(本)長田安司「『便利な』保育園が奪う本当はもっと大切なもの」

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2013/01/26


献本をいただいたのでご紹介。これまた非常に賛否が分かれそうな一冊です。著者の長田先生とは一度お会いしたことがあり、ブログ開設のサポートなどをさせていただいております。


それをお金で買いますか?

本書の主張はシンプルで、「待機児童解消を目的とした保育に関する規制緩和は、たしかに「便利な保育園」を生み出したが、本当の意味で親子のためになっているのだろうか?」というテーマ。

たとえば、現在規制緩和によって1日の開所時間が最大13時間になっていますが、これによって親子の関係が毀損されるのではと警鐘を鳴らしています。

保育所の利用者には子どもたちとその保護者がいます。都市型保育サービスは、あくまでも保護者を対象としたサービスです。そのサービスが推進されると、本当の利用者である子どもへの配慮が欠けてしまいます。

子どもを長時間預けることによって親は仕事ができるメリットがありますが、子どもは夜の8時や9時まで保育園にいたいのでしょうか。とんでもありません。家に帰りたいに決まっています。つまり、子どもの希望と親の希望が異なっているのです。この時点で、利用者本位は保育所では崩れてしまっています。

長時間保育は親にとっては便利なサービスですが、子どもの視点からしたら、親と離ればなれの時間を増やしてしまう、悲しい仕組みになっているということですね。

市場原理が最適化するのは、お金の出し手である親のニーズのみです。保育の問題に限らず、過度な市場原理崇拝は、お金を出すことができない人たちのニーズをないがしろにする危険があるといえるでしょう。書中にも引用があるのですが、このテーマはまさにマイケル・サンデルが「それをお金で買いますか?」で指摘しているものです。


「市場原理の限界」を顕著に示しているのが、無認可保育園に子どもを預けているという親の声。

無認可施設に子どもを預けている母親から次のようなことを聞いたことがあります。

・仕事をするのに、預けられないと困るから仕方がない。
・慣らし保育がなくて助かった。
・熱があっても預かってくれる。
・延長保育も10時までOK。洗濯もしてくれるので、とても融通が利く。
・家での様子や家族のことを聞かれない。
・夕食を食べさせてもらえるので、帰ってから時間に余裕ができる。
・お金を払えば、病児保育や習い事など、いろいろなサービスを受けられる。
・手づくりの持ち物、お弁当、保護者会、参観など保護者のやることは何もない。
・とても便利なので、金銭面以外で転園のメリットが感じられない。

全体としては確かに忙しい親のニーズに適ったものになっているのでしょうけれど、「家での様子や家族のことを聞かれない」「手づくりの持ち物、お弁当、保護者会、参観など保護者のやることは何もない」あたりは、ん??と疑問を抱いてしまいます。「夕食を食べさせてもらえるので〜」というのも、確かに便利ですけれど、やっぱり家族は一緒に夕ご飯を食べた方がいいのではないでしょうか。


こうした外注志向は、保育園の役割拡大につながっており、現場では真面目な保育士ほど息切れをしている、という指摘も。

ある年のことです。預かっている0歳児が39度2分の熱を出しました。保育士が母親の形態に電話しても出てくれません。お昼休みになってようやく連絡が取れました。お子さんが39度の熱があるので早く迎えにきてほしいと告げると、「仕事だから迎えにいけない」といいます。「それでは困ります。お子さんに何かあったら大変ですから、すぐに迎えにきてください」と保育士。電話を切ってから、待てど暮らせどお母さんは迎えに来ません。

やっと、夕方の5時半になってやってきました。そこで、園長はお母さんを呼び止め、どのような心づもりであるかを聞きました。そうしたら、「子どもをみるのはあんたたちの仕事でしょう。熱があったって、面倒を見るのはあんたたちの役割だ」と言い放つではありませんか。

(中略)保育の機能は拡大され、果たさなければならないことが激増しています。家庭の基本的な機能が失われたことによる手がかかる子どもたちや、意識の低い親たちの増加によって、過剰な負担が現場の保育しにかかるようになりました。真面目な保育士ほど誠意をもって対応しますので、やがて息切れして退職していきます。

なんともどん詰まり感のあるエピソードです。保育の現場が、こうした外注志向に押しつぶされそうになっている、というわけですね。


ではどうすればいいのか?という点に関しては、巻末に提言がまとまっています。ここも賛否をかなり呼びそうな感じですので、詳しくは本書をぜひ手に取って考えてみてください。一部を引用すると、こんな感じ。

・3歳までの子育ては親がすべきであることを国民の共通の意識としましょう。法律や条例になればもっと良いと思います。

・生後1年間は、子どもは親から離してはいけないという法律を作りましょう。できれば、その期間を1000日にまで延ばしましょう。

・育児休業制度は満3歳になった翌年の4月までを義務づけ、大企業も中小企業もそれが実行できるよう、国が財政的に支援しましょう。

・国は、保育園や幼稚園に3歳児として入園するまでのすべての子の保護者に、1人あたり7万円程度の子ども手当を支給し、母親が働かなくても安心して子育てできるようにしましょう。


こういうテーマを扱うときに危険なのは、すべてを「親の責任」にしてしまいそうになることでしょう。

たとえば、上で出てくる「意識の低い親」も、仕事を頑張っているがために、そういう親になってしまうわけです。親の無理難題は、もとを辿れば、非人間的な長時間労働や、会社側の過度な束縛が元凶となっています(子どもが熱を出したときに、すぐに休める会社であればいいわけですから)。


ぼくは保育問題のスペシャリストではないので具体的な提言はできませんが、強いて言えることがあるとすれば、長時間労働を規制すべき、在宅勤務を推進すべき、ということでしょう

長時間労働は言うまでもありませんが、多くのビジネスパーソンが在宅で仕事ができるようになれば、延長保育も不要になるでしょうし、子どもが病気でもすぐに迎えにいくことが出来るようになります。長時間労働規制と在宅勤務の促進は、本書が指摘しているシンプルな解決策になると思います。


かくいうぼく自身も、子どもが1歳になったあたりで保育園を利用する予定です。妻の会社は時短勤務を採用していますが、往復の通勤時間が4時間弱なので、帰りはどうしても遅くなってしまいます。

個人差はあるようですが、ぼくはせめて子どもは3歳になるまでは、できるだけ一緒にいたいと考えている人間です。その意味では保育園に預けたくないのですが、いかんせんそれは難しいのが現実です(ぼくも100%在宅勤務ではないので…)。

もし仮に妻の会社が在宅勤務OKだったら、保育園に頼らずともなんとか仕事ができるのでは?とも感じています。もしくは「週三日勤務」のようなワークスタイルを許容してくれるとか。


少なくともぼくに関しては、保育の問題はそのまま会社の制度デザインの問題として帰結できます。意識が低いのは親ではなく、むしろ経営者なのではないか、ということですね。

もちろん経営者にも経営者なりの利害があるのでしょうけれど、短時間正社員制度などは現実に動き出していますし、もっとフレキシブルになってもいいのではないでしょうか。

関連記事:「4時間正社員」「6時間正社員」—短時間勤務制度を用意する株式会社クロスカンパニー


つらつらと書いてしまいましたが、これは多くの方に読んで、ぜひその賛否と解決策について考えてもらいたい作品です。保育に携わる方はもちろん、子どもを持つ親、経営者の方にもおすすめの一冊。


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