過食依存症(過食症)はこうしてつくられる?
「病的嗜癖・依存症」をつくりだしている脳内のメカニズムは「報酬回路 reward system」の慢性的な過剰使用にある・・・という話を続けてきました。
ところで、もともと、この「報酬回路」は生き物が生存・繁殖していくために必要な行動を動機づけるためにあるものです。 この回路があるから、食べること、セックスすること、などの基本的な生存・繁殖に必要な行動が導かれ、意識的にも「いい、気持ちいい」こととして感じられるわけです。
でも、へんです。 食べることやセックスすることは、確かに多くの人にとって、(時と場合と身体の状態によりますが)「したい」と感じ、それを得ようと行動するように動機づけられており、「いい、気持ちいい」と感じるようにできてはいますが、だからといって食べることやセックスすることに「病的嗜癖・依存症」のようになってしまうことは、ほとんどありません。
これはいったいなぜなのか?
簡単なことで、こうした生き物が生きて繁殖していくために必要な自然な行動は、普通の生活をしていれば、「報酬回路」を少しだけ働かせるのであって、依存性のある薬物のように過剰に刺激することはないのです。
「普通の生活をしていれば」という但し書きをいれたのは、普通ではない生活習慣をすることで、「報酬回路」を過剰に刺激することもできるからです。
例えば、ネズミを使った実験で、ネズミたちに餌を与えず、しばらくずっと飢餓状態にします。 そのあと急に甘い甘い砂糖水を好きなだけ飲めるようにします。 そしてその後また絶食にします。 そしてその後また急に砂糖水を好きなだけ飲めるようにします。・・・といったことを繰り返していると、長い我慢の時間の後での「むさぼるように甘い物を食べる」という行動に対して過剰に「報酬回路」が働くようになり、薬物依存で生じるのときわめて類似した脳内の変化が生じるようになります。 つまり、甘い物に対する食べ物依存症 food addiction / sugar addiction が形成されてしまうのです。
脳内の「報酬回路」の過剰使用と、それが慢性的に繰り返されることによって起こる鈍化が、その他の病的嗜癖・依存症と同様に、食べ物依存症でも生じます。 甘い物を我慢している間は、甘い物に対する異常なまでの「欲しい」という気持ちが高まりますし(craving)、だんだん不安や落ち込み感などのネガティブな気分が高まってきますし(withdrawal)、甘い物を手にしてしまうと止められなくなって過剰に摂取(過食)してしまいます(bingeing)。 これらの「症状」は、薬物依存症などと同様に、脳内のドーパミン系や脳内麻薬様物質系が関与して形成されていると考えられます。
これは薬物などで生じる病的嗜癖・依存症と、行動パターン的にも、脳内のメカニズム的にも、ほとんど同じです。
そして、どうして無理なダイエットをした後で、しばしば過食症(過食依存症、甘い物依存症)になってしまうのか? がおわかりになると思います。 哀れなネズミたちを甘い物依存症にするための上記の実験操作とほとんど同じ事を自分で自分にしていることになるからです。 人間もネズミと同じように、絶食と過食を繰り返していると、どうしても脳内の「報酬回路」の過剰使用が生じてしまい、繰り返せば繰り返すほどに「報酬回路」が狂ってしまい、どうしても食行動に対する「病的嗜癖・依存症」になってしまうのです。
過食依存症(過食症)が、アルコールや麻薬・覚せい剤などの薬物依存と類似した「病的嗜癖・依存症」であることを示唆する、もう1つの興味深い話があります。
もともとアルコール依存症だったり、(父親がアルコール依存症だったなど)アルコール依存症の家族歴がある人、つまり遺伝子的・体質的にアルコール依存症になりやすい「報酬回路」の脆弱性のある人は、そうでない人に比べて、甘い物に対して「報酬回路」が過剰に働きやすく、甘い物好きになりやすく、甘い物依存症/過食依存症(過食症)になりやすいと考えられるということです。
これに関連して、Kampov-Polevoy先生たちは、現在断酒しているアルコール依存症の人と、健常者をたくさん集めて、どのくらいの甘さの飲み物を好きだと感じるかを調べてみました。
普通の人は、甘さの度合いが砂糖濃度にして0.3Mくらいまでが「おいしい」と感じ、それ以上になってしまうと甘ったるくて嫌になってくることが多いのです。
ところが、アルコール依存症の人や、自分自身は今はアルコール依存症でなくても親がアルコール依存症だったという人(遺伝子的・体質的にアルコール依存症になりやすいと考えられる人)は、0.3M以上のより甘さ刺激の強い甘さの方が好きな傾向があったのです。 実際、最高に甘い0.83Mが一番好きだと答えた人が、アルコール依存症の人やアルコール依存症の家族歴のある人では約半数もいました。
(昔ながらの「コカコーラ」が砂糖濃度0.33Mだと言いますから、昔ながらの「コカコーラ」よりも甘い方が好きな人は、脳の報酬回路の脆弱性的には、やばいかもしれません・・・)
過食依存症(過食症)の人たちの中には、アルコール依存症の家族歴がある人(父親がアルコール依存症だったなど)が少なくない印象です。 こうした人たちは、もともと遺伝子的・体質的にアルコール依存症になりやすい、生まれつき「報酬回路」に脆弱性がある可能性が高いと考えるべきであって、無理なダイエットや過食に対しては人一倍気をつけていなくてはいけないのでしょう。
参考書:
(1) Avena NM, et al. Evidence for sugar addiction : behavioral and neurochemical effects of intermittent, excessive sugar intake. Neurosci Biobehav rev, 2008; 32: 20-39.
(2) Kampov-Polevoy AB, et al. Association between preference for sweets and excessive alcohol intake : a review of animal and human studies. Alcohol & Alcoholism, 1999; 34: 386-395.
(3) Kampov-Polevoy AB, et al. Sweet liking and family history of alcohoism in hospitalized alcoholic and non-alcoholic patients. Alcohol & Alcoholism, 2001; 36: 165-170.
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