納品が片っ端から遅延しまくって夜勤の時間にやる仕事が激減した反面、明日の朝昼がえらいことになりそうなんでいつ帰れるかわからん。よって、いま休んでおいて、朝方からフルパワーで動かねばならないので仮眠するつもりだが、いきなり寝るのもアレなのでなんか書くことにする。
さて、世には「お兄ちゃん子」と呼ばれる妹さんがいる。お兄ちゃんが大好きな妹さんのことである。それは架空の存在ではなかったのだ。すげえ。うひぃ。しかし我々はなかなかその実在を確認することができない。なぜならばいくらお兄ちゃん子とはいえ、人前でそれをあらわにすることはあまりないからだ。一般に家族のことはプライベートに属する。親しい友人でもなければ、家庭内においてその人がどういうふるまいをするのか垣間見ることはなかなかに難しい。それは俺にとってのアルバイトも同様だ。ブログには「エピソードになりそう」な部分だけを抜き出して書くから、俺はバイトとコミュニケーションを密度高くとっているように見えるかもしれないが、実際は平均的な店長よりも会話は少ないと思う。俺自身がお世辞にもとっつきやすい人間とはいえないし、もしバイトのほうでも人見知りだったりすると、事務的な会話以外はほとんど発生しない。
バイトにMさんという女の子がいる。19歳の大学生だ。高校のころからうちの店でバイトをしている。身長は、ちっさい。150あるんだったかなあれ。というより人物紹介を始めるときにいきなり身長から語るのは俺のよくない癖だと思う。
接客はすばらしい。うちのカウンターフーズの売上を作っている主力の一人だ。レジでの対面トークをうまくできない新人さんには「逆ナンするつもりでいけばいいんだよ。メアドをどうやってゲットするか。そしたら愛想よくしなきゃだめでしょ? 気に入られたければ笑顔も浮かべるじゃん。そうやって話しかけるんだよ」などと説明している。本質的には人懐っこくて前向きだ。「だりー」とか「つかれたー」とかの発言が多い男子高校生のアルバイトには「そういうネガティブなことはシフト中は言っちゃだめ。自分だけじゃなくてまわりもそういう気分になっちゃうじゃん。そういうのは、シフトが終わってから事務所でこっそり言うんだよ」などと諭している。進学先も、将来の就職を見据えて決めており、とてもしっかりした子でもある。
しかしどうしたわけか、この子がものすごい人見知りだ。接客態度がすばらしいことと人見知りという要素は相容れないようだが、実際そうなのだからしかたない。俺とも最初の1年くらいは会話らしい会話は発生しなかった。しかし話すようになってからはひどかった。マシンガントークという言葉があるが、まさにあれだ。聞いてもいないのに一方的に話す。
内容は、ものすごくどうでもいい。自分の好きな芸能人の話だとか、学校であったこととか、まあそんなようなものだ。正直いって扱いには困る。俺は人から話を聞き出すのは得意だが、聞くのは苦手なのだ。
しかし、あるとき妙なことに気づいた。
会話のなかにやたらに「お兄ちゃん」の登場頻度が高い。呼称もなんかおかしい。両親のことは「父」と「母」なのに、兄だけが「お兄ちゃん」である。ちっさい子がいっしょうけんめいなんかしゃべっていて、やたらに「お兄ちゃん」が登場する。しかし内容はといえば、たいていは兄のことを悪く言っている。
俺のセンサーが動いた。センサーはどこにあるかというと、前立腺のあたりにある。幻想の妹を持つお兄ちゃんにはみんなこのセンサーある。そのセンサーが俺に以下のセリフを口走らせた。
「しかしお兄ちゃんと仲いいんだね」
返ってきた反応がやばかった。Mさんは噛み付くように言った。
「まさかぁ! そんなことぜんっぜんないですよ! 気きかないし妹にやさしくないし、なんかだらしないし。このあいだも私が家に帰ったときにお兄ちゃん家にいなかったんですよ。なんか友だちとごはん食べに行ってたとか言って。ひどいと思いません?」
センサーがじっとりと汗をかいた。
やばい。本物だ。
どんだけだ。
しかし反応には困る。そうだねひどいねとも言いがたい。かといってお兄ちゃんにはお兄ちゃんの事情があるんだろうしとも言えない。窮した俺は話の方向を変えた。
「Mさんのお兄ちゃん、いくつ上?」
「6歳ですよ」
「ほう……」
「6歳も上で、向こうは社会人なんだからもっとやさしくしてくれてもいいと思いません? このあいだも夜にカップ麺食べたくなったからお兄ちゃんに買ってきてって頼んだらいやだって言うんですよ?」
「そりゃめんどくさいんじゃない?」
「でも私が頼んでるのに」
すんげえセリフだなそれ。
「で、結局どうなったの?」
「買ってきてくれました」
頭かかえたくなった。これはひどい。いやだって言われただけでヘソ曲げる妹さんもたいがいだが、結局は買いに行くお兄ちゃんもどうなんだ。甘やかし放題である。
「カップ麺おいしかった?」
「お湯はお兄ちゃんが入れてくれました」
おいこらお兄ちゃん!! そしてこの妹、話の軸がお兄ちゃんからまったくブレねえ。これはとんでもない物件が店のなかに潜んでいた……。
後日、Mさんを昔からよく知っている店長候補の子に話を聞いてみた。
「Mさんのお兄ちゃん子っぷり、すげえなあれ」
「あー、あれっすか」
「やっぱ知ってんのか」
「知ってるもなにも……あいつ、男と付き合っても長続きしたこと一度もないんすよ」
「あんないい子なのに?」
「そうなんですけどね……」
どこから説明したらいいもんか、という顔をして彼女は話を続ける。
「まず年上以外ぜんぜん興味ない。しかもちょっとでも気に入らないことがあるとすぐに別れる。別れたあとも、別れちゃったーとかいって平気な顔してる」
「Mさんのことだから表面上そういう顔してるってだけじゃないの?」
「あーぜんぜんそんなんじゃないっす」
うんざりした顔で手のひらを振る。
「基準が兄貴なんすよ。兄貴よりしっかりしてなきゃだめ、兄貴より甘やかしてくれなきゃだめ。そうしてくれそうな人を探す」
「あー……」
「外見があれじゃないすか。そういう男寄ってくるんすけど、もう、ぜんぜん」
「自覚あんの?」
「指摘するとキレますよ」
「だめじゃん」
「だめなんすよ」
「お兄ちゃんってどういう人?」
「あーなんつーか……マメなイケメンなのにいい人で終わるタイプっすね」
「うわあ……」
とんでもないことになっているようだった。
さらにとんでもないことになった。
そのお兄ちゃんが結婚するのだという。俺は休憩時間に捕まった。
「お兄ちゃんの彼女が家に来るんです」
「いるんだ」
「いますよ。今度結婚するって話なんですけど、その報告にうちの両親と。私ぜったいにその場にいたくないんですけど、両親がどうしても家にいろって」
「そういうもんなんじゃないの?」
「だっていやですよそんなの! 私なんの関係もないのに、どうせ空気最悪ですよ。そんななかにいて私になにしろっていうんですか」
「あーまあ、そういうプレッシャーはあるよね」
「それにあの女はだめです」
……はい?
いまこの子なんていいました?
なんか我々の業界におけるかなりの重要ワード口走りましたよね?
「嫌いなんです。それに年上なんてダメですよ!」
「あー、年上なんだ……姉さん女房……」
「私、絶対にそういうのよくないって思うんですけど、でも両親が反対してるわけでもないし、話決まってるし」
「だったらどういうのがいいの?」
俺はなぜこういう局面で自分から地雷踏みに行くんでしょう。趣味なんすかね。
「……」
あ、黙り込んだ。どうしよう。またやったくさい。
「どういうのでもいやです」
「まあ、そんなもんかもな」
とりあえずごまかしました。
「んじゃさ、その日はシフト入れることにしよう。Mさんがいやだって言ってるのに人がいなくてどうにもならない。店長がどうしてもって土下座して頼み込んだから断れないっていうことにしとこう」
「あ、それいいですね」
「ひどい店長だよなー。ふだんバイトのシフトは融通きかすよって言ってるのにこういうときだけ無理言うんだから」
結局、その日はMさん、ちゃんと家族会議に参加したそうです。
来週は結婚式らしい。なんか式場での受付もやるそうです。まあ、なんだかんだでいい子なんで、そういうことはきっちりやるわけです。
さっきシフト上がるときに雑談してたんだけど「なんかもう、吹っ切れちゃいました」とか言ってました。
別にオチはないです。なんか人見知りの自分が受付やるとか信じられないとかぐだぐだ言ってましたけど、いざ当日となればちゃんとやるんでしょう。
ま、そういう子です。
※追記
仮眠から泥のように復活。
え、なんでこんなに伸びてんの……。