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女神の真実
68 質疑応答
 魔王は二人いて、そのどちらも同じ血筋の王家がその誕生に関わっていました。厳密には二代目は初代の魂を取り込んだのですけど。そしてその王家の血筋は今神殿の最高位に就いている訳ですね。
 私はといえば、初代魔王を倒すべく異世界とやらから召喚された元勇者の魂を持って生まれているとか。
 まとめてしまえばこんなに短くなりました。でもその内容は重すぎて、自分の身に関わる事だと思えません。
 今日の朝に、自分の洗礼名が普通じゃない、隠されていると聞いたばかりなのに、聖地に来てその理由がわかると思ったらいきなりこれですよ。
 おかげさまで理由はわかりましたけど、まさかこんな大事になるなんて思いもしませんでした。
 今回のように国王陛下が調べでもしない限り、私は自分の洗礼名が隠されているなんて知りようもなかったでしょう。
 いっそ知らない方が幸せだったんじゃないでしょうか。……違いますね。知らなければそれだけ危険だったでしょう。やっぱり知っておいて良かったんです。
「そろそろ質問の方、よろしいですか?」
 静かなゴードンさんの声が室内に響きました。
「構いませんよ。どうぞ」
「初代魔王の件ですが、どうして真実が今に伝わっているんですか? 神殿だけとはいえ、当時を知る者など、二代目魔王誕生の時点で存在しませんよね」
 大祭司長からの答えを聞いて、しばらく考え込んでいたゴードンさんからの次の質問でした。
 確かに。大祭司長が知っていると言うことは、誰かがそれを伝えたって事です。初代魔王の誕生は二代目魔王誕生のさらに前ですから、大祭司長が知識を受け継いでいても、そもそも初代が知りようがない話ですよね。
 どこから、誰がどうやって伝えたんでしょうか。
「初代魔王に関しては、生き残りの王子が日記という形で自身の父親の悪行を書き記していました。もちろん魔王の事もです。王子本人は旅から戻った後、城の生き残りであった父王の側近に聞いたそうです」
 ああ、例の旅先にいたため命拾いをした王子様ですね。でも親のやった悪行を日記に書き残すなんて、結構迂闊ですよね。そのおかげで今私達はその事を知る事が出来るんですけど。
 公文書ではなく、私的な日記という事ですから、つい本音が出たのかも知れません。だとすればその内容はどうだったんでしょう。
 王族である王子が、日記とはいえ親のやった事を悪行として書くんでしょうか。書いたからこそ残っているんでしょうけど、中身が魔王になった宮廷魔導師への的外れな恨み辛みだったりとかしないのかしら。
「恥ずべき記憶として、書きはしたものの、厳重な封印が施してありました。それは血族である当時の王城の書庫に眠っていたそうです。残った塔はその書庫でもあったんです。その書庫の中身も、廃都の際に新しい王都へと移されましたが、その際に日記が見つかったのだそうです」
 良かった。王子様はまともな感覚を持っていたようです。それにしても、兄に比べて弟、父親に比べて息子と、同じ血を本当に引いているのかと疑いたくなるような出来の違いですね。
 その日記から初代魔王の事が露見し、それも初代大祭司長は知る事になったという事ですか。
「初代の大祭司長は王家の姫君だったそうですが、そんなに簡単に神殿組織を改革できるものなんですか? いえ、初代の方の力量云々ではなく、それまであった形をいきなり変えるのは相当の力技だと思うのですが」
 神官長は男性しか就けなかったという事ですから、それまでの神殿は男社会だったようです。
 それを女性が、しかも名称を変えて就く訳です。いくつで出家したのかは知りませんが、王家の元姫君が、です。
 それまでの神殿に執着する層もいたのではないでしょうか。最悪そうした人達に邪魔されたりとかはなかったんでしょうか。
「大祭司長の座に関しては、当時の大神官長の助力を仰ぎました。彼はマーカスと共に魔王討伐に出た神官でもあったんです。世界の英雄の一人である彼の助力がなければ、王女が大祭司長の座に就く事はなかったでしょう」
 勇者一行が特別視されるのは、昔も今も変わらないんですね。しかも当時の神殿の最高位の人です。神殿も従っても不思議はないですね。見えない所で反発はあったかも知れませんけど。
「現在の魔王は転生の仕組みをいつ、どこで知ったのでしょうか? また初代の大祭司長は何故ジューンの魂が転生してくる事を知っていたんですか?」
 ゴードンさんの言葉に、そういえばと思いました。確かにジューンが死んですぐに魔王化した今の魔王が、転生する魂とか、その側に勇者の力を持つ選出勇者が生まれる、なんていうのは知らないはずですよね。
 何故それを知っていて、魂の転生周期に合わせて復活……というか魔王の影を地上に送り込んで来る事が出来るんでしょうか。いつ、誰から聞いたのか、もしくはどういう経緯で知ったのか。
 それは初代大祭司長も同じです。どうやって転生してくる事を知ったのか。知らないまま待ち続ける事は出来ないでしょうし、何より洗礼名を『託宣通り』と言っていましたよね。って事は女神様からの託宣って事ですか。
「転生自体に関しては、魔王がどこで知ったのかはわかっていません。ですが都を壊滅状態にして後、すぐに姿を消した所を見ると、その時点では知っていたのかも知れませんね。転生する事を知らなければ、その時点で世界を滅ぼしていたと思われます。神殿側がそれを知っているのは、大神官長の代に女神様より託宣があったからです」
 な、なるほど。逆説的ですけど、世界が滅んでいない事から、今の魔王はジューンを取り戻せる事を早い時点で知っていた、と考えた訳ですね。
 魔王は一途にジューンを思っている、と言えば聞こえはいいですが、その結果やらかしたあれこれを考えると、どうしても同情は出来そうもありません。
 そりゃ国王が一番悪いというのは変わりませんけど、だからといって魔王となって無関係の人を死なせてもいいという事にはなりません。
 都の人達の事ではなく、その後の魔王のせいで死んだ人達、魔王の影響で活性化した魔物に殺された人達。私の両親も含めて、です。だから、やっぱり私としては許せない。
 ゴードンさんは大祭司長の言葉に、軽く顎に手を当てて考え込んでいます。
「共鳴について、もう少し詳しい事はわかりますか?」
「共鳴というから伝わりづらいでしょうが、相手の思考や見聞きした事、そうしたものを我が物として感じる事が出来る、というもののようです」
 見聞きした事だけでも厄介なのに、思考まで相手に伝わるって、どうなんでしょう。遠慮もへったくれもないですね。
 でもそうすると、ここにも勇者が一人いるのですが。グレアムは大丈夫なのかしら。
 見聞きした事、というのであれば、今ここでこうしている全ても、魔王に全て筒抜けという事でしょうか。
「彼は共鳴をしていてもそこまで踏み込ませてはいないようですね。でなければここまで彼女を虚空城から隠し通せなかったでしょうから」
 そう言って大祭司長は私の方を見ました。何を考えていたか、丸わかりのようです。ちょっと恥ずかしい。
「勇者殿が今現在ルイザさんの側にいるのに、虚空城はつい最近現れました。勇者が目印というのなら、何故虚空城の魔王は彼女の存在に気づかなかったんですか?」
「勇者が側にいたからだと思います。彼の存在感で彼女の存在がかき消されていたんです。彼女は洗礼名が秘匿されていますから、霊的に存在感が薄くなっている状態なんです。だから勇者の強烈な存在感に隠れてしまった。本来の彼女の存在感ならば、かき消されるなどという事はありません。それほど彼女の洗礼名は強力なものなのです。この場合の存在感は霊的なものを意味します」
 それで今まで何も起こらなかったんですね。それにしても、質問はゴードンさんだけですね。答えるのも大祭司長だけですが。
 疑問をきちんと質問という形にするには、それなり頭を使う訳ですから、私達の中では、そういった事に一番向いているのがゴードンさんです。
「それでは目印の意味がないのでは?」
「いいえ。今回虚空城が現れた事でもわかるように、洗礼名の秘匿を行っても、勇者が側にいる状態では、長く魔王の目を欺くことは出来ません。そういう意味では洗礼名の秘匿は時間稼ぎに過ぎませんね」
 でもそのおかげで今まで見つからずに済んだんですよね。それだけは感謝するべき所でしょう。
 ん? そういえば四代目以降は置いておいて、二代目三代目って、勇者はジューンの魂の生まれ変わりの元に戻ってきたんでしょうか。
 自分の前世ではありますが、どうも四代目以降とそれ以前とで明確に線引きしている自分がいますよ。
 勇者が戻ってきていたのなら、その時に虚空城は出現したんでしょうか。でもそういう前例があったのなら、
「では虚空城が今現れたのは」
「魔王が秘匿のからくりに気づいたのではないでしょうか。勇者の側には必ずいるはずの娘がいない、だが近場に存在感が薄すぎる存在がある、諸々を鑑みてそれがジューンの魂を持つ娘だと判断したのだと考えています。聖地が関わっている事すら勘づいているかも知れません」
 あれ? って事は隠した事が逆に目立つ結果になったって事でしょうか。それって本末転倒って言うんじゃ……。言いませんけど、ここでは。
「我々神殿は長らく虚空城出現の兆候を探ってきました。これまでにも出現の兆候は見せたものの、結局出現せずと言う事があったんです。ですが今回は出現しました。おそらくは勇者がジューンの魂を持つ娘の元へと戻ったからです。ですがおそらくはそれが元で魔王がルイザさんを見つけてしまった」
 ということはグレアムが戻って来なければ、魔王に見つかる事もなく虚空城も現れなかったという事でしょうか。
 あ、グレアムがちょっと哀しそうな顔でこっちを見てる。まさか考えを読まれた訳じゃないでしょうね。
「今回短期間であなたを聖地に呼び寄せる事が叶ったのは、虚空城の動きを察知出来たからこそです。本当に間に合って良かった」
 そう言うと大祭司長は私に微笑みかけました。幼い姿で、誰よりも深い笑みを浮かべる人。
「何故聖地へ呼び寄せたんですか?」
 ゴードンさんは突っ込みますね。当事者の私の方は既に頭がぱんぱん状態です。これ以上の話は理解出来そうにもないですよ。
「聖地は魔王マーカスにとっては忌み地です。虚空城もここには近寄りませんよ。それもいざとなれば意味をなさないかも知れませんが、少なくとも王都よりは安全です」
 そうか……恋人を殺された場所ですからね。思い出したくもないんでしょう。気持ちは何となく理解できます。
 私も以前住んでいた村やら街やらに行ってみたいとは一度も思った事がありません。苦しい思い出の方が大きいですから。
 そういう意味で言えば、私にとってもここは忌み地になるのでは? ジューンの記憶はさっぱりないので、はっきり断言は出来ませんが。
 少しだけ思い出した内容はかなり凄惨なものだったので、十分思い出したくない場所になっているでしょう。
 記憶を完全に取り戻したら、この場所に対する思いも変わるのかしら。今はどうという事はないです。ただ『聖地と呼ばれている場所』という認識だけなので。
「いざとなれば、とは?」
「魔王にとって聖地は近寄りたくない場所ではありますが、決して近寄れない場所ではないんです。聖地の結界も、魔王の力には有効でも、勇者の力には威力も半減します。マーカスはどちらも有していますから」
 長くここにいれば、焦れた魔王が聖地を襲撃する可能性もある訳ですか。今は大丈夫でも、ずっと聖地に居続ける事は出来ないという事ですね。
「勇者殿が帰った時点で彼女を保護するつもりはなかったんですか?」
 ゴードンさんはまだ聖地に疑いの目を持っているようです。少しでも気になる所は解決しておこうという所ですか。
「下手にこちらが動けば、魔王が察知しかねません。ですから聖地としてはぎりぎりの場面でしか動けなかったのです。それについてはお詫びします」
 そう言うと大祭司長は私の方へ頭を下げました。慌ててやめてもらいましたけど、こんな立場の人に頭下げられるなんて、心臓に悪いですよ。
「それに勇者の婚約者という立場の彼女を聖地に連れてくるのに何の支障もなかったと言えば嘘になります。特にその力を欲している各国は、今回の事も聖地の内政干渉だと言ってきているようですし。ですので虚空城が出現しない限りはこちらとしても不干渉を貫くつもりでいたのです」
 大祭司長はそう言うと、笑んだ目でゴードンさんの方を見ました。さすがにそれに返す言葉はゴードンさんにもないようです。
 実際国内にも似たようなのはいましたからね。それが国外ならなおさらと言った所ですか。聖地も意外と政治関連で大変なんですね。
「魔王を消滅させた場合、魔物はどうなりますか? これまでは魔王を倒せば……これは影だそうですが、魔物は少なくはなっても根絶はしていませんが」
「魔王を消滅させる事が出来れば、魔物も消滅するでしょう。そもそも魔物は魔王の作り出した存在ですから、魔王が完全消滅すれば、魔物も完全に消え去る事でしょう」
 そうなんですか!? 驚いたのは私だけでなく、巨乳ちゃんやちびっ子も驚いた顔をしています。
 ゴードンさんが言ったように、これまでも魔王を倒すと魔物の脅威は減りましたが、あくまで減るだけで完全消滅はしないんです。
 街の周囲とか人の多い所では見かけなくなりますが、森や山といった人の少ない地域では、魔王討伐後も普通に出るんです。
「それは何を根拠にしているんですか?」
「例の日記です。その中に魔王誕生以前には魔物は見かけられなかったといった内容があるのです。そこから考えて、魔王が魔物をその魔力で生み出したと考えました。生み出したものが消滅すれば、少なくともその後増える事はありません」
 魔物は繁殖する事はありません。個体が分離する事で増殖する事もないといいます。
 ではどうやって増えるのか。魔王の力で増殖するのだ、というのは神殿でも教えられる内容です。実際魔王が出現すると、強力な魔物が出現するだけでなく、魔物の数自体も爆発的に増えます。
 その内容にこんな裏付けがあったとは知りませんでした。
「日記だけではなく、現存している同時代の書物からも、同様の事が読み取れます。だからこそ、魔物は魔王が生み出した副産物と私達は捉えています」
「その日記はまだ残っていますか?」
「ええ。書庫に厳重に保管してあります。ご覧になりたいのであれば、後日日を改めて書庫へご案内しましょう」
「ええ、お願いします」
 ゴードンさんはそれだけ言うと、黙ってしまいました。これで質問は終わりでしょうか。
「以上でよろしいですか?」
「はい。……今の所は」
 ちょっと引っかかる言い方ですね。また後で聞く事があるかも知れないって事ですか? これ以上あれこれ出てきて欲しくはないんですけど。

 質疑応答が終わったらこの場は解散かと思いましたが、そうでもないようです。
「この後皆さんが使われる部屋の方へご案内します、支度が調うまではこちらでお待ちください」
 そうペイス上級大祭司に言われて、私達はおとなしく大祭司長の私室で待つ事になりました。私はまだ寝台に寝たままですよ。
「もう起きても」
「案内来るまで寝てなさい」
「体調不良を甘く見てはいけませんわ」
 そうちびっ子と巨乳ちゃんに言われて、結局そのまま寝台から出る事が出来ませんでした。なんでこんな時ばっかり息が合うんでしょうね、この二人。
 確かに吐いて気を失ってるんだから、もう少し体を休めた方がいいんでしょうけど、正直他の人が立ってる中で寝ているのは落ち着かないんです。
 静かな室内で、一人寝台に寝て天井を見上げます。静かと言っても人の動く気配は絶えずあります。この室内だけで私含め八人いますからね。でも誰も口を開くことがないので、話し声はありません。
 魔王の事、大祭司長の事、勇者の事、私の事。たくさんの知らなかった事実をここで聞きました。
 正直どれも受け入れがたい気がします。いきなり自分が初代勇者の生まれ変わりで、ただ一人魔王に対抗出来る存在だと言われても、はいそうですかと納得は出来ませんよ。過去三回の転生の記憶はありますけど。
 もしかしたら、今までの勇者もこんな思いだったんでしょうか。いきなり勇者に選出され、魔王と戦う事を義務づけられて、家族とも引き離されて送り出される。
 右も左もわからないような場所に放り出されて、世界の為にと犠牲を強いられて、それでも彼らはその義務を果たしました。誰一人、逃げることもなく。
 いえ、いましたね、一人。逃げた勇者が。でも彼女はこの世界の人間じゃあないから、仕方のない事かも知れません。自分の前世と言われても、記憶がない以上やっぱり他人と同じです。
 ジューンは、この世界に召喚された時、何を思ったんでしょうか。戦いを拒んだ彼女は、喚び出した国王を憎んだでしょうか。女神を呪ったでしょうか。
 それまでいた平和な世界から、見た事もない魔王を、しかも自分とは何の関係もない魔物の王を倒せと言われて、どう思ったんでしょうか。
 その辺りも全て、記憶の封印を解けばわかる事なんでしょうけど、今はそれを考える気力はありません。もう少し待って欲しいというのが本音です。あまり時間はないのかも知れませんが。
 思えば、勇者という存在は世界の犠牲だったんですね。選出された勇者であれ、召喚された勇者であれ。
 初代のマーカス以外、誰も望んでその地位に就いてはいないのも、共通ですか。マーカスも自ら望んだとは少し違うかも知れません。彼はジューンの代わりに力を引き受けて討伐の任に当たった訳ですから。
 今まで何も考えず、魔王は勇者が倒すもの、と思っていました。大部分の人がそうでしょう。勇者に関わっていた私でさえ、そこだけは疑いませんでした。
 どれだけ自分たちが勝手な事を考えていたか、その立場になって初めてわかりました。私の場合はちょっと違う気もしますけど、でも無責任な一般庶民の一人であった事は消えません。
 グレアムは、旅立つ時どう思ったんでしょうか。その後私が彼を捨てるつもりでいた事を知った時、裏切られたと思ったんでしょうか。
 私は寝台の側に立つ彼の横顔をそっと見つめました。故郷での、彼の態度を思い出していました。ひどく不安定なあの様子。
 あれを討伐の旅がひどく大変だったからと解釈していましたが、それが違ったら?
 世界の犠牲に捧げられる勇者という立場に、思うものがあるが故のものだったら?
 不意にグレアムと視線が合いました。あまりにも見つめ過ぎて気づかれたんでしょうか。
 彼は柔らかく微笑むと、こちらに手を伸ばして髪を優しくなでてくれました。小さい頃から、ことあるごとにこうして頭を撫でられていました。
 そんな幸せだけだった頃を思い出して、少しだけ胸のうちが温かくなった気がします。
 『今はいい』と言っていたグレアム。あれから話す機会はあったのに、結局話さず終いでここまで来てしまいました。もう話す状況じゃなくなってますね。
 全てが終わったら、全部話して謝りたい。許してくれるかはわからないけど。

 やがて一人、また一人と案内係としてやってきた神官と共に、部屋から消えていきました。
 部屋割り云々を担っているのはペイス上級大祭司の方みたいです。部屋にやってきた神官にあれこれ指示を出して、順に案内させています。
「リンジー、あなたは部屋の場所はわかっていますね。以前聖地に来た時に使った部屋を用意させましたから」
「はい、ありがとうございます」
 そう言ってちびっ子は最初に部屋から出て行きました。最後に残ったのはグレアムと私です。
 上級大祭司の二人も既に部屋からいなくなっています。地位の高い人はそれだけ忙しいのでしょう。
 ゴードンさんが質問しまくってくれたおかげで、私の頭の方も少しは整理されました。まだまだ混乱続きですけど。
 この先に何があるかはまだわかりませんが、今のうちに確認しておきたい事があります。聞くのは正直気が重いですが、聞かない方が困る事になる気がするので。
「聞いてもいいですか?」
「何ですか?」
 相変わらず大祭司長の声は穏やかです。最初はそれがこちらの落ち着きを促してくれましたが、今は逆に得体の知れないもののように感じてしまいます。
「私がいなくなれば、魔王は消えますか?」
 一番聞きたくない内容です。言った途端、部屋の気温が下がった気がしますが、今は無視しておきます。
 ただ、そう考えると神殿が私の身を守るような行動に出るのはおかしい気がしますが。
「いいえ。今あなたの命が消えても、次の百年後に再び転生した際に復活するだけです。根本は何も変わりません」
 私はほっと一息つきました。もし私の存在が魔王を呼び寄せているとなったら、どんな目にあうかわかりませんし、そもそもそんな自分をどうすればいいのかわかりません。
 今のうちに聞けるだけ聞いておきます。でも内容が内容だからあまり口にしたくはないですね。
「……魔王は私を望んでいる……んですよね? もし私が自分から虚空城に行ったら?」
 今現在は行く気はないんですが。行った所で何をどうする事も出来ませんし。でもこれも、そうだと言われたら嫌でも行かされそうな気がするんですよね。
 でも言った途端グレアムの方から冷ややかな気が漂ってきましたから、ちょっと聞いた事を後悔しました。でも今でないと聞けない気がするし。
「今のまま虚空城へ行けば、マーカスにとっては好都合でしょう。あなたを労せずして手に入れられるのですから。ですがその場合この世界は滅びるでしょう」
「え!?」
 どういう事ですか!? なんで世界が滅びるとかになるんですか。
「あなたを手に入れた後、彼が望むのはこの世界の完全破壊です。彼は人も世界も呪い、憎悪している。今現在攻撃を仕掛けないのは、ひとえにあなたの存在がどこにあるかわからないからです。やっと見つけたあなたを見失う事をこそ、彼は恐れているのです」
 死んでもダメ、虚空城に行ってもダメ、八方ふさがりって、こういうこと言うんでしょうか? 正直勘弁して欲しいですよ。
 一瞬何も聞かなかった事にして、逃げ出してしまおうかとも考えましたけど、あの虚空城がある限り、どこに逃げても意味はない気がします。
「それじゃあどうしろと?」
 結局困り果てて口にした泣き言に、大祭司長は、静かに答えてくれました。
「……記憶の封印を解いてください。あなたの記憶さえ戻れば、魔王消滅が叶うのです。私に手伝える事ならば、何でもしましょう。そのためにこそ、この地位と力と命はあるのですから」
 ああ、そうか。初代からこの地位に居続けるのは、神殿の力を全て掌握して効率よく使う為なんですね。全ては魔王を消滅させるために。
 自分の命も、血族の命も捧げて。そうまでする彼女達の想いの根幹にあるのは、何?
「血族の悲願達成は目の前にまで来ています。勝手な願いである事は重々承知しています。ですが、あなた以外に魔王を消滅させる事が出来るものはいません。どうか、記憶の封印を解いてください。そして、虚空城の魔王を消滅して欲しい」
 悲願。贖罪を願い続ける、一族の。でもそれは。
「それは……あなたの為ですか?」
「いいえ。世界の為です」
 大祭司長はそう即答しました。揺らぐことのない瞳で。
「世界?」
「そう。あなたが虚空城に囚われれば、まず間違いなく魔王マーカスはこの世界を滅ぼすでしょう。そしてあなたの命が損なわれれば、また百年から先の未来に贖罪を託すより他ない。魔物の餌食になる人々も出るでしょう」
 そうだ。魔王の消滅が叶わなければ、今までと同じサイクルで魔王は復活し、勇者は選出され続ける。そして、私は……。
「魔王が消滅すれば……魔物も消えるんですよね?」
「そう考えています。根拠は先程述べましたね」
 そこまで聞いて、ふと頭によぎった事があります。
「……あなたの次の大祭司長候補って、いるんですか?」
「……いますよ。今この場には呼んでいませんが。会いますか?」
 私はふるふると頭を横に振りました。会いたい訳じゃありません。かといって憎い訳でもない。


 今は教えられた話が大きすぎて、ついていけない感じです。


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