嫁-とびきり屋見立て帖No.1-

3.利休にたずねよ

4.命もいらず名もいらず

5.ええもんひとつ-とびきり屋見立て帖No.2-

6.神変

7.赤絵そうめん-とびきり屋見立て帖No.3-

 


    

1.

●「戦国秘録 白鷹伝(はくようでん)」● ★★

  
白鷹伝画像
 
2002年04月
祥伝社刊

(1900円+税)

2007年04月
祥伝社文庫化

 
2002/06/28

 
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浅井長政滅亡後、信長配下となった鷹匠・小林家次(後に家鷹)を主人公とする戦国小説。
家次に対し、もう一方の主人公は“からくつわ”と呼ばれる白鷹です。二代にわたる白鷹と家次の結びつきが中心となって、本書ストーリィは展開します。
本書における興味は、もちろん鷹、そして鷹狩のこと。
信長、家康という覇者が鷹狩を好んでいたことを思えば、これまで鷹狩を中心にすえた小説がなかったことが、不思議なくらいです。それ故、鷹狩のこと、鷹の育て方を詳細に語る辺りは、興味尽きません。
しかし、本書の面白さは、信長、秀吉、家康という戦国武将を白鷹と比較しているところにあります。理想的な鷹として育て上げられた“からくつわ”と対比して、3人の戦国武将=鷹の性質、行動は如何であったのか、ということ(もっとも信長が圧倒的な中心を占めています)。
そうした視点が、戦国小説としての本書の清新な魅力です。さしずめ家次は、信長と白鷹の間に在って、両者を比べ映す鏡のようです。

執筆にあたり、山本さんは、鷹狩のルーツ取材にモンゴルまで出かけたとのこと。その熱意に対して賛辞を呈したい。
本書は、小林家次の気概もあって、気持ちの良い作品に仕上がっています。また、長編デビュー作とは思えない落ち着きぶりもお見事。

        

2.

●「千両花嫁-とびきり屋見立て帖-」● 

  
千両花嫁画像
 
2008年05月
文芸春秋刊

(1619円+税)

2010年11月
文春文庫化

   

2008/06/16

 

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駆け落ち同然に夫婦となった若い真之介ゆずの2人。
幕末の京を舞台に、道具屋“とびきり屋”の主人と嫁となった2人が、機転と度胸で世渡りしていく姿を描いた連作短篇集。

許されぬ事情ある2人が夫婦になって・・・という連作時代小説というと北原亞以子「深川澪通り木戸番小屋を思い出すところですが、同書は老夫婦を主人公にしていてひっそりと、という感じの作品。それに対して本書は、お互いに惚れあった若い2人の夫婦が主人公ですから、これから2人で頑張って生きていこうという爽やかで若々しさに満ちた連作短篇集になっています。
しかし、単なる奮闘記ではありません。
何しろ舞台設定が幕末の動乱期にある京の都、新撰組や尊皇攘夷派、倒幕派が絡み合う時代ですから、2人も自ずと有名な歴史上の人物と絡み合うという趣向。
芹澤鴨、近藤勇、土方歳三、高杉晋作、坂本竜馬、勝海舟、武市半平太等々と。

道具の見立てだけでなく、人物の見立ても試されるというところがストーリィの妙味。
見立てという点では奉公人として叩き上げられた真之介より、京で屈指の茶道具屋“からふね屋”の愛娘だったゆずの方が上のようなのですが、機転や度胸の面でも。
幕末に攘夷、開国と騒ぎまわる新撰組・志士たちと対照的に、地道に商売に励もうとする庶民の生き生きとした姿が清々しく感じられるのも楽しいところ。
また、商う品々について、贋物と言わず、「・・・そのもの」、でも「値段なりのもの」という言い様に、道具屋稼業の面白さも味わえます。
ストーリィ運び、人物描写といい、山本さんは上手いなぁ。

千両花嫁/金蒔絵の蝶/皿ねぶり/平蜘蛛の釜/今宵の虎徹/猿ヶ辻の鬼/目利き一万両

   

3.

●「利休にたずねよ」● ★★       直木賞

  
利休にたずねよ画像
 
2008年11月
PHP研究所刊

(1800円+税)

2010年10月
PHP文芸文庫化

   

2009/02/26

 

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自らの絶対的な権力をもって利休を自分の足元に屈しせしめんとする秀吉、それに対し、美への矜持を貫き、切腹するとも小癪な「猿め」に屈するものかと意地を張る当代一の茶人=千利休
秀吉が千利休に切腹を命じるに至ったのにはどんな経緯があったのか、そしてまた千利休とはどんな人物であったのか、それを描き出そうとする意欲的な時代小説。

第一章は、その千利休がついに切腹に至る当日を描く篇。
その第一章から時間を遡るというスタイルで、短篇連作風に本ストーリィは進められていきます。
時間を逆に遡っていくという構成、それに加えて当人と関わり合った多くの人々の目を通して利休という人物(主観者が多くなればなる程客観的な視点が生じるというもの)を描いていこうとする趣向、この2点に本作品の秀逸さがあります。
時間の経過どおりに進むストーリィであれば、そこからどう展開するのか、自分なりに予想を立てることもできようというもの。それが逆に時間を遡るという形式になると、果たしてどう展開していくのか、まるで見当がつきません。
探求的、ミステリ的な面白さに加え、どんなドラマがあったのかという期待感、緊張感がそこに生じます。

前半こそ、秀吉も強引だが利休の方もまた驕り過ぎではないかと感じていたのですが、次第に“侘び茶”“美”とは何ぞやと考えるようになり、それに連れて千利休という人物の奥行きを感じるようになったという次第。
一章、一章と読み進むに連れ、興味は募りこそすれ衰えることなし。本作品独特の味わいもあり、実に面白いです。

死を賜る(利休)/おごりをきわめ(秀吉)/知るも知らぬも(細川忠興)/大徳寺破却(古渓宗陳)/ひょうげもの也(古田織部)/木守(徳川家康)/狂言の袴(石田三成)/鳥籠の水入れ(ヴァリニャーノ)/うたかた(利休)/ことしかぎりの(宗恩)/こうらいの関白(利休)/野菊(秀吉)/西ヲ東ト(山上宗ニ)/三毒の焔(古渓宗陳)/北野大茶会(利休)/ふすべ茶の湯(秀吉)/黄金の茶室(利休)/白い手(あめや長次郎)/待つ(千宗易)/名物狩り(織田信長)/もうひとりの女(たえ)/紹鷗の招き(武野紹鷗)/恋(千与四郎)/夢のあとさき(宗恩)

   

4.

●「命もいらず名もいらず」● ★★☆

  
命もいらず名もいらず画像
 
2010年03月
NHK出版刊
上下
(1800・1900円
+税)

 

2010/05/19

 

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幕末から明治にかけて渾身の活躍をし、無刀流の開祖ともなり、剣・禅・書の達人として知られた山岡鉄舟の生涯を描いた歴史時代小説の傑作。
ちなみに、勝海舟・高橋泥舟と鉄舟を合わせて「幕末の三舟」と称される由。

幕末を描いた歴史長篇の中で抜群に面白いのは、司馬遼太郎「竜馬がゆく」であるとして過言ではないと思いますが、子母沢寛「勝海舟」も十分に面白い。
それら作品の中で山岡鉄舟の名前は何度も見た筈ですが、これまで山岡鉄舟自身を描いた作品を読んだことはありませんでした。
今思うとそれも不思議なことのように思いますが、それはそれだけの傑作が無かった、ということだったのかもしれません。
そこで本書。これはもう、すこぶる面白い! 上記「竜馬」「海舟」と並べて少しも引けをとりません。一気読みでした。

竜馬、海舟と同様に面白いといっても、人間としてのタイプはまるで異なります。だからこそ、こうしたタイプの人物もいたという面白さ、興味にとことん惹き込まれるのです。
海舟や竜馬のような才気あふれる人物ではなく、融通が効かず、不器用この上ない人物ですが、何事にも真正面から本気で徹底的に挑むところが特長。それに加えて私心の無さ。
それらが普通レベルではないのです。何もかも、負けず嫌いなことも、金銭に執着しないことも、全て度外れ。
長期的な視野という面では劣りますが、目の前の物事に度外れな本気で取り組む。だからこそ、官軍が充満する中を突っ切り、駿府で西郷隆盛に慶喜名代として面談、江戸無血開城のお膳立てを整えることができたと言えるのでしょう。
その時の隆盛の言葉が「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困りもす」というもので、本作品の題名。

その鉄舟、幕臣の小野鉄太郎として生まれる。異腹兄が家督を継いだこともあり、槍術の師であった山岡静山の急死に伴い、弟の泥舟らに勧められて妹の英子の婿となり、山岡鉄太郎高歩(たかゆき)
当時で身長188cm、体重105kgあったというのですから、驚き。
北辰一刀流を学んだ後に一刀流の浅利又七郎に弟子入りし、一刀流を継承した後に、無刀流を開く。
禅にも深く傾倒して剣禅一致を求道し、書・揮毫も多数に及ぶ。

剣への鍛練の部分、禅への求道部分を読んでも面白く、さらに度外れな本気度を何度も示す逸話の部分も面白い。
よくもまぁ、良識をどこか置き忘れたような人物に、英子夫人がよく生涯添い遂げたと思うのですが、そんな英子夫人の部分もやはり面白い。
徳川慶喜に仕え、明治後は西郷隆盛らに推されて明治天皇の侍従になるといった出世?を果たすのですが、ただ仕えるというのではなく、困難の中にあって��咤し、若年の明治天皇を鍛えるという気構えを持っていた辺り、硬骨漢の面目躍如、と言うべきところでしょう。

ストーリィとしても主人公像としてもすこぶる面白い上に、歴史を知る面でも貴重な、傑作歴史時代長篇。お薦めです!

  

5.

●「ええもんひとつ-とびきり屋見立て帖-」● ★☆

  
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2010年06月
文芸春秋刊

(1429円+税)

2012年12月
文春文庫化

 

2010/07/15

 

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勤皇の志士、新撰組らが入り乱れて世情騒がしい幕末の京を舞台に、道具屋“とびきり屋”の稼業に励む夫婦=真之介&ゆずの若々しい姿を描いたとびきり屋見立て帖シリーズ、第2弾。

こうしたシリーズもの、1冊目は私にとって吉原の初会のようなもので、どこか手探りしながら読んでいるところがあります。そして2冊目、裏を返したようなもので初めて寛いで楽しむことができる。本書もまさにそんな具合です。

世情騒がしいことながら、店を構え、奉公先のお嬢さんだったゆずを駆け落ちのようにして嫁に迎えた真之介、まずは商い一筋というところ。
そんな姿に、尊王攘夷だとかいっても所詮一時のこと、千年も続く京の都がそれしきのことで変わることなどない、だからこれまでどおり商売第一という、京の人々の自信、誇りが感じられるようで愉快です。
そして肝心の真之介とゆずの夫婦はというと、思い切りと努力が身上の真之介に、機転と真之介以上の目利きであるゆずが、好一対。
2人で力を合わせてとびきり屋を盛りたてていこうとする若々しさと発展途上ぶりが、爽快な楽しさを味わわせてくれます。

前巻千両花嫁では、芹澤鴨、近藤勇、土方歳三、高杉晋作、坂本竜馬、勝海舟ら、歴史上著名な人物にとかく目を惹かれました。しかし、本巻では、相変わらずの芹澤鴨、坂本竜馬に加え、桂小五郎幾松の登場はあるものの、あくまで中心は“とびきり屋”の商いぶり。その点もまた、本作品を寛いで楽しめた理由です。
本書6篇中では、ゆずの活躍が目立つ「ええもんひとつ」、七夕の情趣ある「さきのお礼」が楽しい。
2人の馴れ初めを語る「鶴と亀のゆくえ」も見逃せません。

夜市の女/ええもんひとつ/さきのお礼/お金のにおい/花結び/鶴と亀のゆくえ(とびきり屋なれそめ噺)

         

6.

●「役小角(えんのおづぬ)絵巻 神変(じんべん)」● ★☆

  
神変画像
 
2011年07月
中央公論新社

(1700円+税)

  

2011/08/10

  

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修験道の開祖として知られる伝説的な人物、役小角(役行者)を主人公とする時代もの長篇小説。
時代は、
持統天皇藤原京造営にとりかかっていた頃。

亡き夫・天武天皇の遺志を継ぎ、藤原不比等の力を借りて中央主権国家造りに邁進する持統天皇(鸕野)。
一方、その結果として民草が土地を奪われ、そのうえ贅まで担わせられることなど承服できないと飛鳥朝廷に対抗、山の民の自由な国を作らんとする役小角ら。
本書は、そんな両者のせめぎ合いを描いた歴史時代小説。

現代であれば国家があり、国民は法の下で一定の制約を受けるのは当たり前のこと、としか思えませんが、本書主人公である小角としてはとんでもない、そんなこと誰が認めた!?ということになるらしい。
第三者である現代人の立場からすると、要は、何のための、誰のための中央集権国家なのか、ということに尽きると思います。
それが、民草より自分たちの一方的な論理に基づく国造り、ということだからこそ小角らが反発する、という構図。

そしてそれは、何も役小角・持統天皇の時代だからの事ではなく、現代の国家政治にも通じること。
○○手当とか○○補償とか、枝の先のような政策の是非を論じるのではなく、国家・民の全貌を視野に入れて行うべきことを考えてこそ民から支持される国家運営者の姿、というのが本書に込められた著者のメッセージではないかと感じます。

              

7.

●「赤絵そうめん-とびきり屋見立て帖-」● ★☆

  

 
2011年11月
文芸春秋刊

(1500円+税)

  

2011/12/16

  

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幕末の京を舞台に、道具屋“とびきり屋”の稼業に励む仲の良い夫婦=真之介&ゆずの若々しく温かい姿を描いたとびきり屋見立て帖”シリーズ、第3弾。

相変わらず、幕末を賑わした坂本竜馬、芹澤鴨、近藤勇、桂小五郎、三条実美といった面々が登場します。
本書では万暦赤絵の鉢を題材に真之介とゆずが、恩人でありゆずの実父でもある道具屋=
からふね屋善右衛門を向こうに回して、また一旦売るといいながら止めると言い出すことが多いため“しょんべん”とあだ名される銅屋(あかがねや)吉左衛門相手に奮闘する、等々の様子が描かれます。

3作目である本書に至って、漸く心から本シリーズを楽しめるようになった、という気分です。
ひとつには、真之介とゆずの2人にすっかり馴染んだということがあるでしょう。そしてもうひとつは、真之介の腰が据わってきた、というところにもあると思います。
道具屋商売、未だ駆け出しですから余裕がある訳ではないものの、それなりに自信、余裕が2人に見えてきた、と思うのです。
そうなってくると、何で気忙しい幕末の京都?という舞台設定も、かえって2人の若々しい頑張りぶりを浮かび上がらせてくれるという風で、舞台設定の妙を感じます。
本シリーズの今後の巻が、ますます楽しみです。

赤絵そうめん/しょんべん吉左衛門/からこ夢幻/笑う髑髏(しゃれこうべ)/うつろ花/虹の橋

    


  

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