2011年05月25日
支持される 「新・強力効果論」 支持されない 「カタルシス理論」
マスメディアの影響に関する研究は、1920年代から
主にアメリカで盛んに行われて来ました。
当初は、ウォルター・リップマンが提唱した「強力効果論」が主流でした。
これは、「弾丸理論」 「皮下注射モデル」 とも呼ばれる
「マスメディアは人々に対して直接的に強い影響を与えている」 という理論で、
(当時のマスメディアといえば主に新聞・ラジオですが)
報道の提示する疑似環境に人々の意識が影響を及ぼされ、
反応し何らかの行動を起こすというものです。
また、擬似環境に反応する際、人はステレオタイプを用いやすいことから、
マスメディアはステレオタイプも熟成するとも考えました。
これらは特に、ナチスドイツによる感覚系メディアを用いたプロパガンダに
多くのドイツ人がダマされたという事実をもって、
マスメディアの強力な影響力に対する警告という意味合いを
持ち合わせていました。
1940年代に入ると、ポール・ラザーズフェルドやジョセフ・クラッパーによる
「限定効果論」 が支持を集めるようになりました。
情報の受け手は自分の信念や考えに基づいてマスメディアに対し
選択的に接触をしているので、マスメディアはごく限定的な影響しか
与えていないという理論で、コロンビア大学が行った
エリー調査という実証調査研究の裏付けがあり、
素朴な強力効果論はほぼ否定された形となりました。
しかし、1960年代後半になって、テレビというより強力なメディアの
普及により、「新・強力効果論」 が台頭してきました。
これは「限定効果論」 を全否定するものではありませんが、
「頑固な受け手さえも屈してしまう複雑かつ巧妙な社会的トリックが存在する」
という視点で、マスメディアが強大な影響力を持つにいたる
「議題設定機能」「沈黙のらせん」「培養効果」 などの
様々なモデルが提唱されるに至りました。
ところで、これまで述べてきたことは主に
「政治的主張がメディアを通じて人々にどう影響を与えたか」
という論点に関する学問的知見であり、
児ポ法議論によく見られる
「性表現や暴力表現がどう影響を与えるか」
という議論とは若干趣が異なります。
こちらの方もアメリカで1970年代以降、
盛んに研究がおこなわれて来ましたが、
「直ちに悪影響を及ぼす」 といった単純な強力効果論ではないにしろ、
「影響を与える様々な要因が存在する」 という点で
「新・強力効果論」 と同じ文脈を持っています。
主な理論モデルとしては以下の4つが挙げられます。
(1)カタルシス理論 メディアに接することで、それらが“はけ口”となり、 攻撃衝動などが減少するという理論。 支持する証拠が少なく、研究者の間では評価されていない。 (2)観察学習理論 メディアに接することで、そこに描かれた行為を学習し、状況によっては 学習した行為を実行するという理論。支持する証拠は多いが、 悪いモデルから悪い影響を受けるだけでなく、良いモデルから 良い影響を受ける傾向もあるとされている。 ただし、どういう状況で学習されやすく、また、どういう状況で学習内容が 行動化されるのかはよく分かっていない。 (3)脱感作理論 リラックスした状態でメディアに接することにより、そこに描かれた内容と 弛緩状態が条件づけられ、描かれた内容への抵抗感が弱まるという理論。 支持する証拠は多く、神経症患者の治療にも応用され、 効果を発揮しているという。暴力表現などとの関連では、 脱感作を起こしやすい内容や効果の及ぶ期間などが 今後の研究課題とされている。 (4)カルティベーション理論 メディアに接することで、メディアに描かれた世界と現実の世界を 混同するという理論。暴力表現などとの関連では、現実世界には 実際よりも暴力があふれているという認識が深まり、 社会に対する不安が増大するとされている。支持する証拠が少なく、 研究者の間ではあまり評価されていない。 |
ちなみに、これらは主に暴力表現による影響を扱った研究で、
児ポ法議論に関連の深い性表現による影響に関しては、
モラル的な見地から最近はほとんど行われなくなりました。
(被験者にポルノを閲覧させて反応を見なければならないため)
ただ、1980年代まではかなり踏み込んだ研究も行われ、
ハードコアなどの暴力的性表現が
女性への暴力衝動を高めるといった、悪影響を検出した研究も
しばしば見られたようです。
また、強姦や強制わいせつを扱った暴力的性表現が与える影響力を、
上記の理論モデルに敷衍できるのではないかという見解も存在します。
したがって、今後も研究の余地は大いに残されていると言えますし、
現時点でも 「メディアによる悪影響は確かに存在する」 という見解が
研究者の間で主流になっているのは間違いない事実なのですが、
これらの理論を用いて包括的に性表現を法規制するには
根拠がまだまだ希薄であると言わざるを得ないのが現状のようです。
最後に、このカテゴリのメインテーマとなっている
「カタルシス理論」 ですが、研究者の間で支持されていないという
事実はもとより、この理論も 「新・強力効果論」 のひとつであるという
認識を、規制反対派は十分踏まえておくべきでしょう。
2011/6/22 追記
カタルシス理論が支持されない状況に関して、
もう少し詳しく引用しておきます。
基調講演 「ゲームやビデオが子どもに与える影響について」:文部科学省 (web 魚拓) それと、もう一方で「カタルシス効果」の理論というのがありまして、 これは何かといいますと、暴力シーンを観ることよって、 その欲求不満が解消されて、かえって暴力性が無くなるという、 悪影響と対立する議論ですね。 これは、だんだん研究が進んでまいりますと、 その「カタルシス効果」の方を実証している研究に、 実験方法の不備がある、 ということが指摘されるようになってきました。 確かに「カタルシス効果」というのは有るかもしれない。 ただ、欲求不満の解消としては、それは短期的なものに留まる。 時間が長くなってくると、やはり「暴力はよいものだ。」という 「価値観の学習」が長く続くので、それが強くなってくる。 だから、長期的なスパンで見てみると、やはり悪影響という方が強いだろう、 という議論が優勢になってきました。 |
カタルシスの効果 | ざつがく・どっと・こむ (web 魚拓) 暴力的な気持ちになったなら、パンチングバッグでも叩いて発散させれば、カタルシスが得られてすっきりするって、言うじゃない。でも、実証研究からは、カタルシス効果って認められていないんだよね。残念。それどころか、むしろ攻撃性を高めるんだって。斬り。 米国の研究者らが、被験者に怒りの感情を抱かせて、その後どういう行動をとるかを実験した。カタルシス効果を信じている被験者は、リラクゼーションなど反カタルシス効果を信じる被験者より、攻撃的な行動を選ぶ率が高い。しかもその攻撃性は、怒りの原因となる相手に対してであろうと、それ以外の人に対してであろうと、変わりなかったという。 研究者らはさらに、パンチングバッグを叩くことを楽しんだ被験者は、より攻撃的になる傾向が見られたという。気持ちをすっきりさせると信じてとった行動が、攻撃性を高めている。その理由は、プライミング効果といった心理面からも説明できるけれど、オランダとハンガリーの研究者らが最近行った研究は、ホルモンという視点から裏付けている。 彼らが行ったのはネズミによる実験。暴力をつかさどる神経経路を刺激すると、ストレスホルモンに対する反応が高まる。次にストレスホルモンを投与すると、行動が攻撃的になる。つまり、暴力的な行動がストレスホルモンを増やし、増えたストレスホルモンがいっそう攻撃性を高めるという、悪循環が芽生えているのだ。 |
<<参考URL>>
メディアの影響
(web 魚拓)
基調講演 「ゲームやビデオが子どもに与える影響について」:文部科学省
(web 魚拓)
スポーツ・青少年分科会(第35回) 議事要旨:文部科学省
(web 魚拓)
ゲーム研究データインデックス | テレビゲームへの正しい理解を
(web 魚拓)
王様を欲しがったカエル | メディアがセックスや暴力に及ぼす影響に関するモデル理論
(web 魚拓)
マス・メディアの影響
(web 魚拓)
関西学院大学総合政策学部山中速人研究室1
(web 魚拓)
関西学院大学総合政策学部山中速人研究室1 その2
(web 魚拓)
Socius_社会学感覚11マス・コミュニケーション論
(web 魚拓)
Socius_リフレクション16
(web 魚拓)
ITmedia News:(3)「貧しい漫画」が向き合ってきた自由と責任と (4/4)
(web 魚拓)
(以下 PDF)
第7回 バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会
マスメディアによる青少年の逸脱行動への影響
テレビメディアと市民社会
(2011/6/21 entry)