雨は、夜更け過ぎに
■
■
■
5分間、開け放ったサンルーフから立ち上る、タバコの煙を眺めていた
そのあと、アイドリングになったままのエンジンを2,3回空ぶかししてみた
なにも、変わりはしない
現状、維持ってやつだ
たとえ、このあと延々とラリーを続けたところで、結局はダヴル・フォルトでゲームセットだろう
リクライニングしたシートを元に戻すと、まあくんはすっかり曇ってしまったフロントに対して、世界中で自分にしか聞こえないような舌打ちをぶつけると、デフをMAXにセットし、車を出した
R296を上りながら、1時間前、この道を下っていた自分の気持ちを思い出そうとする
でも、だめだ
体の中心を熱くしながら、あの場所へと向かっていた、たった1時間前の気持ちさえ.いまはもう、思い出せないほど遠くのほうへ飛んでしまっているのだ
時計は午後3時を少し回っている
タイムリミットにはあと、2時間
まだ、いけるじゃないか
2時間、10コール
そのうち1本でも、俺の本能に訴えてくるコールがあれば
俺は、沈みはしない
落ち込んでいた気分はまた、期待と焦燥の入り混じった状態へと回復していく
踏み切り待ちの渋滞、最後尾に着くころには、例の高まりがまた、戻ってきたような気がする
28歳、11月
■
うちひしがれた気分に陥ることには慣れている
決まって夕方の6時過ぎ
いつもの店で、少しだけ早い夕食を取りながら
このあとのプランについて思いを巡らせる
よくあることだ
フリータイムで入って、成果ゼロ
6000円がまったくの無駄金になったとしても
そこから立ち直る術を、まあくんはすでに自分のものとしていた
だから
こうして腹ごしらえを済ませたあとに一体どんな展開が待っているのか
まったく懲りないで、また立ち直ることができるのだ
あす、土曜でなければ無茶はしない
おとなしく帰るところだ
ここんとこ、外回りからオフィスに戻っても、いままでどこかでサボってきた
そんな雰囲気を社内の人々に対して振りまきすぎだ
さすがのまあくんでも、社会生活における本能的な危機感みたいなものが、ひしひしと襲ってくるのを感じずにはいられない
だから、明日がもし、水曜や木曜だったら
おとなしく帰宅していたはずだ
だけど、今日は金曜日
そして、明日は土曜日
「ごちそうさま」
まあくんはたちあがり、お金を払うため、レジへ向かった
■
そのコールをとったのは、確か、もう23時を回った頃だ
トータルして13時間
延長料金は
計算するのも怖いくらい
サービスタイムから夜の部へ突入して、さらに4時間以上経過した時点で、巡り会えたコールだった
女は28歳、結婚している、と自己申告した
亭主は夜勤の多い仕事で、今現在、家にはいない と
暇つぶしなのか、それとも、好奇心にかられた深夜のコールなのか
まあくんは自分なりに、経験からそのコールの質を判定する
そして、彼女の背後に聞こえる退屈なTVの音声から
後者である、と判断してみた
もちろん、根拠などあるわけがない
また、判断の基準もその時々、いろいろあるわけだ
たまたま、このコールの、後ろから聞こえてくるバラエティーらしきTVの音声が、そのときのまあくんには生々しく聞こえた
それだけだ
そして、やっとまともなコールに巡り会えた
期待感と体の中心を駆け抜ける、なんと表現していいのかわからないくすぐったいような、少しだけ熱を帯びたような
そんな感情が、リフレインしてくるのだった
だけど、そのときめきは
今日は出られない
彼女の言葉でシャットアウト負けだ
ちっ
電話口でまた、世界中で自分にしか聞こえないような舌打ちをしたまあくんは、投げやりに自宅の電話番号を彼女に伝える
暇だったら、電話してきてよ
彼女とか、いたらまずくない?
いいや、さっきも話したけど、別れたばかりだから
といあえず、いまんとこ電話に出るのは僕だけだ
そう
うれしげなイントネーションで「そう」を彼女が返してくる
まあくんのなかで、このコールの光り具合がさっきより少しあがったみたいだ
彼女と別れた、という設定もあながちうそではない
今年の3月、まあくんは彼にしてはロングランを続けた恋を終わらせた
いまはフリーだ
25歳も、夜間の大学へ通っているも、仙台出身も
全部、今回のシナリオに沿った設定であるが
そのなかに1つだけ、真実がまざっているのだ
それは、まあくんの意図したところではない
たまたま、そういう展開になってしまっただけのことだ
受話器を置くと、店を出る
11月下旬、初冬の冷たい風に思わずコートの襟を立て、背中を丸めながら歩いてしまう
駐車場までの道のり
真っ暗な中に、一つだけ星が輝いて見える
そんな夜空を見上げながら
僕は、どこへ向かっているのだろう
そんな風に思ってしまう、まあくん
■
12月にはいると、加速度的に仕事は忙しくなる
11月の30日から12月1日へ、日をまたいだだけだと言うのに
この忙しさはなんだ
気の早い取引先では忘年会
ビール県と現金持参で得意の作り笑いを満面に浮かべながら、名刺を配りまくる
なぜ?
自問自答しながら、会社で配る来年のカレンダーの絵柄が変更になったからといって、すでに印刷所へ回されている原盤を差し替えにいく
作り笑顔で印刷所のネズミ色したおっさんに頭を下げながら
そんな風に、12月第1週は流れていった
てれこむひまなんか、ありはしない
やっと一息つける
そう思ってソファに勢いよく座り込んだ週末、キープしているなーずから電話が入る
週末、泊まりに来るらしい
やっと一息つけると思ったのに
まあくんは落胆する
もちろん、てれこみで知り合った女だ
3ヶ月もつきあって、もう、いらないってかんじの女だ
くっさいのが、とてもいやだ
とりあえず、来る物は拒まないが、甘んじて受け入れるのも、今回が最後
そうしたい
暗闇に、ちかちかと光る留守電マーク
それは、先週、期待薄で自宅の電話を投げておいた28歳主婦からだった
また、電話します
短いメッセージ
電話番号くらい、いれとけよ
そう思いながら、舌打ちをするまあくん
もちろん、世界中の誰にも聞こえないくらいの音で
■
21歳のなーすは週末の二日をまあくんの部屋で過ごすと、帰り支度を始めた
いっぱいいっぱい
まあくんとできたものだから、さぞかし満足なのだろう
鼻歌混じりだ
だいたい、なーすのくせに週末仕事を休むなんて
おかげで、俺のウィークエンドは台無しだ
てれこむこともできなかった
おまけにくさいし
もう、こりごりだ
対照的に、まあくんは不機嫌
そして、そんな週末が決心をますます固めていった
「送るよ」
「ありがとう」
9時から始まったTVが終わるのをトリガにして、彼女を助手席に乗せた
「こんど、いつ泊まれるかなあ」
「うん」
もう、きみはとまらなくていいひと
「それとも、あたしの部屋に来る?」
ごめんだね
へへっ
車は東船橋駅のロータリーについた
じゃあ、といって車を降りようとする女の半身になった肩越しにまあくんの決心が言葉になってぶつかった
「もう、あわないからね」
そんな雰囲気をみじんも感じさせず、いっぱいいっぱいせっくすしてたくせに
まあくんはそんな人なのだ
「なに?」
女はもちろん、わけもわからずに、聞き返す
「もう、あわない」
「なんで?」
「じゃあね」
「ちょっとまって なんであわないの」
「ばいばい」
「どうして」
「おりて」
「どうして」
「車から、おりて」
「おりないよ」
「おりて」
「おりない」
ちっ
いつもの舌打ちから、ドアを開け、助手席側へ回る
でもって助手席のドアを開けると彼女の左手をつかんだ
引っ張って無理矢理助手席から引きずり出した
まるで、シートに根を張ったんじゃないかと思ってしまうほどの重さ
そのあと、フロアに転がっていた彼女のお泊まり用バッグを放り出した
「なんで」
根こそぎほうりだされたにも関わらず、それしか言わない彼女
「じゃあね」
再び運転席側にまわると、車に乗り込み、そのまま車を発進させた
ドラマだったらきっと、車内にカメラだろう
ルームミラーに映る、彼女がどんどん小さくなっていくのを、30秒間、撮し込むのだ
だけど、まあくんは、ルームミラーなんかっこれっぽっちも見ちゃいない
見ているのは、前だけだ
■
12月も2週目に入ると、胸騒ぎの季節だ
街はもう、クリスマス一色に染まる
生まれてこの方、神様とか宗教とか、そういう類のものを信奉したことなど皆無なまあくんでさえ、なんだかいやな胸騒ぎを覚えてしまう
そんな感じのパルコ前なのだ
まさかこの俺が
クリスマス、一人で過ごすなんてこと、あるわけないよな
自身にそう言い聞かせていても、現状を考えると、もう、どきどきだ
去年まで12月24日から25日、寄り添っていた相方はもう、いない
きっと、ほかの新しい誰かともう、クリスマスの予定なんか立てて愉快に過ごしているのだろう
あいつ、スキーやりたいって言ってたから、もしかするとゲレンデでイヴを迎えたりなんかもするのかもしれない
たいまつ持って
やたら元気なスノー・フリークスとともに
そんなことを考えていると、なぜだか無性に腹立たしい気分になってくる
忙しすぎて、ゆっくりと堕落するひまもない、今の状況もあいまって
あと2週間
どうしたものか
きっと、てれこむしかないのだろう
平日、普段だったらいくはずもない時間帯、津田沼Tの個室でひとり
まあくんは熱弁をふるっていた
相手は25歳OL
すぐに暴力をふるう彼氏あり
すぐ、やりたがりのまあくんにしては、じっくりと腰を据えた今回のトークだ
やっぱり、クリスマスを意識してしまうから
いますぐ、したいけど、クリスマスにも、したい
そう考えると、やり逃げだけは避けたい
自称、常盤貴子
相手のそんな発言が、まあくんのクリスマスにもやりたい気持ちをことさら盛り上げていく
「そんな彼氏とは今すぐ別れたほうがいい」
「女性に暴力をふるうなんて」
「これからのこと、相談に乗るよ」
誰かを批判する術にはことのほか長けているまあくんは、水を得た魚のように常盤貴子の彼氏をやり玉に挙げる
「君のことを思っていっている」
「君のこれからが心配だ」
ついでに、いまやりたいうえに、クリスマスにもやりたいだけのくせして、いかにも親身になっている風を装ってたたみかける
ついには、その熱意が、彼女を電話口で泣き出させてしまうほどに
午後10時、平日夜遅くのあぽが成立だ
待ち合わせの競馬場前、車の中で5分待った
いつもの高まりと、不安、期待、えっち
ありったけの感情を混ぜ合わせながら、タバコに火をつけ、あたりに赤外線レーダーを張り巡らせながら、ちょっとしたものや、人の動きにぴくぴくしている
話し込んだ上、心までつかんだ挙句のアポイントメントだ
今回は自信あるぜ
余裕の5分をすごすと、約束の時間ちょうど、彼女は現れた
人目を気にしてだろうか、いかにも、知り合いとの待ち合わせ
それを装うように、手を振りながら近づいてくる
競馬場の正門に飾られた、一体何万人のはずれ馬券で立てられたのか予想もつかないほどゴージャスなツリー
そこに巻きつくデコレイションの点滅で彼女の輪郭が明らかになった
似てる
常盤貴子だ
まぎれもない、上だ
そして、俺の、メリークリスマス
■
彼女がよく行くという、居酒屋で乾杯した
新鮮な魚介類と全国の地酒が売りらしい
地酒で酔ってね
まあくんはそう願いながら彼女と歓談する
明るくて、話題に事欠かない彼女だった
こちらが振る必要もないくらい、次から次へといろいろなテーマが、彼女の、くわえてもらったら気持ちよさそうなお口から飛び出した
常盤貴子からすけべそうな部分を拭い去ったような雰囲気
実際、こんな端正な顔立ちの彼女を殴ることができるなんて
信じられない彼氏だ
これは、本心から思った
途中、思わぬ危機に瀕する場面も合った
25歳、営業、彼女とはけんかして3週間連絡をとっていない
そのような設定の今日であったのだが
「じゃあ、あたしと同じ学年だね」
すっかり油断していた場面でのつっこみに
「あ、あーうん」
思わず足元を踏み外しそうになる
「干支は?」
この一言で、谷底だ
まったく準備していなかった
瞬時にしてまあくんの頭の中を十二支が輪になってサンバを踊り始めた
ねーうしとらうー・・・・・
「? 戌年じゃ、ないの?」
さるとりいぬ いー
「え、あと、とり」
「え?とり?」
「とり」
「早生まれ?」
「え、いや10月だけど」
もう、わけがわからない
そして、十二支で混乱する頭で思わず口走ってしまった「10月生まれ」が墓穴を掘る
「え、10月だったら、26じゃないの?」
顔立ちばかりか頭脳まで明晰な彼女だった
地酒をこれでもかというほどあおっているにもかかわらず瞬時にして干支と年齢のトリックを解き明かしてしまうのだ
だ、だめだ
もう
まあくんは観念する
「ごめん、実は」
「君に合わせたくて、一歳うそついた」
「なんでそんなことでうそつくの」
「ごめん」
「関係ないじゃない年なんて」
常盤貴子は怒った
まあくんはうなだれた
これで、君とのメリークリスマスは・・・・・
しかし、こう見えてもこの道では中堅どころ、を自負しているまあくん
このまま引き下がるわけにはいかないはずだ
あきらめる前に起死回生のアクションを起こしてみる
だめでもともとさ
どうせてれこみ、失うものなんて初めからないはずだ
まあくんの中に入った日本酒がポパイのほうれん草になったのかもしれない
カウンター下でいきなり彼女の両手を握った
おまけにやや斜め下方から覗き込むように彼女を見つめたりもする
ごめ・ん
常盤貴子がまあくんの手を振り解いた
だめか、失敗か
一瞬覚悟を決めて、この店の支払いをどのようにしようか、そこまで考えを張り巡らせていると、自由になった彼女の手はまあくんの太もものあたりに安住の地を見つける
その手を思いっきりいやらしく太ももの付け根とひざ小僧を3往復させながら、今度は彼女から微笑みのお返しだ
取って置きの笑顔は、ものすごくえっちな笑顔
あんなにきりっとしていたはずの彼女の顔に、常盤貴子特有のえっちなシルエットが宿った
地酒が、効いていたんだね
■
二人が満足げに原木インター脇のHTから出たのは、午前3時を回ったころだった
もちろん眠い
明日も仕事だ
でも、いまくう、という目標を果たしたからには、後残っているのはクリスマスにもくう
そのためには、終わった後いきなり常盤貴子に背を向けてタバコを吸ったりしてはいけない
最後の最後までエスコートだ
おまけにTバックをはいていた常盤貴子
うわさには聞いていたが、まあくんじしん、Tバックの女を食ったのは初めてのことだった
興奮のあまり、3回目は思わずTバックはかせたままやってしったほどだ
クリスマスにTバッグ
もう、絶好のシュチュエーションではないか
今年のイヴは、君で決まり
君しかいない
最後まで、わらかしながら、常盤貴子を送り届けたまあくんだった
「またね」
「電話、待ってるから」
さっき待ち合わせたツリーのところで、お別れの挨拶を交わす
相変わらずツリーはゴージャス極まりないのだが、午前3時を回った街はひっそりと静まり返っている
そんな空気に合わせて、二人ともひそひそ声で
「うん 電話する」
「好きになったかもしれない」
上の空な言葉たちが白い息とともに吐き出される
まあくんにしてみれば、結構本気
常盤貴子にしてみればそれは
なんだったのだろう
■
眠い
本当にねたのかよ
疑いたくなるほどの寝不足感を引きずったまま仕事に向かうまあくん
体が重い
9時間睡眠派にとって、拷問とも言える一日の始まりだ
救いは、今日、飲み会らしい飲み会が一件も入っていないことくらいだろうか
それにしても
またひとつ学んだ昨日の出会いだった
いつもどおり出勤したまあくんは10時になるとパルコへ向かった
売り場に並ぶ来年の手帳
その中身を丹念にチェックすると、要件を満たす一冊をチョイスする
売り場で精算し、そのまま包みを破る
ぱらぱらとページをめくり、巻末の付録部分だけ破り取り、手帳本体をトイレ脇のくずかごに破棄する
昨日の教訓だ
まあくんの手に残された、能率手帳の付録は、もちろん、年齢干支早見表
それを大事に4つ折すると、後ろのポケットにねじ込む
それから、仕事へ出かけた
■
寝不足で倒れそうになりながらも持ちこたえた
そうしているうちに、不思議と元気が沸いてくる
夕方が過ぎ、冬の早い日没を迎えたころには体調万全に返り咲いていた
でも、今日は早寝するぞ
心に決めている
オフィスで日報を書き終えると、年下なのにやたら面倒見がいい経理の女の子の
「ご飯おごってあげようか」
というありがたい誘いをも固辞して、帰宅したのだった
真っ暗な部屋に入ると、留守電マークが点滅していた
ふん
相手は、決まっているじゃないか
昨日の今日で、もう、ラブコールかい
常盤、貴子
再生ボタンを押し、着替えながら聞く
(もしもし 電話ください 明日の夜10時まで待っています もし電話がなかったらあきらめます この電話も解約します ピー)
助手席に根を張ったナースからだった
しろよ、解約
(もしもし 今日飲み会があるので、終わった後にでも会えるかなと思って電話しました またかけてみます)
先々週、番号を投げた28歳主婦
まったく忘れていたので少し意外だった
これは、もしかすると、ひっぱれるのかな
そんな風に思う
以上
常盤からの伝言は、なかった
少し拍子抜けしたが、まあ、いいや
このパターンだと、食った後一週間がやまのはずだ
もし一週間過ぎて、電話がないとなると、少しやばいかもしれない
でも、あれほど深く愛し合った二人
あれっきりってはずはあるわけない
そのうち、連絡あるさ
そう思いながらも、内心、電話きいとけばよかった
後悔し始めるまあくん
ビールとコンビニ弁当で夕食を済ませると、そのまま後悔しながらソファで眠ってしまった
電話の呼び出し音で目がさめた
反射的に、常盤貴子
そう思って受話器を取る
「もしもし」
「はじめましてえ」
「はい」
「わかる?」
寝ぼけててわかるはずもないのだが、エチケットとして「はい」
「こんばんは」
「こんばんは」
「あら、寝てたの?」
あいかわらず、さっぱり誰だかわからない
常盤貴子ではないことだけがわかる程度だ
「ええ 寝てた」
「いま、飲み会が終わったの」
飲み会、でぴんときた
28歳主婦
とたんに目がさえる
頭もさえる
飲み会帰りで公衆コール
わかるだろ、てれかまーならば
「おーそうでしたかーいやー初めてお話できて感動です」
「わたしもよ いつ電話してもいないから」
いるわけねーだろ、平日昼間に
「今から、予定は?」
「友達と二次会に行くかもしれないの 電話だけでも、と思って」
「二次会ですか 僕と二人きりで、二次会って言うのはどうですか」
寝起き3分で、そんなこと言えるまあくんに、乾杯
「ええーどうしようかなあ」
この時点で勝利だ
どうしようかなー はOKと同義語なのだ
少なくとも中堅てれかまーとして
「とりあえず、いまからそっちへ行きますよ どこ?」
「千葉なの 遠くない?」
「千葉の、どこ?」
「馬酔木の前」
「うーん、20分位かなあ」
「そんなに?」
「とりあえず、友達と二次会に行って20分したらまた、馬酔木の前にいてくれる?」
「わかったわ そうする」
「じゃあ」
電話を切ると時計を見た
23時15分
また、明日の朝の地獄が見える
でも、明日は金曜日
明日さえ乗り越えられれば
自分で自分を納得させて、20分しかないというのにシャワーを浴び、黒のビキニブリーフをはいたら車で千葉に向かうのだった
きっかり40分かかった
R14の夜間工事が致命的だった
馬酔木の前で初めて会う彼女は、両手で自分自身を抱きしめながら震えていた
遅刻してしまったという罪悪感とともに、馬酔木前の歩道脇に車をつける
しかしながら、震えているのはよく見ると牛だった
確かに電話で、ぽっちゃりめかも、という告白は聞いた覚えがあった
でもそれは、巨乳よ、という甘い誘惑に同化されてしまい、今の今まで、まあくんのなかに懸念事項として具体化されていなかった盲点でもあった
やられた
そう思うが、もちろんおそい
自己申告28歳の牛は、まあくんの助手席にまたもや根を生やし、子羊を装って、寒さの余韻にまだ震えているのだった
「ごめん、ほんとうにごめん」
心にもない謝罪を繰り返しつつ、よくよくみればこの牛、巨乳アイドルのなんとかに、似ているかもしれない
そう思う
そしてそれが、唯一の救いかもしれない
R16に出るころには、ひたすら謝りつづけた努力が功を奏し、牛は怒りを静めた
「若いね ほんとに25歳?」
「うん」
「ふられちゃったの?」
「うん」
「振った女の顔がみてみたいくらいよ」
機嫌を直した牛は饒舌だった
「どこ、いきます?」
苦々しい気分で、それでいてやけに丁寧な口調を使い、まあくんはたずねてみる
「この時間だしねえ」
なんとなく、いやな予感がする
それに、今となっては後ろのポケットに入れてきた年齢干支早見表がむなしい
「とりあえず、散歩でも」
HTへ行きたい雰囲気をあからさまにかもし出している牛の気勢を制する意味で、浜辺の散歩へ誘ってみる
やりたくない
まあくんは心底思った
昨日の常盤貴子との甘い夜の余韻をたった一日で牛色に塗り替えたくない
悲痛な叫びだ
稲毛海岸の駐車場へ車を入れると、浜辺へと出てみる
失敗だった
こんな夜中、まさか浜辺に人がいるわけない、そうにらんでの行動だった
それなのに、浜辺には夜をも惜しんで遊びつづける若者がいっぱい
なぜだか、花火をやっている人さえいる始末だ
そんななか、まあくんは牛と歩いた
うつむき加減で、とぼとぼと歩いた
できれば他人だと思われてみたい
浜辺に集う若者たちに
そんなささやかな願いさえ、牛に無理やり組まされた腕が、打ち砕く
弾まない話
「も、もどろう」
こんな状況なら、車の中にいるほうがまだましだろう
車に戻ると、始末の悪いことに、ガラスが総曇りだ
密室状態だ
牛は、もうがまんできない
「ちょっと みせなさいよ」
まあくんのジーンズを無理やり押し下げると、出てきた黒のビキニに、鼻息も荒い
まったく今日は、すべてが裏目
でも、まあ、いいか
やっぱり気持ちいいことは拒んではいけない
そんな気分で、流れに身を任す
牛の口に出した後、今度会うときはすごく愛し合おうね、そんな約束までさせられて解放された
今日も午前3時だ
明日の朝が、怖い
■
12月第3週
常盤貴子からの連絡は、もちろん、ない
まあくんはあせる
最悪、バックアップを確保しておかなければ
俺としてのクリスマスが納得行かない
仕事の方はクライマックスを迎えていた
今週だけで公式、非公式を含めた忘年会が6件
その他お年賀に関する雑用
おまけに暮れのあいさつ回り
それなのに、木曜の深夜、津田沼Tの個室にはまあくんの姿があった
なりふりかまっていられない
仕事が忙しいなどと言っていられない
俺としての、メリークリスマスが
いたたまれず、二次会を断り、この座席に着いたのだった
二次会用に渡された費用を流用してまで、修羅のようにSUFDを繰り返すのだ
あと、10日
深夜である
即アポコールは皆無に等しい
それでも、受けたコールには無差別に自宅電話番号を投げるまあくん
俺としてのクリスマスを鑑みれば、仕方ないのかもしれない
閉店時間でTを追い出されたまあくんは、時計を見る
またもや午前3時
もう、明日のことを考えるのはやめだ
■
土曜日、最後の最後に一番面倒な行事がある
年末のクソ忙しいときに、毎年行われ、もちろん毎年すこぶる評判の悪い「年忘れ社長杯ゴルフコンペ」だ
もう、時間の感覚がマヒしはじめ、ここのところ部屋へ戻るとまず先にチェックしていた常盤からの留守電チェックも忘れ、一睡もせずに早朝五時、部長を迎えに車を走らせる
とりあえず、今日をしのげば、まともな生活に戻れる
時間さえあれば、俺としてのクリスマスも確立できる
そんな希望が、唯一、まあくんの正気を支えていた
日ごろから、手足のように自分をこき使う部長を、得意の愛想笑いで迎えると時計を気にしながら、部長の関西弁を聞き流し、市原へと急いだ
結果など、あってないようなものだ
得意先のキーマンの中に混ぜられたならば、スコアなどまじめにつけてはいけないのだ
基準はそのホール一番たたいた人のスコア+2あたりが無難だろう
それにしても、こいつら、社員が過労死寸前になるまで働きづめだというのに、この余裕
ゴルフなんかしてるヒマあったら、立替交通費の請求、早くとおしてやれよ
たまには、誰かにかわって作り笑い振りまきながらどっかの忘年会や謝恩会に出てみろよ
まあくんは心のそこからそう思う
思っても、出さない
思うだけ
思ったことを言う代わりに
「え、専務だぼっすか、いやあ 負けた 僕は8っす」
わざと4パットして、そんな風に言ってみる
もう、自分を卑下する感情さえ湧いてこない
それほど疲れている
だから、ティーでわざと空振りとか、平気でできる
年末にしてはやたら気温が高い、この、青い空が恨めしい
■
ほぼ気を失いかけながら、19時、まあくんはようやく部屋にたどり着く
7階の自室まで、ゴルフバッグを担いで上る余裕など、とっくにない
ドアを開けると、そのまま、いろんな女の汁が染み込んだソファに倒れこんだ
限界のときが近づいていることを感じていた
だけど、ふと、なにかとてもいいことがあるような気がして、顔を上げてみた
いいことって、なんだろう
それは、留守電ランプの点滅
件数を表示する小窓の「4」
「と、ときわ」
うめき声にも近い「ときわ」を発声すると、最後の最後、リザーブタンクを斜めに持ち上げてようやく絞り出せるような力を捻出し、ようやく電話のところまでたどりつく
1件目 無言
2件目 無言
見る見るうちに体の中にあった最後のガソリンが消費されていく
3件目
「もしもし この間会ってから冷たいよね やっぱり会わなければよかった 一応私の番号を教えておきます XXX-XXXX です 気が向いたら電話ください」
口中田氏してあげた、牛からだった
なんの感想も持たず、能面のような表情でその伝言を消去する
4件目
最後の伝言だ
10枚あった福引券、最後の一枚って感じだ
そして、「もしもし この間電話番号を教えてもらったので土曜日もしかしてひまかなと思って電話してみました 今日は、ずっと家にいるので、もしよかったら折り返し電話ください ###−####」
頭の中にサンタさんがやってきた
トナカイ4頭立てで、大きな袋をそりの後ろに乗せて
贈り物はもちろん、彼女の電話番号
24歳で習字の先生をしている少し男性恐怖症な彼女
木曜の深夜、20分くらい会話をした俺のメリークリスマス
眠気はあっというまにふっとんだ
そして、躊躇することなく、その番号をプッシュするまあくん
28歳もあと少しで終わろうとしている12月
■
24歳習字の先生は、思いのほか近くの住人だった
車で20分、てところだ
3年間交際し、結婚まで誓い合った男性に裏切られた
男性は、行きつけのフィリピンパブの女の子に入れ上げ、ついには国際結婚までする、と宣言し彼女の元から去っていったそうだ
それ以来、彼女は自分の中に自分を閉じ込めてしまった
男性と恋愛することはもちろん、普通に話をすることにさえ恐怖を覚えるようになった
容姿は普通、中肉中背だという
最近、少しやせたかな
髪は長いの
肩よりもだいぶ下のほう
よく人には手足が細いって言われる
習字の先生との毛筆書きの会話の中で、まあくんの妄想は果てしなく広がっていく
もしかすると、これが、俺のメリークリスマス
そんな風に思いつつ、壁にかかったカレンダーをちらっとみる
12月15日
常盤貴子との出会いから、すでに2週間が経過しようとしていた
常盤に望みをつなぎながらも、一応クリスマス要員としてキープしておいて差し支えない素材であろう
そして
90cm
徐々に話し込みながら探りを入れていくうちに、彼女の口から聞いたそのサイズ
まあくんは決断する
「もしよかったら、今からうちにこない?うん もっといろいろと君を知りたくて 」
「いまから?」
「そう もちろん、カルピスとお茶菓子で歓迎するよ」
「今日は、無理」
少し落胆
「年賀状、書きかけだから全部書かないと」
さぞかし達筆であろう彼女の年賀状
「そうかーざんねん 俺にもちょうだい」
「ほしい?」
「うん すごくほしい」
「明日なら」
「え?」
「明日の夜ならいけるわよ」
「ほんとに」
「うん 年賀状もっていくわ」
先ほどまで、疲れ果てて倒れそうだったまあくん
それが今、ガッツポーズとともに躍り上がっている
達筆の年賀状と90cm
クリスマス要員として確保するには、やはり、申し分のない素材だろう
■
14時間睡眠をとると、お昼過ぎだ
それでもまだ、眠りを欲する体を引きずりながら、まあくんは出かける
カルピスを買うためだ
ついでにお菓子も
頭の中で、今夜の作戦は立ててある
カルピスにウォッカを少し混ぜ、程よい酔いの中で彼女に告白するのだ
「僕のかるぴすも飲んで」
最高のシュチュエーションだ
そのあと、あえてクリスマスの約束はしない
まだ、常盤の線が限りなくゼロに近い確率で残されているからだ
12月23日まで常盤からの電話を待つ
23日、午後11時50分まで
そして、11時51分、常盤からの電話がなければ、習字の先生をコールする
その際、決して
「おめでとう、繰り上がり当選」
と言ってはいけない
「寂しくてたまらない 君のいないクリスマスなんて、今の僕には考えられない」
そう言うべきだ
午後7時過ぎ、習字の先生から電話が入る
「いまからおじゃまするわ」
長い髪をなびかせ、彼女は一体どんな車で僕のアパートにやってくるのだろう
真っ赤なアルファかな
うふふっ
■
真っ黒な煙を吐く、原付バイクだった
習字の先生は、この寒空のした、90cmの胸元をやけに強調するような胸の開いたシャツに厚手のコートを羽織り、スカーフを巻いて、バイクに乗っていても、パンツが見えないくらいのながさのスカートをはいていた
そして
フルフェイスのヘルメットをとると、ほっぺたを真っ赤にした下だった
まあくんの落胆は、落胆の一番底の部分をもつきやぶり、いままで到達のした事のない感情へと行き着き、それが自然と目に涙をためたままの薄笑い
という形になって顔に表現されている
部屋に上げ、コートを脱げば、立派な牛の誕生だ
中肉中背 手足が細い
いま、頭の中を駆け巡るのは、昨日の電話で彼女が言ったフレーズ
それが、彼女の声のまま、まあくんの頭の中で暴れまわり前頭葉をかき回す
訳もわからず、ふたりしてコタツに入れば、ウォッカ入れるのも忘れたまま、カルピスをごちそうだ
「はい、これ」
彼女がくれたのは約束の年賀状だった
「宛名も書こうかと思ったんだけど、上の名前聞くの忘れちゃった」
はがきの裏面、予想通りの達筆でしたためられた、年始お決まりの挨拶文
ただただ、「うまいなあ」、それを繰り返しながら彼女の書いた文字を誉めること
それが今、まあくんにできる唯一のコミュニケイションだった
■
「ぼ僕のカルピスも飲んで」
昼間、まあくんにしては用意周到に購入して置いたカルピスをソーダで割り、氷をからから言わせながら彼女の前に置くのと同時に彼女へ送った言葉だ
そんな気は実を言えばさらさらなかったのだが、とりあえず自分の決めたスケジュールに沿ってジョーク混じりに放ったせりふ
全く無反応に、出されたカルピスをごくごくと飲み干す習字の先生
いくら俺だって、そんな風に飲み干されたくない
ぼんやりとそんなことを考えながら横になる
前日までの疲れと、あまりに悲しすぎるクリスマスの予感
まあくんは浅く、眠りに入ってしまうのだった
股間に走る妙な刺激で目を覚ました
間近に鼻が曲がるほど強い刺激臭
びっくりして上半身をはねあげる
向かい合って座っていたはずの先生が、なぜかまあくんに添い寝しているところだった
もちろん、背後から回した手は、まあくんのちんこをそよ風のように優しく愛撫している
刺激臭の正体は、清楚なはずの先生には不似合いな、香水だった
「あ」
まあくんは間の抜けたつぶやきとともに、自分だけ、こたつからでると、アパートの窓際へ歩く
意味ありげに外を眺めながら、眉間に困惑のしわを十分にフェイクすると、先生に向き直り
「友達が来た」
「え?」
「下に友達の車が止まった」
「あら」
もっとあわてろよ
文化系生活が長いせいだろうか、あるいは、この状況で友達がこの部屋に訪ねてくることはあまりよくないことだ、ということに気づいていないせいだろうか
先生はのんきだ
「やばいよ、こんなところ、みられたら」
まあくんはそういいながらまだ、いままでまあくんが眠っていたこたつのスペースにすわったままの先生との安全距離を十分保ったまま向こう側へ回ると、先生の厚手のコートを手に取る
「とりあえず、きょうは」
「あ、帰ったほうがいい?」
あたりまえだ 今すぐ帰れ
「うん わるいけど、そうしてくれる?」
せんせいはやっと、重い腰をあげてくれる
それを、今度は後ろから手厚くエスコートして、どうにか玄関まで誘い出す
「じゃあ、また連絡する 本当にごめんね」
「 」
ここまで来て先生は気分を害したようだった
ばたん
無言のまま、ドアを閉め、まあくんの前から姿を消した
消してくれた
そこまですること無いのに、まあくんはドアを閉めた瞬間、同時に鍵をかけた
がちゃん
真冬の夜中、乾いた空気の中、静まり返るアパートの共有部分に意外と大きく、そして無機的にその音は響いた
もし、ドアに背を向けたばかりの先生がその音をはっきりと耳にしたならば、先生の中でもやもやとしていた疑惑は一気に晴れたに違いない
「あたしの年賀状返して」
一人、7Fからのエレベータの中、先生がそうつぶやいたのかどうか
今では確かめるすべもないのだけれど
いよいよまあくんは焦る
クリスマスまであと、何日?
■
まあくんは血迷っている
今日は12月の22日だろうか
わからない
とりあえず、電話する
相手は
先月、助手席から引きずり出して強引に終わらせた、あのナース
先々週、留守電に入っていたあのメッセージは、とても気になるところだったが
とりあえず電話している
もし、仮にあのナースが電話口にでたとしたら、いったいなんて挨拶するつもりなのだろうか
「や、やあ」
だろうか
「元気?」
だろうか
いずれにせよ、東船橋のロータリーでハードヴォイルドに終わらせたはずの恋を復活させるきっかけとしては、あまりかっこよくない
いや、かなりかっこわるい
だけど
日曜日と重なった今年のイヴ
現実的に考えれば考えるほど、一人で過ごすのはつらすぎる
たったひとり、コンビニで買ってきた一人用鍋をひにかけながら、とんがった帽子をかぶり
「メリークリスマス」
といいながらクラッカーのひもを引いたりすることは
どうしてもできない
もちろん、こたつの真ん中へんには、ちいさなちいさなチキンが、部屋の寒さに耐えきれず、鳥肌を立てながらおかれていたりもする
そんな悲しいクリスマスはごめんだ
前からほしかった、ドクター・マーティンの靴
OMCカードで買ってきて
わざわざクリスマス用にラッピングしてもらう
「はいこれ」
少しはにかみながら、うつむき加減に顔を赤らめ
渡す
もちろん、自分から自分に
「がんばったね 俺」
といいながら
うう
考えただけでもものすごくいやなクリスマスじゃないか
だったら
ちょっと
いや、かなり臭いけれど我慢して
あのナースでもいいや
妥協の産物が脳内に創り出すアドレナリン、それがいま、電話をさせているのだ
気にかかるのは、最後のメッセージ
(明日の午後10時までに電話をくれなければ、この電話を解約します」
そんなこと、いってたな
きっかり3回、コールする
がちゃ
受話器を取る音
このとき、確かにまあくんは何かに勝利したような気になった
何者だかわからないが、とりあえず、今年のクリスマスにだろうか
ぴーがががががが
しかしながら、受話器を取った後に聞こえてきたのは
FAXの受信音だった
おや
リダイヤル
ぴーががががが
もう一回
ぴーががが
むなしい動作をその後、何度か繰り返すと、その場にへたり込んだ
なぜFAX
さっきのすがすがしいビクトリーな気分は錯覚だったのだろうか
まあくんが座り込んで、5分経過
(バナナはすごく栄養があるのよ 風邪の治りかけとかにはすごくいいんだよ)
ナースがいつか、そんなことを教えてくれたっけ
ふっ
そして小さく、無意識のうちにつぶやいている
「ときわ」
■
「いつからだろうか」
SUFDを繰り返しながら思った
「いったい」
かち・かち・かち
体にしみこんだその、ナチュラルなリズム
エイト・ビイトにはすこし不細工すぎるそのリズム
しかし、それこそが獲物をとらえる直前、相手の歩調にあわせながらためを作る、猫科の猛獣が醸し出す、生への執念がかなでる独特のリズムなのだ
(だから、何月何日から)
クリスマスというなの蟻地獄にハマり、鼻の穴から気管へと進入してくる白く、乾いた砂にもがき苦しむようになってしまったのだろうか
考えても、わからなかった
希望が焦燥へそして、あきらめへと変わっていこうとする
今日という日
「なにやってるのよ こんないぶいぶの夜に」
心ないてれこみ女の言葉が、まるでガラスでできたとげのように、心の一番弱っている部分に突き刺さる
だけど、あきらめてなんかいない
だってほら、こうして今もまあくんの親指はリズムを刻んでいるのだから
ナース
ときわ
ふるえていた牛
習字の先生
今年の3月までつきあっていた彼女
浮かんでは、流れていく
さだまさしの「精霊流し」をBGMに
そして、日付がいぶに変わってから2時間後、りんとした外気に触れたとき、あきらめは絶望へと昇華したのだった
明日、いや、厳密にいえば今日の昼間
エキゾチックタウンでドクターマーティンを買おう
気づかないうちに頬を伝う涙を拭おうともせず、まあくんはそうやって自分を元気づけた
妙に澄んでいる街の空気に、こつこつ、靴音をさせながら車へもどっていく
眼鏡屋の前の路上
止めてあったはずの車は、無かった
その代わり、よくみれば道路に白いチョークの文字
いっぺん天を仰ぐと、パルコとれっつの真ん中の道
まあくんは歩き始めた
■
「おれだって、こんな時期に切符きりたくねえんだよ」
ぼやきとも、お説教ともとれる、おまわりさんの言葉を聞いていた
「あんだけマイクで呼び出したのに、気づかなかった?」
どうやら、マイクで呼び出されたらしい
聞こえるはずもない
だってまあくんはそのとき、戦っていたのだから
レッカー代、駐車料金
「いいよ、駐車料は」
ありがとう おまわりさん
小さなクリスマスプレゼントは、レッカー移動された愛車の、駐車料金だった
■
「ぽん」
アンドレアモンが言った
「あ、そう」
ダイナガリバーの気のない返事
チェリーコウマンはもう、箱下だ
「まいったよ」
「なに?」
「いやー昨日」
「きのう?」
「レッカーされちゃって」
「まじ?どこで?」
「パルコの前」
「そりゃ、されるわ」
「でも、夜中の2時だぜ」
「2時?」
「うん」
「そんな時間に?」
「あーいや」
危うく墓穴を掘りかけたのはもちろんまあくん
勝っている
「のんでてさ」
「ふうん」
ダイナガリバー、やる気なし
それにしたって、この、雀荘の盛況ぶりは、いったいなんだろう
一年で一番聖なる夜を
こんな風に過ごすことがみんな、悲しくないのだろうか
それとも
みんな、まあくんとおなじく、こんな夜だからこそ男の勝負に生きよう、そう決心したのだろうか
おばちゃんが、空気の入れ換えのため窓を開ければ
みたまえ
ほら
満月をばっくに、トナカイのそりに乗ったサンタさんがいま、ちょうど、僕らの街を空から横切るところ
「ああうう」
いけないタイミングに空気入れ替えを行ってしまったことに気づいたおばちゃんはあわてて窓を閉める
それでも、少しだけこの部屋にも進入してきてしまったクリスマスのかけらが、僕たちの傷ついた心を刺激する
「ろん」
勝負に生きる今日のまあくんは、強かった
「ちぇ」
アンドレアモンが嘆く
正解だったのかな
まあくんは思う
自分の部屋で一人クリスマスに酔いしれるよりも、こっちのほうが
よりによって、いつものメンツが3人、待ち受けているとは思わなかったけど
「へへへへ」
一人がちなまあくんは得意げに笑う
ダイナガリバーを見つめながら
(雨は夜更け過ぎに)
見つめ合う
(雪へと変わるだろう)
見つめ合う
(さいれんない)
見つめ合う
(うぉうぉうぉ ほりーない)
「はああああああああああ」
そして、たとえようもないほど悲しげなため息とともに、その場にへたり込む
まあくんとダイナガリバー
へたり込みながら卓上の牌を両手につかむ
まるで、今日、つかみ損ねた何かの代わりみたいに
みてろよ
来年
そして再来年
「来年も、やろうな 麻雀」
こころにもない、それでいて少しは本気みたいに
とてもずるい気持ちで約束の言葉を口走りながら、まあくんの心はもう、前を見つめていた
翌年からまあくんは修羅のようにゲットを重ねる
誰も悪くないのに、まるで、誰かに復讐するみたいに
そしてそれは、大切な大切な
とても大切な誰かさんに出会うまで続く
クリスマスに大した意味を感じなくなるまで続く
だから、4人がクリスマスイヴに麻雀をするのは、これが最初で最後だったのだ
■
終わり