発信箱:日本人だけ「○人」?=福本容子(論説室)
毎日新聞 2013年01月25日 00時20分
アラン・ライトさんはスコットランド出身の37歳。4歳と1歳半の女の子のお父さんだ。人質事件が起きたアルジェリアの天然ガス施設で働いていた。
BP社員のライトさんは襲撃を知り、仲間と真っ暗な事務所に身を潜めた。約30人。一昼夜隠れた後、アルジェリア人たちがフェンスを破るのに成功、いっしょに脱出した。砂漠を1キロほど行った所で武装した男たちに捕まり、ひざまずかされた。外国人だけ残され、もう終わりだと覚悟したら、アルジェリア軍の兵士たちだった。助かったことがわかった。イギリスの新聞やテレビに詳しく語っている。
ライトさんのような証言は、海外では早い段階から多数報道されていた。イギリス人で最初に死亡が確認されたポール・モーガンさん(46)の写真は、お母さんのことばとともに政府経由で公表された。アメリカでは、国務省の報道官が犠牲者3人の名前を挙げ、大統領の哀悼メッセージを読み上げた。
日本では、「7人」「10人」といった数字ばかり。やっと名前や遺族のことばが報道され始めたけれど、政府も、襲撃に遭った人たちが働いていた日揮も、名前などかたくなに伏せ続けた。
人の顔が見え、肉声が聞こえる報道があって、暴力への怒りとか、政府の対応への疑問とか、とてつもない苦痛を味わった人への思いが具体的に湧く。全容解明につながることもある。信頼されるメディアがあってこその話だし、遺族や本人の気持ちを大切にするのは当然だけど、日本では今回に限らず、「心情を配慮」「個人情報の保護」を理由に、事実や背景が閉じこめられている気がしてならない。
「○人」では世の中を動かす力が弱い。匿名が当たり前の世の中は、危うい。