太田素水について

このページは蛇足です。私のサイトについてのおことわりや私個人のプロフィールを記録してあります。興味のない方はBACKボタンかブラウザの戻るでお戻りください。

おことわり

私がこのようなサイトを企画、運営することを決心したのは、ほぼ一年近く前になります。

金融機関に勤務する立場から、世の不景気に悩みあぐねた末に膨らませた妄想を、

皆様にご覧いただきたいがために、かかる愚挙に及びました。

とは、申しましても、すべてが私の創作になるものではありません。

私の恩師、故越村信三郎先生が20年ほど前に、ソーテック社から世に問われた先生の

最晩年の夢「メガプラン・日本を救う」のアイディアを換骨奪胎して現代風にアレンジ

したものに過ぎません。

この着想を得たのは今から一年半前、奇しくも越村先生の13回忌の頃でした。

天啓のように閃いたこのアイディアは、私は越村先生から「おまえは、この難局を

前にして何をやっているのか!」と叱られたかのようでした。

日々変転する状勢と日常の些末な事々に時間を費やして、これをUPするまでに

日本経済は悪化の一途を辿り、もはや間に合わないかもしれません。

どうか志を同じくする方が分野を超えて協力して、明るい未来を次代の子どもたちに

手渡せるように、お知恵とお力をお貸しください。

2003年6月太田素水

太田素水に関する覚書(毒島獣太さんみたい)

年齢 2003年8月で不惑
生年 1963年
最終学歴 和光大学経済学部経済学科 卒
専攻 経済原論(越村信三郎ゼミナール)
現在の棲息地 長野県松本市
家族構成 TOP SECRET
好きなミュージシャン PANTA・ムーンライダーズ他多数
職業 某金融機関職員
生きがい 八光流柔術(雅勲のヘタクソな参段)、早く師範になりたい。
趣味 子どもと遊ぶこと、読書
   
附記 兇暴(笑)

恩師、越村信三郎先生について

故越村信三郎先生は横浜国立大学の学長を退官されてから、天に昇られるまで和光大学で教鞭を

執られていました。私は越村ゼミで卒業を許された最後にして不肖の弟子です。

先生の業績は経済学界の多方面に及び、経済学説史や計量経済学、恐慌論、マトリクス理論を

駆使した経済モデルや会計学、新しい価値学説などに道を開かれました。

教育者としても実に素晴らしく、我々学生に対する眼差しの優しさが今でも思い出されます。

慈父のごとく学生に接しながら学問に対する厳しい姿勢を81歳でお亡くなりになるまで持ち続けた

先生の晩年の夢が、海洋と大陸棚開発による日本のみならず世界のミレニアム化でした。

先生の夢は、人類の未来を明るく照らし出すものでした。

不肖の弟子にして浅学非才の私は、碩学であられた先生の学問の一端すら受け継ぐことが叶いま

せんでしたが、先生の夢だけは受け継ぐことができたものと自ら慰めています。












越村会の諸先輩方へ


先生の最晩年の夢をいまこそ

顕彰したいと願っております。


どうか、ご指導ご鞭撻、

お力添えを賜りますよう

お願い申しあげます。


越村ゼミ晩輩、太田
1984年当時の越村信三郎先生
先生自伝
「いくつ峠を越えたかな」春秋社刊
扉より転載