「任天堂は気でも狂ったのか、やけくそになったんじゃないか、みたいな感じからDSは始まってね。ちょうどソニーさんが『PSP』を出した時で、DSは勝ち目がないと誰もが思った。そういう論調だったけれど、例えば『脳トレ』や(薄型・軽量の)『DS Lite』によって変わっていった。それって全部、ああそういうことかって、後から思ってもらえるんですね」
「むしろWiiが例外でね。Wiiの時は、DSブームで皆さんに注目していただけていて、たまたま最初にリモコン状のコントローラーを手に持ってテニスをするデモをお見せできて、誰の目にも分かりやすく、一瞬でご理解いただけた」
「これも運が良かったんですけれど、ちょうど大画面の平面テレビが普及しつつある時期で、リビングルームにちょっと広い場所もできた。最高の追い風がいっぱい吹いたことで、最初のお伝えするという苦労がなかったんです」
■「考え抜いた結果、一番筋がよかった」2画面のアイデア
「運」だけで片付けるつもりはないが、それでもWii Uは運に恵まれなかった。景気は6年前以上に冷え込んでおり、スマートフォンやタブレット端末など家庭用ゲーム機並みの高品質なゲームを手軽に楽しめるデジタル機器が一気に普及した。Wii Uはそれらとの対比で語られ、特にタブレットのようなコントローラーは「まね事」と捉えられてしまった。
「我々は2008年から、もう1つ画面があったらいいよね、という話を始めていました。2画面というのは、ほかに考えてないことはないというくらい、考え抜いた結果、一番筋がよかったんですね。で、これが正解に違いないと思って、09年にはもうこれでいくぞって決めて走り出したら、世の中に(米アップルの)『iPad』というものが出てきた」
「iPadが出てから2年半がたち、Wii Uを発売する頃は、ちょうどタブレットブームで、『任天堂はタブレットをゲーム機に付けただけ、今回は革新性なし』みたいな印象を持たれてしまった。タブレットなるものが世の中に生まれる前から我々は2画面でいこうと決めていたのに、任天堂にしては後追いだね、みたいな感じになってしまってね……」
iPad以前に、タブレットのようなコントローラーを考え、しかもテレビ画面のゲームと連動する仕組みを思いついていた任天堂。Wii Uは分かりやすいソフトを用意できなかったからダメだ。遅きに失した――。そう切り捨てるのは簡単だが、やはり何をどう考え抜いたのか、知りたい。岩田社長は丁寧にWii Uの生い立ちを説明し始めた。
■ゲーム機の宿命だった「テレビへの寄生」からの独り立ち
「私たちは、家庭の中でのテレビゲーム機のあり方を変えようとしたWiiを、もっと高い次元で結実させるためにできたのがWii Uなんです。Wiiのチャレンジって、『リビングルームにもう一回家族が集まって遊ぼうよ』だった。お茶の間復権だった」
「地上デジタル、平面(薄型)テレビ以前は、家の中のテレビが増えていって、子ども部屋や寝室のテレビにゲーム機をつないで1人で遊んでいた。それが、家に大きくていいテレビが入ってきたので、これを娯楽に使わない手はないということで、家の中でばらばらだった家族に、もう一回、リビングルームに集まってもらうことに成功しました」
岩田聡、Wii U、Wii、DS Lite、iPad、任天堂、ゲームパッド、メディアクリエイト
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