社説:テロ犠牲者10人 「名前」が訴えかける力

毎日新聞 2013年01月26日 02時30分

 誠に痛ましい結末だ。アルジェリアの人質事件で、日揮の駐在員ら日本人10人の死亡が確認された。

 犠牲者本人はもとより、遺族や同僚、知人らの悲嘆や無念はいかばかりか。胸がつぶれる思いだろう。

 犠牲者の伊藤文博さんの母、フクコさんは、宮城県南三陸町の仮設住宅で、近く帰国して再会するはずだった息子への思いを記者らに語った。東日本大震災で自宅を津波に流され、思い出の品もないという。渕田六郎さんの兄、光信さんも記者に対し優しい六郎さんの人柄を語り涙を流して悲しんだ。こうした報道に接し、民間人を巻き込んだテロ行為への怒りが改めてわき上がる。

 政府と日揮は、遺体の確認後も遺族への配慮を理由に犠牲者の氏名を明かさなかった。内閣記者会が氏名公表を首相官邸に申し入れるなど「犠牲者情報」を巡り異例の経緯をたどったが、最終的に政府が公表に踏み切ったことは評価したい。

 今回、実名公表の是非がネットなどで大きな話題になった。事件や事故(災害も含め)で亡くなった人を実名・匿名いずれで報道するのかはメディアにとって悩ましい問題だ。遺族の意向も考慮する。それでも、取材は「実名」がなければスタートしない。名前は本人を示す核心だ。

 東日本大震災では津波被害などで2万人もの死者・行方不明者が出た。だが、数字だけで被害の大きさがリアリティーを持っただろうか。

 生き残った人が亡くなった人への思いをメディアなどに具体的に語り、その声が積み重なって訴える力となり、国民が被災地を支える原動力になったのではないだろうか。

 その時、「Aさん」「Bさん」では伝わるまい。名前は符号ではない。かけがえのない個人の尊厳を内包するものだ。

 今回の理不尽なテロ事件も、犠牲者がどんな方々か分かったことで、社会として事件を記憶し、今後の教訓もくみとっていくことができる。

 実名公表を巡り論争になった背景にメディアの取材姿勢への不信感があるのも確かだ。集団的過熱取材が強く批判されたこともある。遺族の心情を踏みにじるような取材が許されないのは当然だ。

 新聞倫理綱領は「自由と責任」「品格と節度」をうたう。その原点を記者一人一人が自省すべきだ。社会の信頼に支えられての「報道の自由」である。匿名化が進む社会はどこか息苦しい。信頼を得ることで風通しのよい民主主義に寄与したい。

 日揮、さらに政府の対応を今後チェックするのもメディアの大きな役割だ。日揮に対しては、生存者の生の声を取材できる機会を設けることなど一層の情報開示を求めたい。

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